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閑話~乙女の眠り~

今回ちょっとダークです。

暴力描写もあり。





あの方に優しく『カティ』と最後に呼ばれたのがいつだったのか、今はもう思い出せない。



――アンドリュー様に、わたくしの悪評への誤解も、話せば理解し合えるかもしれないという希望もとうの昔に消えて久しい。






「カトリーナ、貴様との婚約を破棄する」



わたくしをヒトだと認識しない、蔑みきった色で見下ろす声がする。

あの方がどんな表情でそう仰ったのかは、騎士団長の息子に取り押さえられた身としては確認すら出来ない。

ただ想像は出来た。

そして、理解も出来た。


自分………シルクベルト侯爵令嬢カトリーナは、ついに本分を果たせずに己の総てが無に帰すのだと。




「我が愛するマリエッタに対する数々の悪行、誠にもって許しがたい!!」



『愛する』……婚約者のある身であるのに恋慕を隠そうともしない姿は悪ではないのか?

公衆の面前で行われる私刑は、果たして善行であると言えるのか?



「カトリーナ……我が従姉妹ながら……いや、遠縁とはいえ少しでも君と同じ血が混じっているこの身が忌々しいよ。

一族からこのような恥さらしが出るだなんて、きっとシルクベルト侯爵はお嘆きになるだろうね」



従兄弟のルッツの嘆く口調の中に喜悦の色が滲んでいる事に、この喧騒の中で気付いた者が果たして居たのだろうか?



何故こうなってしまったのか。


わからない。

わからない。

わからない、けれど―――、



「わたくしは、っ……ぐっ……」

「黙れ、罪人」



わからないなりに問いかけでもってこの状況を打破しようにも、一言でも発音しようと試みるだけで体に鋭い痛みが加えられる。


殿下の護衛として学園に籍を置く、騎士団長の次男。

研鑽を積み、いずれは王国を守る盾となるのだと誇らしげに語っていた彼が今、どうしてわたくしを床に押さえ付けているの?



「未来の王太子妃に対しての数々の非道な行い、誠にもって許しがたい!!

本来ならば無礼打ちにて斬り棄ててやりたい所だが――」

「待ってアンディ!!」



雲上人である殿下の言葉を品のない大声で遮り、あまつさえ公の場で愛称で呼び掛けるこの少女こそが。



「止めるなマリエッタ!!」

「いいえ止めます!!いくらなんでもやり過ぎだわ……」



件の少女の声に影響を受けてか、頭を擦り付けられていた手が弛められた。

顔を上げた先には、寄り添う二人の姿。



「カトリーナ様は悪くないの、わたしがアンディを愛してしまったのがいけなかったのよ!!」


「マリエッタ……!!」



感極まったアンドリュー様が少女を抱き締める。

そのまま熱い抱擁を交わした後、腕のなかの少女をそのままに、発せられた宣言によりこの茶番劇は最高潮を迎える。



「カトリーナ、貴様は追放処分とする!!

即刻この学院から消え失せよっ!!」










全身の身を打つ雨に身を任せる。

何度も暴行を受けた体には最早感覚も無く、痛みも夜の雨の冷たさも感じはしなかった。

指先すら動かすのも億劫で、見るとはなしに灰色の空から雨粒が降ってくるのを眺めるばかり。



―――結局、わたくしは『負けた』という事なのだろうか?



自分に降りかかる幾多の凶事は、一見バラバラに見えても足並みが揃っていたように今になって思える。一つずつなら何とか対応出来ただろう事柄も、自分の持ちうる総てを一気に崩される事で為す術もなく敗れ去ってしまった。


そうして今、ここに至る。

この冷たい路地裏で独り死に逝こうとしている。



―――わたくしの何がいけなかったのだろう?



