表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/25

二話

「……やっと会えた」


 その一言で、頭が真っ白になった。


 俺――佐々木雄一は、彼女の前に立ったまま動けなくなる。


 やっと会えた?


 いや、意味が分からない。


 今日が初対面のはずだ。


「えっと……」


 言葉が出てこない。


 こういうとき、何て言えばいいんだ。


 仕事ならすぐに答えが出るのに。


「座りましょうか」


 彼女が自然に言う。


「あ、はい……」


 言われるままに席に着く。


 距離が近い。


 テーブルは広くない。


 でも――


 それ以上に、彼女の方が少し前に座っている。


 普通より、近い。


 逃げ場がない。


「緊張してます?」


「え、あ……はい」


 正直に答えてしまう。


 嘘をつく余裕もない。


「ですよね」


 くすっと笑う。


 柔らかい表情。


 さっき感じた“別世界の人間”という印象と、どこかズレている。


「安心してください。私も少し緊張してるので」


「……え?」


 思わず顔を上げる。


 今、なんて?


 この人が、緊張?


 そんなはずがない。


 どう見ても、場慣れしている。


「そんな顔しますよね」


 楽しそうに言う。


 完全に、こちらの反応を読まれている。


「……あの」


「はい?」


「本当に、俺でよかったんですか?」


 聞くつもりはなかった。


 でも、口から出ていた。


 場違いなのは分かっている。


 間違っているのは、自分の方だ。


「よかった、というか」


 彼女は少しだけ考えてから――


「むしろ、佐々木さんが良かったです」


 はっきりと言った。


 迷いがない。


 冗談でも、お世辞でもない。


 その言い方だった。


「……」


 言葉が出ない。


 理解が追いつかない。


「連絡、楽しかったですし」


「え、あ……そう、ですか」


 確かに、やり取りは普通だった。


 でも――


 特別なことは、何もしていない。


「変に飾らないですよね」


「……そうですか?」


「はい。あと、ちゃんと人の話を聞く」


 それは、仕事で言われることだ。


 でも――


 こういう場で言われるとは思っていなかった。


「……普通、だと思いますけど」


 そう返す。


 自分のことを評価するのは、苦手だ。


「普通じゃないですよ」


 即答だった。


 間髪入れずに、言い切る。


「むしろ、全然いないです」


「……そう、ですか」


 どう反応すればいいのか分からない。


 褒められているはずなのに、実感がない。


「なんでそんなに自信ないんですか?」


「……いや、その」


 言葉に詰まる。


 理由なんて、いくらでもある。


 見た目。


 会話。


 これまでの経験。


 でも、それを全部説明するのも違う気がした。


「まあ、分かりますけどね」


 彼女が、小さく笑う。


「周りって、そういうところ見ないですし」


「……」


 ドキッとした。


 今の一言。


 どこか、核心を突かれた気がした。


「でも」


 彼女は少しだけ前に身を乗り出す。


 さっきより、さらに近い。


「私は見てますよ」


「……え?」


「ちゃんと」


 目が合う。


 逸らせない。


 逃げられない。


 その視線には、迷いがなかった。


「佐々木さんの、そういうところ」


 静かな声。


 でも、はっきりと届く。


 ――おかしい。


 どう考えても。


 こんなふうに言われる理由がない。


「……あの」


「はい?」


「なんで、そこまで……」


 言いかけて、止まる。


 踏み込んでいいのか分からない。


 でも――


 知りたい。


「気になります?」


 彼女が、少しだけ楽しそうに言う。


「……はい」


 正直に答える。


 ここまで来て、ごまかすのも違う。


「そうですね」


 少し考えるように視線を外してから――


「じゃあ、それはもう少し仲良くなってからで」


「……え?」


「いきなり全部言っちゃうと、つまらないじゃないですか」


 くすっと笑う。


 余裕がある。


 完全に、ペースを握られている。


「……そういうものですか」


「そういうものです」


 即答だった。


 迷いがない。


 そして――


「でも、一つだけ言えるのは」


 また、こちらを見る。


 まっすぐに。


「佐々木さんは、思ってるよりずっと魅力的ですよ」


 その言葉に。


 心臓が、大きく鳴った。


 仕事では評価されてきた。


 必要とされたこともある。


 でも――


 こんなふうに言われたことは、一度もない。


 存在そのものを、肯定されたような。


 そんな感覚。


「……分からないです」


 思わず、そう言っていた。


 正直な気持ちだった。


「ですよね」


 彼女は優しく頷く。


「だから、これから知っていきましょう」


「……何を、ですか?」


 聞き返す。


 少しだけ、怖くなっていた。


「全部です」


 迷いのない声。


「佐々木さんのことも、私のことも」


 その言葉に。


 なぜか、逃げたいとは思わなかった。



 ただ一つ、確かなことがある。


 この人は――


 普通じゃない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