27 誰が行くかこの野郎
作戦完了から十時間後。夜衣は眠りから覚め夢流に任務の報告を行っていた。
輝士団本部に乗り込んでから協会を脱出するまでの一部始終を大雑把に説明する。
彼が予言で破壊したガラスと扉は綺麗に修復されていた。
「つぅ訳で、総帥が夢魔を飼っていたのを輝士団にばらした。報告は以上だ」
「なるほど、総帥が失脚するのも時間の問題というわけだね」
夜衣が任務を受けた時と同じように、夢流は窓の傍に立ち夜衣はソファーの側にいる。
違うのは夜衣がソファーに座らず寝転んでもいない事。左手には予言札を持ち、誰が見ても臨戦態勢だった。
秘密結社に到着後すぐに報告に向かわず休息を取ったのはこのためだ。
体力と精神力を回復した万全の状態でなければ夢流とは渡り合えない。
任務を終えた安心感につけこんで、またとんでもない命令をしようとしているに違いない。そういう奴だ。
「これで任務は完了だろうな」
身構える夜衣と少し離れた場所で破切果と離津留が待機している。
以前のように邪魔をされてはたまらないと彼が離れるよう命じたのだ。どんなに慕われていたとしても、夢流が命令を出せば二人が従わないはずがない。
たとえ自分の意思でなくとも。
「素晴らしい結果だよ、夜衣。君の様な優秀な部下を持って僕は幸せだ」
夢流の賛辞も夜衣には白々しい言葉にしか聞こえない。頭の中では今この瞬間も相手をどうやって貶めてやろうかと考えているに決まっている。
少しでも妙な態度を見せたら攻撃を叩き込み、その隙に部屋を脱出。
ここから逃げ出し二度と夜幻秘密結社とは関わらないように生きようと決意を固めていた。
「質問に答えろ。任務は終了でいいんだな」
「もちろんだとも」
夜衣の覚悟をよそに、夢流はあっさりと認めた。これで彼に施されていた呪いともいえる予言は完全に解除された。
もう命令を無視しても命を落としはしない。今がチャンスだと夜衣は夢流に背を向け扉の方へ踏み出した。
そんな夜衣の動作を見計らったように、夢流がこう言った。
「今回の働きにより、君を夜幻秘密結社ナンバー2へ任命しよう」
既に扉に手をかけていた夜衣は、短い沈黙の後振り向いた。
「何だって?」
彼の眼差しには九十九パーセントの疑いと一パーセントの困惑が含まれていた。
自分を足止めするための罠かと警戒する夜衣に夢流がにこやかな、実に子供らしくない笑みを浮かべた。
「素晴らしい働きをした部下に相応の褒美を与えると言っているんだ。これからも夜幻秘密結社の一員としてよろしく頼むよ」
「凄いですわ!さすが夜衣様」
「おめでとうございます!」
相変わらずこちらを見下した夢流の態度に文句を言ってやろうとした夜衣だったが、離津留と破切果の賞賛を受けて踏みとどまった。
自分がナンバー2であれば、他の奴らが下の地位になったという事。つまり、残りのメンバー三人が部下になったのだ。
だったら任務を受けたとしても、面倒な仕事は全て部下に任せられる。
日頃から面倒事を押し付けられていた彼にとって、確かに嬉しい褒美だ。もし難解な任務を与えられたとしても、自分よりも優秀な予言者三人を使えば不可能な事など無い。
「俺を騙すための冗談じゃねぇよな」
「もちろんだとも。疑うなら誓約書を書いてもいい」
夜衣は持っていた予言札を夢流の目の前に差し出した。
「だったら書け」
「疑り深いよ、キミ」
呆れながら夢流は札を受け取り、さらさらと文面を書いた。
書き終えた予言札には確かに夜衣の本名とナンバー2に任命する内容が記されていた。これでようやく信用出来る。
彼は予言札を誰にも見られないよう折りたたんでバンダナに入れた。
「ところで夜衣、あれは何かな?」
次の任務を言い渡されるのかと身構えていた夜衣は、上司の予想外の言葉に肩が跳ねた。夢流の視線は自分の方ではなく破切果達を向いている。まさか、リリガスは部屋に置いてきたはずだ。
あのオカマ野郎が!何を考えてやがると振り向いた彼の拳は、自然とグーの形で握られていた。
とりあえず殴り飛ばして部屋から追い出し、言い訳は後から考えようと思って。
「いやぁ、めでたいデスね」
「おめでとう」
そこには破切果達に混じって拍手をする占い師コンビの姿があった。
予想外の事態に夜衣は勢い付いていた拳を止め、代わりにロベオの胸倉を掴んだ。リリガスを殴るつもりで力んでいたので、反動でガクガクと頭が揺れた。
