エンジョイ、ゴルフ
無音の世界で、砂煙を巻き上げつつ彼女、森 日喜子のセカンドショットが打ち出される。
バンカーからパターで乱雑に打ち出されたそれは、軽い重力のせいで土手を大きく跳ね上がり……グリーンの向こう側に飛んで行ってしまった。
「次……どうぞ」
そんなミスショットを気にするでもなくスマホの操作に戻る彼女を見て、私、孟子 蘭は深いため息をつく。この分じゃ勝負自体は楽勝だろうけど、やる気のない人と一緒にラウンドするのは本当につまらない。
ちなみに私の二打目は、グリーンすぐそばのフェアウェイに付けている。これなら寄せとパットひとつづつの4で上がれそうだけど……このまま勝つのって、なんかやっぱり違う気がするのは、多分私がゴルフコースの従業員だからなんだろうなぁ。
せっかく月面のコースなんて体験できてるんだから、もっと楽しみたい。だから、彼女にももっと楽しんで貰いたい。
さて、どうするかな?
「ねぇイーカラハ、例えば私がここで負けたらどうなるの?」
『そなたの勝負に1敗が記される。九神将との9戦勝負であるから、5敗すると敗北となる!』
そう、それならここは……もういいかな。幸いあの他の八人もこの勝負に注目してるみたいだし。
「じゃ、7番ウッドちょーだい」
『我はキャディではない! ゴルフの妖精イーカラハである、のだが……いいから早ようせい』
「ハイハイ。じゃちょっと素振りしてからねー」
なんかイーカラハがちょっとムスッとしてるけど、気にせずに私はクラブを握ってブン、ブンと素振りを始める。
ちら、と九神将の方を見やると、案の定と言うか全員が身を乗り出してこっちを見てる。そのうち一人が日喜子ちゃんに声をかけて、彼女も私の方に注目しだした。
当然よね。だって、ピンまであと20Yも無いのに長距離クラブのFWを手にして、逆方向に向けて素振りしてるんだから♪
「んじゃ日喜子ちゃーん、私の三打目行くね! 地球に向かってぇ~」
そう、私がアドレスを取ったスタート地点方向には、青く美しい地球がデカデカと浮いているのだ。
今、まさにそっちに向かって、大きくクラブを振りかぶり……
「ヨイ・ヨイ・ヤァーッ!!」
すっかあぁぁぁーん、と小気味よい音を立てて、私が打ち上げた打球が漆黒の宇宙の向こう、青い地球に向けて見事な弧を描いて飛翔する。
『ウム! 美しい物であるな』
「えへへー、やってみたかったんだ、コレ」
隣で腕組みして感心するイーカラハに、てへっと舌を出して笑う。
ゴルフの醍醐味の一つ。打ち出したショットが天に舞い上がり、そこから地面に向けて落下するその様は、他のスポーツには無い華麗さがある。
まして今回の私のショットの背景は息を飲む美しさの地球なのだ、これで絵にならないはずがない。
〝おお〟
〝なんと、美しい〟
〝華麗だ〟
「……きれい」
他の九神将に交じって日喜子ちゃんがそう呟いたのを、私の耳はしっかりと捉えていた。というかそれが聞きたくてわざわざ逆方向に打ち出したんだからね。
「ねぇ、日喜子ちゃんもやってみない? 地球に向かってナイスショット!」
「え……私が? 無理だよそんなの」
目を伏せつつ手をぶんぶん振る彼女に、私は7番アイアンを持って近づいていく。
「だーいじょうぶ! 日喜子ちゃんには月の軽い重力しか掛かって無いんだし、きっと私より華麗に飛ぶよ」
うー、と体を縮めて体育座りする彼女に、私はさらなる後押しをする。
「月に来られるだけでも人類まれなのに、そこでゴルフ出来るなんて誰にも経験できないわよ。しかもあのタ〇ガーすら上回る飛距離を出すチャンス!」
「私に……出来ますか?」
ようやく顔を上げた彼女に、私は親指をグッ! と立てて笑顔でウィンクする。
とりあえずラフにある彼女の球をパターでフェアウェイに出してもらい、私のアイアンを手渡して球に向かわせる。
「えっと、どーすればいいですか?」
「カンタンカンタン。まずクラブの打つ面を球のすぐそばに構えて~」
