プロローグ
「どうか……どうか、これだけは忘れないでほしい」
背中に深い傷を負ったラファエルは、ヴェンデルガルトの手を握り彼女を真っ直ぐに見て力強くそう言った。
黒い魔獣たちが『こちら』に姿を現そうと、先を争うように何匹も蠢いている。時折唸るような魔獣の声が、辺りに響く。
「ラファエル様、傷が……!」
彼の傷を案じるヴェンデルガルトの声に、大きく首を振った。
「コンスタンティンは、本当に君を愛していた。千年もの孤独を生きながら、君が生まれてくるのを願っていた。君だけを愛していた――君だけが、彼の生きる希望だったんだよ。だから、彼のために君をここで失うわけにはいかない」
懐かしい龍の赤い瞳で、ラファエルは真っ直ぐにヴェンデルガルトを見つめた。コンスタンティンの名を聞いたヴェンデルガルトは、心配する言葉を飲み込んでしまった。
「本当に、すまない――私を恨んでくれても、構わない。でも……私も君に、生きてほしい。ありがとう、ヴェンデルガルト」
切なげに赤い瞳を細めたラファエルは、ヴェンデルガルトの体を押した。
彼女の背後に広がる崖へ向かって、強く。
バランスを失ったヴェンデルガルトの体が、宙に浮いた。
「ラファエル様!」
ヴェンデルガルトは、条件反射でラファエルに向かって腕を伸ばした。ラファエルは、思わずその腕を掴もうとした。だがすぐにその衝動を抑え、自虐的な笑みを浮かべる。
彼女の腕を掴んでしまえば、彼女を失ってしまうと分かっているからだ。
「さようなら、ヴェンデルガルト。私が愛した、ガヌレットの姫」
ヴェンデルガルトの体は、崖に飲まれるようにラファエルの視界から消えていった。悲鳴を上げず、ただラファエルのことを心配するかのような大きな金色の瞳だけがいつまでも胸に残った。
「彼女が生きる世界を守るために……」
ラファエルは腰の剣を抜くと、背後を振り返った。もう最初の一体が、霧の中に広がる穴から半分ほど姿を現している。
「この身が朽ちようとも、お前たちをここから先通さぬ!」
ラファエルは、魔獣に向かい走り出した。




