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12 相性の悪い男共


 十分後。


 協会へと続く線路の上に巨大なトラックが駐車している。正面には五重に設置されたバリケードと物々しい装備の輝士団の姿があった。

 手にしているのはロケットランチャー。魔物避けの防壁は外部から攻撃を加えられるよう先の区間から開放されている。


 ロベオ達が通報する三分前、輝士団本部の通信が回復してすぐに協会直属の隊員達が出動。迎撃体勢が整えられた。


 数十キロメートル離れた中間地点には戦車隊が待機。

 彼らが汽車を止められない場合、ここで全ての決着をつける事になる。ロケットランチャーで線路を破壊し、反逆者を仕留める。


 協会側からは占い師が乗っている事も伝えられていた。彼らは輝士団が予言者に襲撃された事実を知っている。予言者に接触して生きているのであれば、寝返った可能性も大きい。


 全員を始末せよというのが輝士団に与えられた命令だ。


「戦車隊より入電、中間点を突破されたようです」


 無線を持った兵がリーダー格の男に駆け寄る。


「被害状況は」


「ほぼ壊滅状態だそうです。幸い死傷者はいないようです」


 部下の報告に隊長は静かに頷いた。いくら戦車隊が魔物退治の優秀な部隊でも、予言者が相手では勝手が違う。奴らは言葉だけで戦局を覆す恐ろしい相手だ。たとえこちらがどんなに優位であっても関係無い。

 まともにやりあえる分ブラッドマンを相手にした方が幾分ましに思える。


「続けたまえ」


 隊長は先を促す。先遣隊の役目は敵を倒すのではなく、力を見極める事。

 敵の戦術を知れば対抗策を打ち出せる。そうやって輝士団は魔物と戦い、生き残ってきたのだ。


「はい」


 部下の男は戦車隊からの報告を読み上げた。



 中間地点にて待機していた戦車隊は、予定よりも大分遅れた時刻に汽車が来るのを確認。


 威嚇射撃はせず、遠方から一斉射撃を行った。

 五発が車両前方に着弾。しかし爆発はせず損害を与えた様子が無い。続けて一発だけを車両後方へと発射。見事に貨物車を破壊した。


 走行速度がやけに遅く、反撃の様子を見せないため戦車隊は接近。攻撃が効かなかった車両前方には妙な光景があった。


 彼らが見たのはは汽車に括り付けられているスーツ姿の男。

 射殺を試みるも失敗。銃弾は間違い無く命中したはずなのに、男には傷一つ付いていない。武器避けの予言が掛けられているのか、ナイフを投げてみても攻撃は男に届かなかった。


 これでは埒が明かないと戦車隊は、併走しながら汽車に乗り込む作戦へ出た。

 後方の車両には予言は無いと判断。二手に分かれて戦車隊は汽車の後ろに回りこんだ。


 すると突然頭上から大量の花弁が舞い降りた。


 花吹雪をスコープで確認した兵士は、戦車の動きが妙な事に気付く。汽車を追っていたはずの軌道が反れ、あらぬ方向へと直進する。

 見れば他の戦車も同じように制御を失っていた。

 同乗している兵士に声を掛けても反応が無い。車内を確認するとなんと全員が眠っている。


 戦車は暴走し岩壁に激突してようやく停止した。



「以上が先遣隊からの報告です」


 報告を聞き終えた隊長はふむ、と呟き考えた。


「恐らくその花弁に予言が掛かっていたのだろう。花を見た者が居る空間に眠りの効果を与える予言が。名前も知らぬ不特定多数を操るには手っ取り早い方法だ」


 歳を重ねた隊長は予言者との戦闘経験があった。かつて輝士団と協会を壊滅寸前まで追い込まれた苦い記憶と共に。


「我々は正面から迎え撃つ。砲撃とランチャー隊は前に出ろ」


「了解です。しかし、占い師が寝返っていた場合、作戦が読まれている可能性があります」


 確かに予言者への対策を盛り込んだ作戦を行おうとすれば、たちまち占いの結果として反映され向こうも攻撃の手段を変えてくるはず。

 いくら万全の備えをしようとも全て読まれてしまっては意味が無い。


「問題無い。協会の傘下にある占い師を予言者は信用していない。むしろ敵意を抱いていると言ってもいい。秘密結社を名乗る奴らなら、他人の意見を聞き入れる寛容さなど持ち合わせていないだろう」


