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第10話 ユリウスの告白

ユリウスは、ページの最後まで目を通すと、ふーっと息を吐いた。

「よく書けているじゃないか……まったく、俺の人生、セランばっかりだな」


そう呟きながら、ソファで眠るクラリスに目を向ける。どうやら書いている途中に寝てしまったらしい。腕を枕にして眠るその姿に、ユリウスは手を伸ばした。彼女の髪をそっと撫で、額に静かに口づけを落とす。そのまま、抱きかかえてベッドへ運び、毛布を丁寧にかける。


「お前は、本当によく見ているな…セランのことも、俺のことも」

おもむろにペンを取り、次のページを開くと、

「さて、俺の視点でも書いてやるか。クラリス、お前のこともな」


彼女が目を覚ます頃には、完成しているであろう。少し皮肉で、少し照れくさくて、でも確かに彼なりの愛が滲む文章が。




俺とクラリスの間には、いつだってセランがいた。それはもう当然のことだった。あいつを守る同志だからな。


最初はただのわがまま令嬢かと思っていた。口は達者だが、感情の起伏が激しくて、扱いづらい。でも、芯がある。気骨もある。見ていて、なかなか面白いと思った。


セランが医学を勉強していた頃、君は外国語の勉強に本気で取り組んでいたな。その姿を見ていたから、留学を勧めたんだよ。まあ、外務卿や王太子の通訳としての算段も入っていたがな。決してセランの邪魔になるからじゃないぞ。


それに、セランを一途に思いながらも、自分の道もしっかり進んでいく姿をみて――気づけば、俺は君が気になる存在になっていた。


留学はクラリスのために――そう言えば聞こえはいいが、俺自身が少し距離を置きたかったんだ。離れてみて、どう思うか。それを、自分で確かめたかった。


セランとリゼ嬢を結びつけたのは――正直、すまない。

でも、セランに合うのは彼女しかいないって、そう直感した。いや、今思えば…無意識にお前たちが並ぶ未来を、避けたかったのかもしれない。


セランの婚約発表での君は、完璧だった。リゼ嬢が令嬢たちを華麗に躱したあと、反感を抑えるために、自ら最高位のたしなめ役を演じ、嫉妬も嫌味も引き受ける。そのうえで、セランを軽く振り回し、最後には公開プロポーズまで持って行かせた。俺以上じゃないか?


最高すぎて抱きしめたいと思ったよ。これはもう、だめだ。完全に惚れてしまったと、心の中で認めた。


俺には、クラリスが一番きれいに見えたんだ。あの言葉は俺の正直な言葉だった。


その後、街で君がミュラー卿と一緒にいた時に会っただろ?彼は君が留学している時の護衛だったな。いつも通り挨拶をしたつもりだったが、落ち着かなかった。そのとき俺は嫌味なことばかり言った気がする。ミュラー卿に微笑みかける君の横顔が、胸に刺さった。お似合いだったよ。動くのが遅かった自分自身に苛立っていたんだ。


執務室で書類を前にため息ばかりついていた俺に、セランが言ってきたんだ。

「どうした。好きな女性でもできたか?」って。


全部わかっていたんだよな。俺は、やけくそ気味に言った。

「彼女は、ほかの男とデートしていた。婚約するんだろう」


そう言い切ることで、自分の気持ちに蓋をしようとしたんだ。でも、セランはすぐに返してきた。

「何もしないであきらめるのか?君は本当に“あのユリウス”か?」


俺がどうしたらいいかわからないと答えると、

「たまには表に出て、まっすぐぶつかってこいよ。ただし、ほんの少しの策略を混ぜるのがコツだ。それがユリウスだろう?」


セランに「策略を混ぜろ」と言われるとはな。でも、確かにそうだ。俺には俺のやり方がある。俺は、ようやく自分を取り戻した。


「あの話、進めるぞ」

そう俺がいうと、セランはにかっと笑った。

ようやく、挑む側に立つ覚悟ができた。あとは、進むだけだ。





午後の陽射しが差し込むヴァルシュタイン公爵家の応接室。俺は、深い藍色の正装に身を包み、静かに椅子に腰掛けていた。腕には、薄いピンク色のラナンキュラスの花束。幾重にも重なる花びらが、妙に落ち着かない気持ちを映すように揺れていたな。


