エピローグ「解約不可の終身契約」
あの日から、一年。
風にそよぐ緑が目にまぶしい、初夏の日。
『花月庵』の趣ある中庭で、私たちの本当の結婚式が、執り行われていた。
白無垢に身を包んだ私の隣で、紋付袴姿の蓮くんが、少し照れくさそうに微笑んでいる。
彼が立て直してくれた『花月庵』は、若い世代にも人気の新しい和スイーツが評判を呼び、今では連日大盛況だ。私も会社での仕事を続けながら、週末は店の手伝いをしている。
親族や親しい友人たちからの温かい祝福を受け、私たちは三三九度の杯を交わした。
「綺麗だよ、美桜」
耳元で囁かれた彼の声に、胸がいっぱいになる。
式の最後、蓮くんからのサプライズが待っていた。
中庭に用意されたのは、一台のグランドピアノ。彼が静かに鍵盤に指を置くと、あの夜、私が初めて聴いた、切なくて優しいメロディーが流れ出した。
あの時よりも、ずっと温かく、希望に満ちた音色。
彼の想いが、音に乗ってまっすぐに伝わってくる。私は溢れる涙を止めることができなかった。
演奏を終えた彼が、マイクを手に取った。
「この曲は、僕が初めて誰かを本気で愛しいと思った時に作った曲です。今日、この場で、僕の生涯のパートナーになってくれた美桜に、改めてこの曲を贈ります」
会場が、大きな拍手に包まれる。
彼は私の元へ歩み寄ると、涙で濡れた私の頬を、優しい指先で拭ってくれた。
「最初は、一年の契約だったけど」
彼が、悪戯っぽく笑う。
「これからは、永遠の契約かな」
私も、涙で濡れた笑顔で答えた。
「そうね。解約不可の、終身契約」
私たちは見つめ合い、幸せを噛みしめるように笑い合った。
かつて社内で『氷の王子』と呼ばれていた彼は、もういない。私の前では、誰よりも優しく笑い、時には拗ねたり、嫉妬したりもする、ごく普通の愛情深い男性だ。
氷のように冷たい、偽りの契約から始まった私たちの恋。
遠回りもしたし、すれ違いもした。でも、その全てがあったからこそ、私たちは今、ここにいる。
これから先、どんなことがあっても、この人の手を取って一緒に歩いていきたい。
心と心で結ばれた、永遠の契約。
その温もりを胸に、私は彼の手を強く握りしめた。
空はどこまでも青く澄み渡り、私たちの未来を祝福してくれているようだった。