 余程の事が無い限り。

 そう、占い師達を意のままに操れる状況にでもない限り。




『夜衣サン、このまま進むと線路を破壊されて進路を妨害されます』


 汽車の先頭にロープで固定され、攻撃避けにされていたロベオは占いの結果を無線で内部に伝えた。

 音声は夜衣達の居る操縦室へと届く。


「本当だろうな、矢山」


『嘘なんてつきませんよ!あと本名で呼ばないで下さい。心臓に悪いデス』


 夜衣は相変わらず不機嫌そうな表情で椅子にふんぞり返っている。隣には汽車を操縦する離津留が陣取っていた。触手で無線機を彼の目の前に固定している。

 腕を組んだまま夜衣はロベオに返事を送る。


「別にお前が嘘をつくとは思っていない。俺が疑っているのは実力の方だ」


『余計酷いデスよ!』


 車両に括り付けられた彼には、協会の武器は通用しないという予言が掛けられた。


 汽車の先頭に人間を見つければ、輝士団は迷わず攻撃してくる。彼らが使用する武器は間違い無く協会からの支給品。銃弾に爆弾、火器やナイフに至るまでロベオに危害を与える物全てが無効化される。

 運転室の間近に位置するため、夜衣達が居る場所も破壊される事は無い。


 汽車の速度を落としているのはロベオが風圧に耐えられるようにと、相手がこちらを狙いやすいようにするため。


『あのー、そろそろ中に入れてもらえませんか』


 いくら予言があるから安全だと言われてもこれでは神経の方がもたない。

 砲弾や銃撃を浴びせられていい気分になる者などいないだろう。それにもし汽車が横転すれば予言の効果は現れない。


 線路や地面は「武器」ではないのだから。


「いいじゃねぇか。濡れた服も乾くし一石二鳥だろ」


『もう十分乾きましたから!』


 ロベオの服が濡れたのは雨が降ったからではない。対魔物用兵器から二人を助ける為に行われた予言の結果である。

 夜衣が行った予言は、矢山とシャイトは人間には効き目の無い兵器のおかげで助かる、といったもの。


「本当に聖水の噴射が緊急兵器でしたのかしら」


 離津留がぽつりと呟く。防壁から大量に噴出した水は車内にまんべんなく浴びせられ、避難場所に居なかったロベオとライーザはずぶ濡れになった。

 変形テーブルに隠れていた破切果が、噴射と共に箱の中にも嫌な気配が伝わったと言っていたため、水が魔物を清める聖水だと分かった。


 純粋な魔物ではない合成生物が、触れてもいないのに嫌悪感を抱くのだから相当強力な聖水なのだろう。

 確かにこれなら魔物が食らえばひとたまりもない。


 彼女が疑問に思ったのは夜衣が予言をしなかった場合だ。


 不運の呪いによって危機的状況に追い込まれたロベオを放っておいたのなら、一体どんな事が起こったのか。今更確かめる事も出来ないので離津留は余計に気になった。夜衣に聞いても知るか、と素っ気無く返されるのが目に見えている。