クラリスはこの花が好きだろう?君が書いていた詩集によく出てきていた。だから、俺は勝負に使ったんだよ。


扉が開く音に、俺はすぐに立ち上がった。

君が現れたその瞬間、胸の奥がわずかに締めつけられる。君の前に歩み寄る足取りが少しぎこちないのが自分でもわかった。緊張して、口を開くまでに時間がかかった。


「クラリス嬢。今日は、君に届けたい言葉があって、ここへ参りました」

「この花束は、君のまっすぐな心と、飾らない美しさに、私がどれほど惹かれてきたかを形にしたものです」


俺は、これまで多くの人間を采配してきた。

貴族も、王子も、王さえも――動かしてきた。

だが、君には通じなかった。

君は、誰の意図にも染まらず、自分の意志で歩く人だ。だから今、俺はただ一人の男として、君の前に立っている。


「君が好きだ。君の未来に、私を含めてほしい」


花束を差し出したまま、言葉を続ける。声が少し低くなり、かすれているのが自分でもわかった。


「ミュラー卿と親しくしていることは、知っている。彼が誠実な人物であることも、君にとって大切な存在であることも、理解している」


「それでも私にも、勝負させてほしい。君の心に、私という選択肢を刻むために」


そして、ほんの少しだけ俺らしさを添える。


「近々、王太子殿下の側近に異動が決まった。外交の場に立つことも増える。俺の隣で、君の語学力を――君が努力して身につけた力を、ぜひ貸してほしい」


「君が必要なんだ。これは、俺からの提案でもあり、願いでもある」


俺は、采配ではなく、誠意を込めて差し出した。

この言葉が、君の心に届くことを願って。


差し出した花束を、君がじっと見つめている。

その視線の深さに、息が詰まりそうだった。

そして、君は一歩、俺に近づいた。

花束をそっと受け取り、俺を真っすぐ見てーー。


「…わたくしも、あなたが好きです」


その言葉が耳に届いた瞬間、思わず目を見開いた。


「…えっ、ミュラー卿は…?」


自分の動揺がそのまま言葉になっていた。

俺は間抜けな顔をしていたんだろうな。

俺の様子に、君はふっと笑った。その笑顔が、あまりにも柔らかくて、胸が締めつけられた。


「ミュラー卿に言われました。君の心にはユリウス殿がいるだろうと。自分に正直になりなさいと」


君は一呼吸して――


「あなたが、いつのまにかわたくしの中に入り込んでいたの。いつもわたくしのことを理解してくれていたあなたを、いつしか好きになっていたの。だから、ミュラー卿には婚約の話は断わっていたのよ」


「…そうだったのか。俺はまだまだ未熟だな」


人を采配するくせに、自分のこととなると情けない――

そんな自分が、少し悔しかった。

けれど、だからこそ、もう迷わないと決めた。

俺は、決意を込めて君に伝えた。


「クラリス。

俺は、君のまっすぐさに惹かれた。

誰にも染まらず、自分の意志で歩く君に、心を奪われた。

これから先、どんな未来が待っていようと――

俺は、生涯、君だけを見ている。

どうか、俺の妻になってほしい」


そういった俺に震えながら「はい」と返事をしてくれたな。

頬をつたって一筋の涙が静かに流れ落ちた。

きれいな涙だなって…

俺は、花束ごと君を抱きしめた。

この瞬間から、俺たちの新しい物語が始まった。


明日、君はこのページをどんな顔をして読むんだろうか…そんな楽しい想像をして俺は筆をおいた。


Fin.


これにて、お話は終わりです。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

今回で3作目になりますが、実は――

「ユリウスみたいな人がいたら、すごいな。おもしろいな」

そんな妄想から始まりました。

彼のような人物がいたらどう動くのか、どう動かすのか。

それを描きたくて、前の2作を出した形です。

当初の構想では、この3作で完結の予定でしたが……

レオやベス(レオ妻)、アシュレイがひょっこり顔を出してきまして。

彼らの物語も、書いてみたいと思っています。

そのときは、また読んでいただけたら嬉しいです。

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