8. その鳥の名は ー桔梗と薫ー
最終回、桔梗視点です。
発熱した清涼を、私が夏みかんと橘の花で見舞った翌日の午後。
執務室に薫が姿を見せた。
こんこん、と軽やかに扉を叩く音がして、私は書類を読んでいた手を止め、
「どうぞ」と返事をする。
そこには、淡い橙色の着物を着た薫が立っていた。神官・玲の恋人で、日本という別世界からこの風雅の国に来た『助け手』だ。
薫は行方不明になっていた姫将軍・翡翠の代わりとして姫教育を受け、かなりの努力を続け、結果的に長年続いていた西軍と東軍の戦は、和平という形で終わりを迎えた。
まるで鳥のように颯爽とあらわれて一心不乱にがんばり、その前向きな性格と関わる物事への尽力、そして運の力で、我々だけでは解決しなかったことを終焉に導いたように、私には見えていた。
「……薫。どうしました?」
やわらかく問うと、静かに歩み寄ってきた薫は、恥ずかしそうに目を伏せ、言った。
「三日くらい前の白龍亭でのことで来ました。
……あのときは、すみません」
突然の薫の謝罪に、私は不思議に思って首をかしげる。
薫の率直さで、私が心の奥でずっと清涼に抱いていた気持ちが、愛と言えるものだったと言葉にできた。謝ることは何もないのだが。
「…………」
私が沈黙していると、それを肯定とみなしたのか、焦ったように薫が言葉を続ける。
「あのあと、玲に叱られてしまって。それで」
なるほど、と思って私は少し微笑み、そして言った。
「私は助かりましたよ?」
薫は、言葉を失ったように私を見る。
お茶でも淹れるか、と私は立ち上がった。午後三時半、ちょうどいい時間だ。
「お茶の時間にしようと思っていたので、薫も一緒に飲んで行ってくれますか?」
問うと、薫は「はい」と答え、ほっとしたように笑った。
湯飲みを茶托に載せて薫に渡すと、薫は目を閉じて、堪能するようにその香りを吸い込んだ。
「桔梗さんのお茶はとてもおいしいと玲が言っていたんですが、本当に良い香りですね」
薫の言葉に私は少し微笑む。
「清涼も好んでいるようで、よく飲みに来るんですよ」
あえてそう言うことで安心するだろうかと清涼の名を出すと、案の定、薫はほっと息をついた。
「薫のおかげでかえって親睦が深まったくらいで、何も心配いりません。
玲はおそらく、薫のことが心配なのでしょう。鳥みたいに知らない世界に飛んできて、また飛んで行ってはいけないと思っているかもしれません」
憶測ではあったが。
ここ数ヶ月、玲に体調不良の時期があり、彼が薫の存在に文字通り助けられていることは、感覚の鈍い私でさえ、十分に見て取れることだった。
「鳥、ですか?」
聞き返す薫に、私は頷いた。
「薫は鳥のようだなと、常々思っていますよ」
そう言うと、彼女はくすくすと笑って。
「いつも泳ぎながら、水の下では必死にバタバタしているからでしょうか?」
と聞いてくる。
自分ではそういった評価なのか。自分に厳しいのか、自己評価が低いのか?
面白いなと思いながら、私は言った。
「裏の湖が私は好きで、よく眺めるんですが……そこに飛んでくる白い鳥がいて。
そういった、自由で、綺麗で、どこにでも行ける印象がありますよ。
でも、他の人から見る自分と、自分が思う自分の間には違うこともありますよね。それもよくわかります」
私が微笑むと、薫は私の言葉を咀嚼するように頷きながら、言った。
「私から見れば、桔梗さんは大人で、いつも落ち着いていて……それこそ、綺麗な鳥みたいにすっとしてる感じが、あります」
それは相当良い雰囲気だな、と思って私は微笑む。
「そう言われると自信が出ますね。
剣技の時は、私は微笑みながら人を倒すようで、翡翠宮の妖魔という異名もいただいていますし……清涼は、橘の花に似ていると言っていました。人によっても、印象は変わるのかもしれませんね」
私は自分用に淹れたお茶を一口飲んで、そう言った。
今日も満足のいく味わいだ。
単に自分がおいしくないお茶を飲みたくないから、丁寧に淹れるのかもしれないな、と頭の隅で考えている。
……と、薫が言った。
「また、お茶を飲みに来てもいいですか?」
私は頷いた。
「勿論、いいですよ。薫は率直で明快ですから、私も良い刺激になります」
その言葉に薫はうれしそうに微笑み、私たちはしばらく、お茶の時間を楽しんだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
3月16日から、身代わり姫と複雑王子 ー風雅の国ー 第二部 "呪われ姫と風狼の王" を連載します。
闇を宿してしまった助け手・薫と、その結果、禁忌を破ることになる神官・玲。
光と闇が交わるとき、新たな物語が始まります。
お楽しみいただければ幸いです♪