こうですか? とアドレスの体勢に入る日喜子ちゃん。うん、うまいうまい。
「で、振りかぶってから、勢いを付けて打つ面を同じ所に戻すの。そうすりゃ後は勢いでぱっかーん! てなもんよ」
ゴルフのイロハでもあるテクニック、アドレス。ボールを打ち出す瞬間をイメージしてそこにクラブを置き、振りかぶった後で正確に元に戻せば当然のように確実にボールを捕らえる事が出来るんだ。
「クラブを振りかぶる時、平たい打つ面の先っぽと根本が描く二本の線を意識して、それをレールだと思って、またそこにクラブを走らせればいいだけ」
「なるほど……空中に道を作るイメージですか」
そそ、と笑顔の私に応えて、一度下がって何度かスッスッと素振りを繰り返した後、再度フェースを球にセットする彼女。
「じゃあ……行きます!」
「やったれー!」
ゆっくりとテイクバックされたクラブが、まるで振り子のように戻って来る。引き上げる時に描いた軌道をほぼ正確にトレースして戻って来て、そして……
月面に、かすかな砂ぼこりの爆発と、そこからまるでロケットのように打ち出される、ひとつのボールがあった。
「ナイスショットーっ!」
「……あは♪」
打ち出された球は、漆黒の空に浮かぶ青い地球の端っこを上に抜け、そしてゆっくりと、ゆっくりと……遥か向こうへと落ちて行った。
その後、私と日喜子ちゃんはキャピキャピはしゃぎながら、コースを向こうへこっちへと球を往復させ続けた。
イーカラハはスロープレイが気に入らないのか、相変わらずのしかめっ面で『わしがゴルフの妖精イーカラハである、いいから早ようせい』を繰り返している。でもまぁ日喜子ちゃんはこのホールだけの出番なんだから固い事言わないの、とスルーして、彼女と一緒に月面ゴルフを満喫したのだった。
……なんかイーカラハは途中から落ち込んでいて、他の九神将に慰められているみたいだけど、どしたのかな?
都合50打以上は打っただろうか、ようやく私の、そして彼女の球がカップに入って行った。
「うーん、やっぱ私の時みたいにカップインしたときのカコロン、って音が欲しいよねー」
「でも、楽しかったです、あの……ありがとうございました!」
すっかり汗だくになったいい笑顔でそう答える日喜子ちゃん。うん、これでこそゴルフよねぇ、よきかなよきかな。
その時だった。日喜子ちゃんの体が、月面にはっきり映っていたはずの影が、スゥッ、と透け始めたのは――
「え、え? えええっ!?」
彼女の姿が消えていく、笑顔のまま。
まるで真空に溶けていくかのように――
「また、やりたい、です」
その言葉を発した瞬間、彼女の姿は世界に溶け、そして消えた。
彼女と遊んだ、このホールと一緒に。
『一番ホール、第一の刺客、これにて撃破成り!』
イーカラハの宣言が響く。ただの月面に戻った世界に、悲しく、そして力強く。
◇ ◇ ◇
(……う、ん、あ、あれ、寝ちゃってたのかなぁ)
私、森 日喜子は、部屋の中でいつの間にかうたた寝してたみたいだ。なんかすっごくいい夢を見ていたような気がする。
あ、とタブレットの画面を見て思い出す。絶賛引きこもり中の私がつい昨日DLしたゲーム〝デンジャラス・ゴルフ〟のプレイ画面が、私に夢の内容を思い出させた。
「ぷっ……あの孟子 蘭選手と、月でゴルフって、ありえないッスけど」
そう、このゲームはあの伝説の女子プロゴルファー、孟子 蘭選手がライバルキャラとして登場するのだ。数々のビッグタイトルを総ナメにした彼女はまたツッコミの名人としても有名で、コースの内と外で話題を振りまいた人気選手でもあったのだ。
しばし考え込んだ後、私はタブレットの電源を落とし、タンスから体操服を引っ張り出して、久しぶりにパジャマを脱いで服を着替える。
そして、何日ぶりかに、部屋から、出た――
「ねぇお父さん、昔ゴルフやってたよね」
私が自発的に部屋から出た事に目を丸くしている家族に、私は言葉を続ける。
――ちょっと、やってみたいんだけど、クラブ貸してくれないかな?