「どこから湧いてきやがった」
「どこからって、最初からいたじゃないデスか」
何を今更という態度のロベオを無視して夜衣はどういう意味だとライーザを睨む。
「一緒に逃げてきた」
彼女の言葉に夜衣は昨晩の事を思い出した。
扉をくぐる際に体が重かったのは疲労のせいではなく、二人が掴まっていたせいだったのだ。
彼は朝に弱かった。
見た目はしっかりした言動をしているが、昼に目覚めてからこの部屋に向かう途中までは半分眠った状態だった。
無意識でリリガスには部屋から出るな、離津留と破切果はついて来いと命じ、夢流の部屋の扉を開く直前に完全に目覚めて臨戦態勢に入った。
何も言われなかった占い師二人組は夜衣達の後を追い、邪魔にならないよう破切果と離津留の側へと立っていた。
夢流と真剣に対峙していた夜衣は今の今まで彼らの存在に全く気付いていなかった。
「で?」
夢流の追及に夜衣はロベオを片手に振り返った。
「念のために連れてきた証人だ。占い師だが協会から生贄を助けたいと言いやがるんで同行させた。こいつらも総帥が飼っていたインクを見ている。本名も聞き出しているから刃向かう危険も無い」
まるで最初から決まっていたかのようにすらすらと答える夜衣。内容も嘘ではないので二人が異を唱える事も無く、不自然さは感じさせない。慣れているのだろう。
瞬発力のある言い訳に感心すると共に、それでいいのかと部外者ながら心でツッコミを入れるライーザだった。
「ふーん、まぁいいや」
含みのある笑みで話を聞いていた夢流は、占い師達を一瞥するとこれ以上の追及はしなかった。
「もう用が無いなら俺は行くぞ」
ボロを出す前に二人と一匹を秘密結社から追い出さなくてはならない。今度こそ出て行こうとドアノブに手をかける。
回す。開かない。殴る。壊れない。
無言で戻ってきた夜衣がソファーに座る。
「で、次の任務は?」
「飲み込みの早い部下で助かるよ」
ロベオは夜衣が十時間も休息を取った理由が分かったような気がした。彼が短気でやたらと暴力的な理由も。
「うちでゴミ箱代わりに使っている吹き溜まり。底無し沼みたいな物だけど、実は他の世界に繋がっていると分かったんだ。調査を頼みたい。ついでに住民や動物、書物などを持ち帰ってくれると助かるんだけど」
「分かった。部下を総動員して全力で取り組む」
自分が行かなくてもいいとなると、夜衣は内容へのツッコミも入れずにすんなりと任務を受け入れた。
他のメンバーに任せれば楽勝だろう。何しろ予言においては皆彼より実力が上なのだから。
夜衣が了承すると、夢流は手に持っていたリモコンをテーブルに向けスイッチを押した。
するとまたしても謎の原理でテーブルが消え、部屋の中心に巨大なカプセル型の乗り物が出現。浮遊している状態から絨毯の上へ着地すると入口が開いた。
上半分が透明で操縦席のような物が見える。
「最新技術を投入して開発した異世界探索機、過多未知だ。一度乗り込めば目的地に着くまでどんな攻撃や呪いも寄せ付けない。吹き溜まりから採取した謎の金属や遺留品をふんだんに盛り込んでいる」
商品紹介に不安しか感じられない。悪意の塊のようなネーミングセンスは、一度旅立てば二度と帰れない、いや帰らせない気満々だ。
「大体四人乗りか。じゃあレベッドとシーツイに」
「よろしくね、夜衣」
夜衣の言葉を遮って口を出す夢流。
ナンバー3と4だった二人に任せようとしていた夜衣は、何気ない言葉に違和感を覚えた。
今の口ぶりは声援というより、お前が行けという強制力のある響き。
気のせいだと思いたいがこういう直感はよく当たる。特に嫌な予感がするものは想定の倍以上悪い結果を招く事も多い。
遠回しに聞いてもはぐらかされると思った彼は、疑問をそのまま口にした。
「他の奴らはどうした。まさか全員別の任務に出ているなんてふざけた事はないだろうな」
「夜衣が帰ってきてから任務には誰も出ていないよ」
秘密結社内では嘘をつく事を禁じられている。ナンバー1の夢流であっても例外ではない。
夜衣の場合は予言が発動してしまう恐れがあるので、元より嘘など言わないが他のメンバーも皆この掟を守っている。
夢流の言葉に夜衣はとりあえず納得した。
「何しろみんな辞めちゃったからね」
夢流は嘘をつかない。大事な部分を言わないだけだ。無言で固まる夜衣の代わりに破切果が驚きの声を上げた。