朦朧としてきた意識の中で答えあわせをしようと試みるも、霞がかった頭には何一つ浮かばない。

ただ、あった事をそのまま思いかえすだけ。



ぽつり、ぽつり、



相手の言い分を聞こうともせず、公衆の面前で裏切った婚約者。

………かの方は王族であり、建前上でも『絶対的に正しき人』である。

今までもそうであった様に、全ての非が相手側……今回はわたくしにあったという事にされ、今の地位に安座し続ける事だろう。


挽回の機会を伺おうと実家に帰った己の言い分も聞かずに叩き出した両親。

自分が痛みで気を失っていた僅かな間に、我が従兄弟がご親切に学園であった『事実』とやらを、両親に懇切丁寧に説明してくれた様だ。

………お陰様で身一つで屋敷から叩き出され、着替え一つ満足に出来ずに街中を歩く羽目になり、こうして無法者に襲われる結果を招いてしまった。


そして。

今この結末を迎えるまで手を差し伸べられなかったというその事実。



学園にいた教員や生徒、色んな繋がりもあったはずの友人知人からの接触はついに無かった。

貴族社会での今後は絶望的だろう。

そう思ったわたくしは、その時身につけていた貴金属類を懐に隠して換金しようと領内の街に何とかたどり着いた。


何度も死にそうになった。

学園で心身ともに痛め付けられ、身一つで問答無用で追い出され。

魔法学と護身術を習得はしたが、実戦経験が皆無。

『何故か』何度も遭遇する魔物や魔獣を蹴散らしては逃げを繰り返し。


常備していた護身用の武器だけで街まで辿り着けたのは不幸中の幸いだったのだろう。

満身創痍で質屋を目指そうとした所で無法者に捕まり、殴る蹴るの暴行を受けて今やその命は風前の灯……。


ああ、そういえば、



―――あの悪漢達が笑いながら言っていた『割りのいい仕事だ』とは一体どういった意味だったのだろう―――










※※※※※※※※※※※※※※※※※






「―――っ!!!!!!!!!!」



次に目覚めた時、『俺』は天蓋付きベッドの中だった。

この世界に生まれた時からいる、カトリーナの自室。



「っ、はぁっ…はぁっ…」



大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫、ここはあの冷たい路地裏なんかじゃあ、ない。


無意識に詰めていた息をゆっくり吐くと、固まっていた体から力が抜けた。

全身から冷や汗吹き出ているのが気持ち悪いが、しんどくて生活魔法を使う気にもならん。

ただ、手のひらに血が出るほど食い込んでいた爪痕だけは何とかしないと。

何も無かったみたいに過ごさなきゃダメだ、いつもみたいに。


―――こんな風に『カトリーナ』の記憶らしきモノを夢にるのは初めてじゃない。

ゲームに関わりのありそうな事柄が起こった場合に、こういった夢をよく見るんだ。

いつも悪い夢ばかりじゃ無いんだが、『カトリーナの記憶』だけじゃ無く『カトリーナの感情』まで味わうハメになるから正直勘弁して欲しい。


ちなみに今までの夢見ワースト1は、クソ従兄弟という名の攻略対象と初顔合わせした日の夜だった。

―――今日でワースト1は変わったがな。


クソ王子とのエンカウント初日だからある程度覚悟はしていたんだが、やっぱ夢見は最悪だった。

お陰様で決意も新たに出来たんで、全くの無駄でも無い。

―――あの汚泥を実体験してたまるか!!



《ああどうして殿下お聞き届け下さらないのあの女は危険です不敬なのです殿下の御身に害を及ぼすかもしれませんそうなってしまえばこの国の未来がだからどうかお聞き届け下さい》


《シルヴィオあなた殿下に剣を捧げて守り抜くとお仕えすると誓ったじゃないなぜ素性も怪しい女を殿下の御身の側に侍らす事を許すの間者や暗殺者や狼藉を働く不届き者から遠ざけるのがあなたの役目でしょう》


《ルッツルッツ一緒にシルクベルトを盛り立てようって約束したのはあれは嘘だったの小さいときからカティ姉さんって呼んでくれたのにあの女に出会ってからはわたくしをシルフィーナってそんな蔑んだ目で見下して冷静な目で周りを見て公平な判断を下せるあなただからこそ心強かったのに》


《ねぇシルフィーナわたくしたちずっとお友達ねって言ってくれたじゃないいつも助けてくれてありがとうって言ってくれたじゃないねぇどうしてその女が学園有力者に近付くのを手助けなんてしてるのわたくしの悪い噂を広がるのを黙って見てるの広めようと悪化させようとしてるのまるで今の親友はあの女みたいじゃない》


《とうさまかあさまカトリーナは悪い事なんてしていないわ臣下として婚約者として必要だったからこそだからどうしてわたくしをしんじて下さらないの言葉を受け取って下さらないの後ろで嘲笑っているルッツに気付かないでねぇどうして勘当なんて武器もアイテムも無いのにわたくしの口座まで凍結させて自分で稼いだお金だったのに》



《国に仕え大切なひとたちを守りたかった民を助けたかったでもわたくしはいまひとり街の無法者に襲われて資金源も奪われて殴られて骨を折られて殺されそうになってもうすぐ殺される守りたかった民にねぇどうして》


《わたくしいったいどうしてなにがなぜどうしろというのどうすればよかったというの》




脳裏に骨に塗り込まれた汚泥が噴き出しそうになるのを抑えて、ひたすらに自分に言い聞かせる。



大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫、


『俺』は俺だ、『カトリーナ』じゃない。


―――だから、俺は殺されない。




ころされて、たまるか。










ざまぁ展開を書く上で主人公側が苦しむのは必須かと思いますが、鬱展開を書くのは難しいし苦しいですね。

改めて小説を書く事の難しさを再確認中。

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