第五話-【第四幕:拒まれる扉】
アーガスは案内役として、リナを工房の奥へ導いた。
「ここは新しく拡張した資材庫です。主に鉄木とコークスを置いています。あちらはトール兄さん専用の研磨室です。換気は俺が設計し直しましたが……」
説明は淡々としていた。
必要な情報だけを並べる、感情の少ない案内だった。
「アーガス」
リナが突然足を止めた。
彼女は周囲を見回したが、汗と機油の匂いが染みついた通常の設備には、さほど興味を示さなかった。
その視線は、アーガスの肩越しに、廊下の突き当たりへ向かっている。
そこには、古びた厚いオーク材の扉があった。
「そういう普通の施設には、あまり興味ないわ」
リナは顎を上げ、その扉を指す。
「私、あれが見たいの」
アーガスの顔色が、瞬時に変わった。
彼は無意識に一歩横へ出て、リナとその扉の間に立つ。
「駄目です。やっぱり駄目です」
拒絶は、はっきりしていた。
「あそこは俺の個人的な試験室です。ひどく散らかっているし、汚い。廃棄した金属も、失敗した試作品も、その辺に転がっています。空気には硫黄の匂いが染みついているし、鼠がいてもおかしくない」
彼はリナの高価な衣服と白い手袋を一瞥した。
その声には、少しだけ棘があった。
「あんな場所は、あなたみたいに綺麗なお嬢様が入るところじゃありません。絶対に後悔しますよ」
リナは眉を上げた。
面白い冗談でも聞いた顔だった。
「あら。つまり、あなたも私が綺麗だとは思っているのね?」
アーガスは言葉に詰まった。
「そういう意味じゃないって、分かっているくせに……」
「それにね」
リナは弁解の隙を与えなかった。
「さっき、ブレイク伯父様は私の見学を許してくださったわよね。つまり、これは正式な許可を得た視察なの。あなたが拒むなら、今すぐ戻って言ってもいいのかしら。息子さんが父親の許可に背いて、資本側の代表の視察を拒みました、と」
「あんた……」
アーガスは歯を食いしばった。
この女は、羽根一本でも権力に変えて振り回す。
彼が言葉を失ったのを見て、リナはさらに一歩近づいた。
声を潜め、二人だけに届く息のような声で囁く。
「それとも……中に、血気盛んな思春期の男の子特有の、人に見せられないものでも隠しているの? だから私に見られるのが、そんなに怖いのかしら」
アーガスの顔が、一瞬で赤くなった。
「そんなものあるわけないだろ!」
彼は尾を踏まれた猫のように振り返り、乱暴に鍵を取り出した。
鍵穴へ差し込み、勢いよく回す。
「入りたいなら勝手に入れ! 中の臭いで倒れても、俺は知らないからな!」
かちゃり、と音がして、扉の錠が外れた。
アーガスは厚い扉を押し開けた。
だが、自分は中へ入らない。
体を横へずらして通路を空け、破れかぶれの表情で言った。
「自分で見ろ。どうせ、あなたには理解できないだろうけどな」
彼は入口に背を向け、腕を組んだ。
しかし、その声には、怒りに混じって不器用な気遣いもある。
「あと、中のものには絶対に触るな。どの廃鉄の中に、まだ抜けきっていない力が残っているか分からない。突然はじけても、俺が警告しなかったとは言わないでくれ」
そう言うと、彼は本当にリナをその場に置いて、廊下の反対側へ歩き出した。
「トール兄さんの木材運びを手伝ってくる」
それは、彼なりの無言の抗議だった。
そこまで見たいなら、存分に見ればいい。
ここがどれほど汚く、どれほど絶望的で、どれほど救いのない場所なのかを見ればいい。
そして、その忌々しい優越感ごと、さっさと立ち去ればいい。
リナは、怒って去っていくアーガスの背中を見つめた。
口元に、かすかな興味の弧が浮かぶ。
「……本当に、興味深い素材ね」
彼女は腹を立てなかった。
むしろ、都合がよかった。
不器用な案内役が横で文句を言うこともなく、社交用の顔を保つ必要もない。
ようやく彼女は、静かに、この部屋を読むことができる。
廃鉄と焦げ跡の下に隠された、真のアーガスを。