「みんなって、お師匠様以外の全員が辞めてしまったんですか!」
全員といっても夜幻秘密結社のメンバーは5人しかおらず、夜衣と夢流を抜かせばたったの3人。
数だけを見れば少なくとも実際は全体の過半数を超えている。これではただの二人組でとても秘密結社とは名乗れないだろう。
「一体どうしてですの?わたくし達がここを出る前にはそのようなお話はしていませんでしたわ」
「そりゃあ辞めたのが今朝だからね」
再び外へ視線を向けた夢流。
こんなテキトーな組織に翻弄された輝士団や協会にロベオは同情していた。自分も散々な目に遭っているうちの一人だとは気付かずに。
「お師匠様、どこに行くんですか」
破切果の声の先には、背を向けて部屋を出て行こうとしている夜衣の姿があった。背中には付き合ってられねぇオーラが漂っている。
声を掛けられるといつも通りの仏頂面で言った。
「俺も辞めさせてもらう。下っ端はもうご免だからな」
「そんなー、全力でやり遂げるって言ってくれたじゃないか。いたいけな子供を騙すなんて、人間のする事じゃないよ」
「てめぇのどこが子供だ!むしろ騙されたのはこっちだろうが」
わざとらしく困った顔をする夢流に夜衣は憤慨した。夢流の言葉を一瞬でも信じてしまった自分が腹立たしいとばかりに。
同時に他のメンバーの身勝手さにも怒りを燃やしていた。
今まで散々人を使ってきたくせに、自分達が同じ立場になると逃げ出すとはどういう事だ。
真面目に働いていた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
夜衣が本気だと分かると、破切果と一緒に隅で大人しくしていた離津留が彼の元へと飛び跳ね、定位置の肩へと着地した。
「夜衣様が出て行くのでしたら、わたくしもついていきますわ!」
「はぁ?お前は来るなよ」
監視役を連れていくアホがどこにいると呆れる夜衣に応え、彼女は触手を一本伸ばした。
自分の体の中から小さな物を取り出すと、勢い良く床に投げつける。
離津留の体と同じ色と透明度を持った物体は、カメラと発信機を兼ねた監視用の超小型装置。
夢流の許可無く取り出したという事は反逆を意味する。
「愛する人のためなら、裏切り者として追われるのも本望ですわ。ああ、これが本当の愛の逃避行ですのね!」
一人で盛り上がる離津留の決意は本物だ。秘密結社に作られた合成生物が任務を放棄するなんて前代未聞。ありえない事だ。
夢流は裏切りに対する怒りよりも驚きの方が大きかったらしく、彼女への制裁も忘れしげしげと二人を観察していた。
そして一言。
「君にそんな性癖があったなんて」
「よし、そこを動くな。一発で楽にしてやる」
夜衣の手に握られたナイフが標的を狙う。確実に仕留めるため頭に向けられている。
彼の態度は全力で関係を否定しているように見えるが、夢流には逆に思えた。なぜなら出発時のように離津留を振り払おうとしていない。
本気を出せば引きちぎって投げ飛ばすくらい出来るだろうに。
夢流が知るいつもの夜衣なら迷わずそうしたはずだ。
「待って下さい!」
今にもナイフを投げそうな夜衣に破切果が駆け寄りしがみついた。やはり邪魔をするつもりかと睨む彼を見上げて、破切果は叫んだ。
「僕もついていきます!お師匠様を守るのが僕の使命です」
予想外な破切果の言葉に、夜衣は珍しく間の抜けた表情を見せる。しかしすぐにいつもの警戒心を取り戻して破切果を振り払おうとする。
「いつ俺が守られたんだ。大体そこの馬鹿に捕まって人質扱いされてたのはどこのどいつだ」
「あれも本当は作戦だったんです。僕があんな間抜けな人に負けませんよ」
夜衣に指差され破切果にも馬鹿にされたロベオは部屋の隅で落ち込んだ。
子供にまで馬鹿にされるなんて、と呟く彼の肩をライーザが叩く。
「大丈夫。魔物だから子供じゃない」
馬鹿にされた事実は否定しない彼女にますますロベオは影を背負った。何か間違った事を言ったのかとライーザは首を傾げる。
破切果の行動に夜衣だけでなく夢流も驚いていた。
女性タイプの離津留はともかく、命令に忠実な破切果までもが彼に好意を寄せている。
夜衣が魔物に好かれる能力でも持っているのか。もしくは能力の高い予言者は好かれない傾向にあるのか。
困るなぁ、と夢流は口を開いた。
「まるで僕に人望が無いみたいじゃないか」
「部下全員が辞める時点で気付けよ」
