第十二話 居場所
走ると、いつも後ろから二番目だった。
十二支の物語で、犬が寄り道をして、最後から二番目だったと知った時、戌年の私は、妙に納得したのを覚えている。
大学の授業は必要最低限に絞り、奨学金で学費を払い、バイトで生活費を稼いだ。クリスマスもお正月も働いた。遊びの誘いを断り続け、気づけば誰からも声をかけられなくなっていた。構わない。就職するまでの我慢だ。
そう思って頑張ったのに、就活は全滅。「就職できるならどこでも良い」と焦って、余裕をなくしていたのかもしれない。
卒業式で学長が「これからは皆さん社会人として立派に歩んで行って下さい」と言った時、胸がずきんと痛んだ。私はまた、置いて行かれたのだ。
大学入学直後から、近所のスーパーで商品補充のバイトを始め、ずっと続けている。
大学を卒業する直前、「まだ就職先は決まっていない」と伝えると、店長は言った。
「このバイトを続けてもらえると助かるんだけど。もちろん、就職活動を優先してかまわないから」
たとえ同情でも、奨学金を返済するため、ありがたかった。それなのに、「就職活動を優先してかまわない」という言葉が、胸の奥に深く淀む。ここでも必要とされていない。そう思ってしまった。
それから数年、就活をしているふりをしながら、バイトを続けている。ここを辞めたら、次のバイトは見つからないかもしれない。それが怖い。
私が大学三年の冬、店長の、遠方に住んでいる弟さんが倒れた。
「急で悪いけど、諸々頼むね」
一番バイト歴が長かった私も、いろいろ託された。
弟さんはこちらに戻って地元の病院でリハビリをした。私はさらにいくつかの仕事を任された。追加された職務手当と残業手当に喜び、同時に少しの罪悪感を覚えた。
一年後、弟さんは、店長の叔父さんが経営するコンビニで働き始めた。将来的には弟さんがそのコンビニを引き継ぐらしい。
うらやましかった。
親身になってくれる家族。
約束された将来。
私には手に入らないもの。
私よりも、ずっと良い人生に思えた。
三年後、弟さんはコンビニの店長になった。それを聞いて、胸がちくりとした。まただ。皆、私を通り越して行く。
今日は、一月五日。正月特需が収束し、お客様の購買行動も平常に戻る。
いつものように、売れ残りのケーキやお惣菜に値引きシールを貼る。皆と同じスタートラインに立ったのに、残ってしまった子達。ギリギリでも良いから、誰かに買ってもらえますように。
休憩室に行くと、店長がいた。手には、いつものお気に入りの缶コーヒー。
「就職活動の方は、どう?」
ずっと恐れていた質問だ。もうここまでかもしれない。
「……実は、ずいぶん前に、やめました」
自分の声が、驚くほど乾いて聞こえた。
店長は、怒らなかった。
「必要な時間って、人それぞれだと思うんだよね」
店長はそう言って、両手で包んだ缶コーヒーを見つめる。
「うちの弟もいろいろ寄り道はしたけど、先日、『ここが自分の居場所だ』って言ってたよ」
「……うらやましいです」
店長は、「そっか」と言って小さく笑ったようだった。
「自分の居場所は、自分で決めて良いと思うんだ」
「え?」
「たとえ自分が居たいと願った場所じゃなくても、自分が居られる場所なら、そこで良いんじゃないかな」
「自分が、居られる場所」
それは、何だかしっくり来る言葉だった。
『居るべき場所』ではなく。私が『居られる場所』は……。
「君はあまり自覚がないかもしれないけど、うちの戦力なんだよ」
思わず店長の顔を見る。
「弟が倒れた時も、改装の時も、いつも大変な時に支えてくれて。急な対応も頼りになるし。何より、お客様のために仕事をしている」
「そう、でしょうか……」
「値引きシールひとつでも、丁寧に貼ってくれる。それだけで、やっぱりお客様に伝わるものがあるんだよ。君がシールを貼ると、完売する確率が高い」
店長は、少しずつ飲んでいた缶コーヒーの残りを飲みほした。
「僕も、時間がかかる方だから。遅くなっちゃったけど」
そう言って、店長は照れたような笑顔を見せる。
「良かったら、うちの社員にならない?」
心臓がどくんと音を立てた。
置いて行かれるばかりだと、思っていた。
自分の居場所を探して、迷子になって。
ずいぶん遠回りをして、遅くなってしまったけど。
今からでも、追いつけるだろうか。
最後から二番目くらいには。
「はい、よろしくお願いします」
これで完結です。
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