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「ぬおおおおおお――――りゃああ!?」
土を蹴立てて突進してくる大ネズミに、フィンブルは垂直斬りのスキルを発動――――出来なかった。ずどーん! という衝撃と共に吹き飛び、背の低い草が一面に生える地面に転がる。痛みはそれほどではないところがゲームらしい。視界に表示されているHPゲージが数パーセント程削れる。大ネズミに表示されたカーソルの色が同レベルを表す赤なので、そのレベルは1。恐らくはこの世界最弱クラスのモンスターなのだろうが。
とっさに起き直ってネズミから距離をとったフィンブルに、フレアが不満げな声を上げる。「ちょっとー、何やってんのよ!」
「アクションスキルは難しいんだよ。街中で練習してもないのに、まともに出せるわけがないだろ」
「なんで難しいの? スペルの詠唱とは違うの?」
フィンブルが疑問に答えようとする前に、突進後の硬直から回復したネズミが、今度はフレアに向かって突進を繰り出した。「っとお!!」
あまり乙女らしからぬ声とともにフレアが回避を行う。ローブを装備しながらというのを考えると流石の運動能力だ。
フィンブルはこの機を逃さず、アクションスキルは使わずに曲刀を振り下ろした。現実の体であれば金属の塊をこんな簡単に操れないだろうが、このエヴォルヴァースではレベル1の今でも天沢雪成とは比べ物にならない力がある。
「はあっ!」
曲刀の刃が大ネズミの体に吸い込まれる。スキルではないから威力やスピードなどの補正が受けられないが、ダメージを与えたことで、相手のHPゲージが可視化され、同時に名前とレベルが表示される。
「チャージラット、レベル1か……ってうおおおい!?」
フィンブルのすぐ隣を、ゴウ、と音を立てて何か赤く燃えるエネルギーを秘めたものが駆け抜け、チャージラットに衝突した。敵HPが4割弱削れる。
「っとあぶね! おいフレア、誤射なんて冗談じゃねえぞ!」
フィンブルは怒りの黒い眼光を、何の合図もせずに魔法をぶっ放した相棒に送るが、当のフレアは「なるほど、これが魔法ね。詠唱めんどくさいなあ」などと能天気な感想を漏らしている。パーティーを組んでいるから誤射を受けてもダメージはないが、衝撃とともに吹っ飛ばされる上、単発の非貫通魔法なら、それで魔法そのものが掻き消える。
炎熱系ダメージを食らってキーキー鳴きながら悶えているチャージラットをよそに、フレアはユキナリに質問してきた。
「で、なんでアクションスキルが難しいの?」
集めた情報によれば、スキルというのは、常時発動型のサポートスキル、呪文を詠唱することによって発動するマジックスペル、そして大多数の武器攻撃技はここに属するのだが、技の流れをイメージしながら決められた初動を正しく行うことによって発動するアクションスキルの3つに大別される。
この初動が正しく認識されなければスキルは発動しない上、スキルによるアシストが始まってからも無理な動きをすれば途中で硬直に襲われてしまう。
「なるほどね、じゃあ魔法の方が有利かな?」
「でもないだろ、確かに威力も高いけど、詠唱中は無防備だし、ホーミング型じゃなかったら自分で狙い定めなきゃいけないんだから。MPの消費に見合うだけの苦労はあるよ、多分」
フィンブルが考え考え答えるうちに、チャージラットはようやく体勢を立て直していた。
「そっか。そろそろ来るよ、あのネズミ。こんどこそちゃんとタゲ取ってね」
「お前こそ、絶対に誤射だけはすんなよ」
チャージという言葉通り、恐らくあのネズミは突進攻撃しかない。それならば、あのエルムゴーストの半分も強くない。
ちちぃぃいいいい! とどこか可愛げのある鳴き声とともに、大ネズミはフレアを目標に突進を開始した。フレアは詠唱を続けながら、余裕を持って回避体勢に入っている。フィンブルがチャージラットの軌道を読んで身体を運んだところで、フレアが大きく一歩動いて回避。チャージラットが雑魚らしく長い硬直に入る。
今度こそ!
フィンブルはアクションスキルを発動すべく再び曲刀を振りかぶった。しかしまたしてもシステムアシストは得られず、生身のスピードでの攻撃にしかならない。数パーセントのダメージ。
しかし、相手の長い硬直のおかげで、2度、3度と斬撃を加えることができた。短い脚を狙って思いっ切り水平斬りを食らわせてダウンさせてから、フレアにとどめを刺して貰うべく、フィンブルは大きく距離をとる。相手のHPはもう2割も残っていない。
「頼んだ、フレア!」
フィンブルがそう言い切るか切らないかのうちに、フレアが突き出した掌に展開した魔法陣から、唸りを上げて拳大の火球が飛び出した。魔法弾は草原に焦げ臭い風を起こして一直線に突き進み、チャージラットに衝突、残り少ないゲージを完全に吹き飛ばした。焼け焦げたチャージラットの体は倒れながら不自然に一瞬停止し、そして無数の白い破片となって爆散した。
数瞬の沈黙の後、フィンブルはフレアと初勝利を祝った。
「ナイスファイト、フレア」
「お疲れー。まあフィンブルがスキル使えてればもっとかっこよかったけどね」
見事に勝利の喜びを打ち砕かれ、フィンブルは朗らかに笑いながら全力でキレる。
「ははは、てめえ全然誉める気がないな」
「あはははー、ごめん」
しかしなんだかんだで敵を打ち倒す爽快感というのは大きく、早速フィンブルは草むらに座り込んでメニューを開いた。フレアもすぐにならう。
経験値はフレアの方が大ダメージを与えているのであまり入っていない。あと3回は同じ戦いをしないとレベルアップは出来なさそうだ。獲得アイテムとトレノも大したことはないのを確認して顔を上げ、ぼんやりとフレアを眺めていた。と、どこかからそのとき、高い悲鳴が聞こえた。
「……ぁぁああああすぅううけええてええええ!!」
フレアもさっと顔を上げた。
「「《助けて》だ!」」
フィンブルたちは迷わず走りだした。すでに敏捷値ではフィンブルの方が高く、結果フレアを置いて行くような形になったが、今はそんなことを構ってはいられない。フレアの「先に行って!」の声が背中を押してくれる。
草原を疾走しながら、フィンブルは自分がエヴォルヴァースに来る前に言った言葉を思い出していた。
『……それこそ本当に、なりたい俺』『強い奴になりたいよ』
――絶対に間に合ってみせる。
その想いだけが、フィンブルの身体を動かした。