夜衣のツッコミはもっともだった。
「違うんだよ。彼らが秘密結社を抜けたのには他に理由があるんだ」
言いつつ手招きをする夢流。一秒でも早くここを離れたい夜衣だったが、無視して出て行こうとすればまた予言で足止めされる。
仕方無く彼は夢流のいる窓側へ近寄った。無論何があってもいいように武器を持ったまま。
「なんじゃこりゃあー!」
窓の外を見た夜衣は叫んだ。どんな時も冷静さを失わなかった彼をここまで驚かせるものとは何なのか。
気になったロベオとライーザも窓の方へと向かった。
「!!?」
「おーまいがー」
絶句するロベオに代わり、ライーザが抑揚の無い声で代弁する。
彼らが目にした物。夜幻秘密結社の窓から見えたのは地面に開けられた大量の穴。破壊しつくされ更地となった荒野。
同じくらいに無残な姿となった、この建物の姿だった。
最上階のガラス張りの部屋と夜衣の自室。二つの部屋を繋ぐ廊下以外の部分は抉り取られ原形を留めていない。
下の部分には辛うじて鉄骨が残っている程度で、とても残された部屋を支える役目を果たしているようには見えない。恐らく予言の力で秘密結社は崩壊を免れているのだろう。
「一体何があったんですか」
秘密結社は通常の攻撃では破壊出来ないよう設計されている。
外部からの攻撃はもちろん予言者の襲撃も想定して守りを固めているのだ。大量の爆弾でも用いない限りここまでの被害は出ない。
破切果の疑問に夢流は肩をすくめて答えた。
「輝士団の攻撃だよ。朝一番に防衛線から兵器を積んだ車両が次から次へとやってきてね、雨あられと砲撃を降らせてきたよ。いずれ報復攻撃はあると思っていたけど、こんなに早く来るとは思わなかったね」
協会の指示ではなく輝士団が独自に動いたのだろう。襲撃のすぐ後だというのにもう指揮系統が復活している。
さすがに長年魔物や予言者と渡り合っただけの事はある。
輝士団を相手にしてほぼ無傷で協会を脱出出来たのはある意味奇跡かもしれない。
「それにしても被害がでかすぎるだろうが!他の奴らはどうしたんだ」
「もちろん応戦したよ。でも輝士団の攻撃なんて久しぶりだからね。結構油断してたみたいで戦線に投入した合成生物はほぼ全滅。退けはしたけど散々だったよ。あ、もちろん任務を完遂した夜衣は特別だから僕が部屋を守っておいたよ。おかげで心おきなく休めただろう?」
余裕な態度を見せる夢流も実は輝士団の一斉攻撃を想定しておらず、他のメンバーと同じように壊滅的な被害を受けるところだった。
しかし先日の夜衣との一件で部屋が大破してしまい修復を済ませたものの、次に顔を合わせた時にまた一悶着あるだろうと予想。夜衣との戦闘を繰り広げても大丈夫なように予言で守りを強化していたのだ。
おかげで第一波の攻撃にも耐え、突然の襲撃にもうろたえずに対処出来た。
寝込みを襲われた他のメンバーは予言を使って何とか攻撃を凌いだものの、所有していた施設や財産のほとんどを失ってしまった。
ここにいたら命がいくらあっても足りない。そう言って他の三人はあっさり秘密結社を出て行った。
「それじゃあもし夜衣様と行動していなかったら僕達も」
「当然戦場行きで死んでただろうね」
さらりと言い放たれた言葉に破切果は震え上がった。いくら合成生物でも対魔物用兵器満載の輝士団相手では勝ち目が無い。
変身したとしても予言での援護が無ければ生き残れないだろう。
「やっぱりわたくしは夜衣様と共にある運命ですのね!」
怯える破切果と違い離津留はいつも通りの反応だ。愛の力は恐怖という障害も物ともしない。
荒野の入口には未だ多数の武装兵団が待機しているというのに。恐らく夜衣達が抜けた砂漠方面にも新たな包囲網が用意されているだろう。
「そろそろ次の攻撃が来るだろうし、この様子じゃどこにも逃げられないだろうね」
にっこりと、悪魔が微笑んだ。
夢流の言うように、荒野の向こうから武器を搭載した車両が地響きを立てて一斉に動き出した。
「輝士団は君が任務から戻るまでには何とかしておくから、頼んだよ」
清々しい、天使のような笑顔で退路を断ってくる夢流。
握力でナイフを握り潰した夜衣は大きく息を吸い込み、天にも響く雄叫びを上げた。
「断る!」
夜幻秘密結社ナンバー2。
夜衣こと、シバ・ウィルドン・パキリカス・エンドゥーラに平穏な日々がもたらされるのはまだ遠い。




