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二十四話

 帰宅したのは、二十二時を少し過ぎた頃だった。


「ただいまー」


 玄関を開ける。


「おかえり、美咲」


 母がリビングから顔を出した。


「どうだった?」


「今日来るって言ってた佐々木君」


「……うん」


 靴を脱ぎながら頷く。


「すごい人だった」


「ちゃんと心込めて接客した?」


「お母さん」


 美咲が苦笑する。


「普通に仕事したよ」


「ならいいけど」


 一拍。


「……でも、なんか想像と違った顔してるわね」


「え?」


「もっと、“地味で大人しそうな人でした”みたいな反応すると思ってた」


「……」


 美咲が少し黙る。


「そんな感じじゃなかった?」


「……まあ」


 思い出す。


 ネイビーのジャケット。


 整った髪。


 真っ直ぐな姿勢。


 そして。


 困ったように笑う顔。


「……全然違った」


「へぇ?」


 母が少し面白そうに笑う。


 そこへ。


「おーい、美咲」


 父もリビングから顔を出した。


「佐々木君、来たんだろ?」


「どうだった?」


「あー……」


 今日の店内を思い出す。


 視線。


 ざわめき。


『神崎さん!何あのイケメンズ!?』


『普通に芸能人レベルだったんだけど!』


『どうやって知り合ったの!?』


 雄一達が帰ったあと。


 同僚達に完全に囲まれた。


 質問攻めだった。


 だが。


『はいはい解散ー』


 理沙が割って入ってきた。


『美咲、顔真っ赤だから』


『これ以上やると倒れるよこの子』


『あと続きは今度!』


 そう言って、全部捌いてくれた。


「……理沙、絶対楽しんでた」


 小さく呟く。


「ん?」


「なんでもない」


 苦笑する。


 そのとき。


 スマホが震えた。


 画面を見る。


 雄一からだった。


 美咲の心臓が少し跳ねる。



【今日はありがとうございました】


【服、すごく気に入りました】


【あと、店をあんな感じにしてしまってすみません】


【美咲さんにも、かなり気を遣わせてしまった気がして】



「……ふふっ」


 思わず笑ってしまう。


 あれだけの事になったのに。


 本気で謝っている。


 本当に、この人は変わっている。


 美咲はすぐに返信を打った。



【気にしないでください】


【私も楽しかったです】


【すごく似合ってましたよ】



 送信。


「……?」


 父が不思議そうに見る。


「なんか今日、機嫌いいな」


「別に」


「怪しいわねぇ」


 母がニヤニヤしている。


「で?」


 父がソファに座りながら聞く。


「佐々木君、どんな感じだった?」


「えーっと……」


 美咲が少し考える。


 優しくて。


 落ち着いていて。


 変に偉そうじゃなくて。


 でも。


 実は、とんでもない人で――。


「……」


 危うく口に出しかける。


 “佐々木ホールディングスの御曹司”。


 だが。


 脳裏に、雄一の言葉が浮かんだ。


『実家の事は、あまり広めないでほしいです』


 困ったように笑っていた。


 その瞬間。


「あ、そういえば」


 美咲は慌てて言葉を繋ぐ。


「佐々木ホールディングスってあるじゃん?」


 一瞬。


 父の動きが止まった。


「……なんで急にその名前が出てくる?」


「いや、ウチの会社って傘下でしょ?」


「どんな会社なのかなって」


 なんとか自然に誤魔化す。


 だが。


 父の表情が少し変わった。


「美咲」


「う、うん?」


「お前、佐々木ホールディングスを“普通の大企業”だと思ってるだろ」


「……違うの?」


 父が苦笑する。


「全然違う」


 一拍。


「日本を動かしてる側だ」


「……え?」


 想像より重い言葉だった。


「うちの会社も、一応傘下だしな」


「……え?」


 今度は別の意味で固まる。


「お父さんの会社も?」


「規模が違いすぎて実感ないけどな」


 父が苦笑する。


「でも、グループとしてはそうだ」


 父が続ける。


「表にはあまり出ない」


「でも、金融、不動産、物流、IT、海外投資、エネルギー……」


「色んな業界に深く入ってる」


「しかも古い」


「戦後からずっと、日本の経済と一緒に成長してきた化け物みたいな会社だ」


「……」


 美咲が言葉を失う。


「お前でも知ってる会社、結構グループにいるぞ」


「え……」


「しかも、ただの金持ちじゃない」


 父の声が少し低くなる。


「政治家、大企業、銀行、海外企業」


「みんな、あそこを無視できない」


「そんなレベルだ」


 美咲の背筋が、少しだけ寒くなる。


 昼間。


 社長が飛んできて、頭を下げた理由。


 全部、繋がった。


「……そんなに?」


「そんなにだ」


 父が即答する。


「正直、俺ですら、本社の人間なんて滅多に見ない」


「それくらい上の存在だよ」


「……」


 美咲は黙り込む。


 でも。


 頭の中に浮かぶのは、昼間の雄一だった。


『……正直、ちょっと混乱してます』


 困ったように笑っていた。


 あの人は。


 そんな世界の人間には見えなかった。


 むしろ。


 普通で。


 優しくて。


 少し不器用で。


 だから余計に。


 胸が落ち着かなかった。


 ——自分が思っていたより。


 ずっと遠い人なのかもしれない。

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