↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

256/256

第十五話:【第四幕:彫像と守護者】(挿絵あり)

 現実のアーガスは、立ったまま動かなかった。


 焦点の合わない黒い目。


 僅かに震える指。


 額から流れた汗が顎を伝い、泥へ落ちる。


 呼吸だけが浅い。


「おい!」


 若い矮人が腕を掴んだ。


「白百合の弟! 行くぞ!」


 反応がない。


「こいつ、腰抜かしたのか?」


「違う、引っ張れ!」


 二人が左右から肩を取ろうとした。


 その前に、トールが腕を伸ばした。


「触るな」


 低い声だった。


 二人が止まる。


「でもトール、このままじゃ」


「触るなって言ってんだ!」


 怒声が飛ぶ。


 トールはアーガスの顔を見ていた。


 弟の目に焦点はない。


 恐怖で凍った人間なら、もっと周囲を見る。


 逃げ道を探す。


 助けを求める。


 今のアーガスは、何も見ていなかった。


 昔から知っている目だった。


 図面の前へ座ったまま、食事の声も聞こえなくなる時。


 失敗した部品を前に、何時間も瞬きすら減る時。


 そして、その後で誰も考えなかった物を持ち出してくる時。


 いつも、この目をしていた。


「考えてる」


 トールが呟いた。


「何?」


「こいつは今、考えてるんだ」


 母獣の咆哮が響いた。


 黒曜が開けた左胸の傷は、もう出血が弱くなっている。


 巨体が再び動く。


 十二本の金属脚が持ち上がった。


 ぎり。


 ぎりぎり。


 耳障りな摩擦音が近づく。


 母獣の赤い目が、前方の黒曜へ向く。


 その奥。


 動かないアーガスたちへも向いた。


「時間がねえぞ!」


 誰かが叫んだ。


 トールは地面の塔盾を拾った。


 泥を払いもしない。


 アーガスの前へ立つ。


 背中を弟へ向ける。


 盾を構える。


「周りを空けろ!」


「トール?」


「こいつの邪魔をするな!」


 戦斧を盾へ叩きつけた。


 がん。


 重い音が響く。


「何が飛んできても止めろ! 枝でも石でも、蜘蛛でもだ!」


 矮人たちが顔を見合わせる。


 母獣を見る。


 アーガスを見る。


 最後にトールを見る。


「……本気か?」


「本気だ」


 トールは振り返らない。


「信じろ」


 短い一言だった。


 ゲイルが歯を食いしばった。


「円陣!」


 声が飛ぶ。


「こいつの周りを固めろ!」


 矮人たちが動いた。


 盾を上げる。


 斧を構える。


 負傷した者まで立ち上がる。


 アーガスを中心に、小さな円ができた。


 トールは盾越しに母獣を睨む。


 口元だけが吊り上がった。


「ったく、この馬鹿弟が」


 弟には聞こえない。


「何を考えてるか知らねえが、急げよ」


 戦斧を握る手に力を入れる。


「兄ちゃんの命、今だけお前の頭に預けるぞ」


 その背後で。


 アーガスはまだ、一歩も動かなかった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。