二話
「……やっと会えた」
その一言で、頭が真っ白になった。
俺――佐々木雄一は、彼女の前に立ったまま動けなくなる。
やっと会えた?
いや、意味が分からない。
今日が初対面のはずだ。
「えっと……」
言葉が出てこない。
こういうとき、何て言えばいいんだ。
仕事ならすぐに答えが出るのに。
「座りましょうか」
彼女が自然に言う。
「あ、はい……」
言われるままに席に着く。
距離が近い。
テーブルは広くない。
でも――
それ以上に、彼女の方が少し前に座っている。
普通より、近い。
逃げ場がない。
「緊張してます?」
「え、あ……はい」
正直に答えてしまう。
嘘をつく余裕もない。
「ですよね」
くすっと笑う。
柔らかい表情。
さっき感じた“別世界の人間”という印象と、どこかズレている。
「安心してください。私も少し緊張してるので」
「……え?」
思わず顔を上げる。
今、なんて?
この人が、緊張?
そんなはずがない。
どう見ても、場慣れしている。
「そんな顔しますよね」
楽しそうに言う。
完全に、こちらの反応を読まれている。
「……あの」
「はい?」
「本当に、俺でよかったんですか?」
聞くつもりはなかった。
でも、口から出ていた。
場違いなのは分かっている。
間違っているのは、自分の方だ。
「よかった、というか」
彼女は少しだけ考えてから――
「むしろ、佐々木さんが良かったです」
はっきりと言った。
迷いがない。
冗談でも、お世辞でもない。
その言い方だった。
「……」
言葉が出ない。
理解が追いつかない。
「連絡、楽しかったですし」
「え、あ……そう、ですか」
確かに、やり取りは普通だった。
でも――
特別なことは、何もしていない。
「変に飾らないですよね」
「……そうですか?」
「はい。あと、ちゃんと人の話を聞く」
それは、仕事で言われることだ。
でも――
こういう場で言われるとは思っていなかった。
「……普通、だと思いますけど」
そう返す。
自分のことを評価するのは、苦手だ。
「普通じゃないですよ」
即答だった。
間髪入れずに、言い切る。
「むしろ、全然いないです」
「……そう、ですか」
どう反応すればいいのか分からない。
褒められているはずなのに、実感がない。
「なんでそんなに自信ないんですか?」
「……いや、その」
言葉に詰まる。
理由なんて、いくらでもある。
見た目。
会話。
これまでの経験。
でも、それを全部説明するのも違う気がした。
「まあ、分かりますけどね」
彼女が、小さく笑う。
「周りって、そういうところ見ないですし」
「……」
ドキッとした。
今の一言。
どこか、核心を突かれた気がした。
「でも」
彼女は少しだけ前に身を乗り出す。
さっきより、さらに近い。
「私は見てますよ」
「……え?」
「ちゃんと」
目が合う。
逸らせない。
逃げられない。
その視線には、迷いがなかった。
「佐々木さんの、そういうところ」
静かな声。
でも、はっきりと届く。
――おかしい。
どう考えても。
こんなふうに言われる理由がない。
「……あの」
「はい?」
「なんで、そこまで……」
言いかけて、止まる。
踏み込んでいいのか分からない。
でも――
知りたい。
「気になります?」
彼女が、少しだけ楽しそうに言う。
「……はい」
正直に答える。
ここまで来て、ごまかすのも違う。
「そうですね」
少し考えるように視線を外してから――
「じゃあ、それはもう少し仲良くなってからで」
「……え?」
「いきなり全部言っちゃうと、つまらないじゃないですか」
くすっと笑う。
余裕がある。
完全に、ペースを握られている。
「……そういうものですか」
「そういうものです」
即答だった。
迷いがない。
そして――
「でも、一つだけ言えるのは」
また、こちらを見る。
まっすぐに。
「佐々木さんは、思ってるよりずっと魅力的ですよ」
その言葉に。
心臓が、大きく鳴った。
仕事では評価されてきた。
必要とされたこともある。
でも――
こんなふうに言われたことは、一度もない。
存在そのものを、肯定されたような。
そんな感覚。
「……分からないです」
思わず、そう言っていた。
正直な気持ちだった。
「ですよね」
彼女は優しく頷く。
「だから、これから知っていきましょう」
「……何を、ですか?」
聞き返す。
少しだけ、怖くなっていた。
「全部です」
迷いのない声。
「佐々木さんのことも、私のことも」
その言葉に。
なぜか、逃げたいとは思わなかった。
⸻
ただ一つ、確かなことがある。
この人は――
普通じゃない。