 せっかく良好になった関係を壊すのも嫌なので彼女は湧き出す疑問を飲み込み、黙っている事にした。


「しょうがねぇな。破切果、行って回収してこい」


「はい!」


 夜衣に呼ばれた破切果はとてとてと走り、運転室を出て行った。

 走行スピードを抑えているとはいえ、人間が走る汽車の上を渡るのは危険だ。ロベオを固定する役目も破切果が行った。

 足音が遠のくと室内は急に静かになる。


 お喋り好きの離津留は夜衣と話したくてしょうがないのだが、あまり騒いで嫌われるのも嫌だ。むしろここは二人っきりの空間を満喫すべきだ。


 離津留はそーっと、さりげなーく、夜衣に接近する。


 ガラリと。前置きも無く開いた扉に離津留は驚き、伸ばした体を元に戻した。

 立っていたのは白い肌着一枚で堂々としている金髪少女、ライーザだった。


「ロベオは?」


 恥じらいを一切見せずに入ってきた彼女は、真っ先に仲間の名前を口にした。


「破切果を回収に向かわせた。すぐ戻るだろ」


 夜衣は動じない。数々のアクシデントを乗り越えてきた今の彼なら、ライーザが全裸でも驚きはしなかっただろう。

 もっとも相手がナイスバディな美女なら話は違ったかもしれない。


 離津留は夜衣が占い師の少女に興味を示さなかったのを安心し、同時に次に変身する時はもっとバストを強調しようと密かに心に決めた。


 しばらく経てば破切果達が戻って来る。きっと占い師の男が相棒の姿を見て騒ぐのだろう。


 案外こういう賑やかなのも悪くは無いかもしれないと、離津留は口には出さずにしみじみ思った。

 彼女の心に余裕があったのは輝士団本部と違い、恋を邪魔する輩が存在しなかったからだ。


 窓の外は橙色から闇色へと変わり、夜が訪れようとしていた。




「そろそろ“ゆりかご”の到達予想時刻です」


 戦車隊からの情報から汽車のおおよその速度は判明した。兵が告げると、ロケットランチャー隊が体勢を低くして武器を構える。


「エンゼルリング・解放」


 隊長が合図をするとトンネル型の透明な防壁、通称エンゼルリングが地面へと収納。線路を囲う障害物が排除された。

 外部からの襲撃を防ぐための盾が外されるなど、今まで一度も無かった。


 防壁を取っ払ってまで進撃を防ごうというのは、予言者が魔物以上の脅威だと認識された証だ。

 壁に取り付けられたカメラからの映像が、車両に付属する簡易モニターに映し出された。


 人身輸送汽車、ゆりかごは非常にゆっくりと走行している。先頭車両に人の姿は見えない。同じ手は通用しないと考えているのだろう。予言者も馬鹿ではない。

 隊長は注意深く敵の出方を探る。直接射撃をするにはまだ範囲外。彼は無線を取った。


「飛行部隊、“みぞれ”を使用せよ」


『了解』




「最終確認だ」


 夜衣達は運転室に集まり、敵の防衛ライン突破のための作戦をようやく終了していた。


「俺が汽車を動かし離津留が前方を守る」


「お任せ下さい!」


 人間タイプに変身した離津留の胸(強調された)には「血魂銃無効」と書かれた札が貼られている。

 大砲の弾は風で軌道を変え、いざとなったら軟体生物の体で跳ね返す。弱点は予言でカバーされているので大抵の攻撃は耐えられる。


 普通は女に与える役目では無いような気がするが、本人がやる気満々なので大丈夫なのだろうと夜衣は思った。


「お前はさっきと同じ後方と側面の守りだ」


 言われたライーザはこくりと頷いた。彼女は積極的に助けを求めただけあって、夜衣に命令されるのに抵抗が無い。ロベオは本名を知られているので予言を使われれば命令には逆らえない。

 ならば自分の意思で従った方がまだましだという結論に達し、不本意ながらも協力する形となった。


 それに、夜衣よりも実力のある予言者に会う機会があれば、この男から解放される術が見つかるかもしれないと淡い希望も持っていた。


 夜衣は夜幻秘密結社のナンバー5。もしも最高実力者に会う事が出来れば可能性も高くなる。

 ロベオの頭から予言者と占い師は敵同士だという事実がすっかり抜け落ちていた。あえて考えないようにしていたかもしれない。


「破切果、お前は俺のガードだ。いざという時のな」


「はい!」


 ようやく護衛らしい仕事を与えられた破切果は意気込んだ。先程はあっさり終わってしまったので、今度こそ役に立って見せると気合が入っている。


「説明は以上だ。配置につけ」


「ちょ、ちょっと待って下さい」


 ロベオの声で運転室を出ようとしていた三人の動きが止まる。

 汽車の速度を上げようと運転席についた夜衣は、面倒臭そうな顔で振り返った。


「何だ。文句でもあるのか露出狂」


「誰が露出狂デスか!あれは占いから導き出された戦術でワタシの趣味ではありません」


 破切果と離津留がそうだったのか、と驚いた表情をしている。相棒のライーザまでもが完全にロベオの趣味だと思っていた。いくら占いの結果とはいえ普通はあそこまで体を張ったりしない。

 彼女は心の中で彼に詫びていた。


「ワタシの役目が無いじゃありませんか。無視するなんて酷いデスよ」


 相棒や他の二人の心情も知らず、ロベオは夜衣に向かって抗議の声を上げていた。


「ああ悪い。うっかりしてた」


 夜衣の言葉が白々しいのは破切果でも分かった。悪いと思っている者の顔と態度にはとてもじゃないが見えない。


「お前は何もするな。ここでじっとしていろ」


 だから次の彼の言葉も半ば予想済みのものだった。女性陣二人も当然の様に受け止めている。驚いたのは言われた本人だけだった。


「そんな、どうしてデスか」


「弾除けはお前より離津留が適任だ。同じ手は通用しないと考えた方がいい。逆にそこの女の花は牽制になる」


 彼にしては親切に説明してやったつもりでも、ロベオは納得していない様子だ。


「女性二人だけなんて危険デス。それに黙って女性に守られるなんて男としてどうかと」


 ロベオはライーザが心配だった。もしかしたら夜衣に捨て駒のように使われるのではないかと危惧しての発言だ。

 つい先刻まで敵同士だったのだから見捨てられてもおかしくない。実際に夜衣も彼らが危険な目に遭っても助けてやる必要は無いと思っている。ロベオの読みは大方間違っていない。


 せめて自分が側に居れば、危険を察知して知らせる事が出来る、と思っての発言だったのだが彼はすぐに自分が口にした言葉を後悔した。


「ほう、つまりてめぇは俺が腰抜けで臆病者だと言いたいのか」


 夜衣からすればロベオが言った事は悪口でしかない。喧嘩を売っていると思われてもしょうがないだろう。

 今更気付いてももう遅い。近頃沸点が低くなっている夜衣の怒りはすぐにも爆発しそうだ。


「とりあえずこっちに来い」


 握りこぶしを作りながら夜衣はロベオを手招きした。殴る気満々だ。

 助けを求めようと視線を動かしても離津留は自業自得だと肩をすくめ、破切果もさすがに今の発言をフォローするのは難しいと困った笑みを浮かべている。


「え、遠慮します。殴るつもりでしょう」


「殴らねぇよ。どつくだけだ」


「同じじゃないデスか!」



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