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稲荷の小話  作者: 真敬
2/2

とある神使の気苦労

待ってたあの娘がやってきた

「ヘイ!お稲荷さん!!来たぜ!!」


パパラパーとでも効果音を鳴らしていそうな軽い言葉を放って、普通の“ママチャリ”が社の傍に止まる。

ふざけた挨拶の割に、鳥居の外で一礼して神域に入ってくる礼儀正しさの“ぎゃっぷ”は何だか笑える。


「は~、ごめんねー、昨日来られなくて!!先週も来らんなかったんだよね!一昨日、夜更かししたら起きらんなくて、さっき起きてさー!」


ちゃりんと賽銭箱に投げ入れられたのは10円玉。“重ね重ねご縁がありますように”の意味らしい。

社が小さい我が主の住居は賽銭箱が牢のように囲われた中にあり、呼び鈴もその中だ。お参りするには実は少し参りにくい。


賽銭を投げ、鈴を鳴らすと2礼2拍手、しばらく間が空く。この時、さらさらと風が動くのは主がこの娘の周りを回ったり顔を覗いたりなんだかんだしているからだ。おそらく娘も気がついてる。


す……と目を開けるとふふ、と笑う。

「今日はずいぶんいっぱい風が吹くな~」

最後にもう一礼して顔を上げる娘。当然、我らのことは見えてはいない。けれど何となく何かを感じてるようで時々感が鋭くなる。少しだけ、感のいいまぁ普通の娘だ。


「はーーーー、伏見稲荷全然行けてないから宇迦様怒ってないかなー!?来月行くつもりなんだ、ラムネソフト食べたいし…あ、でもどうなんだろ、今コロナがなぁ……」


参道の真ん中で悩みだした。

小さい頃からここで遊ぶことが多かったこの娘はこの場所が気に入っているらしい。大人になって今でもこうやって来られる日は週一回やってきて帰る。

中高では来なかったが気にはしていたようだ。七五三も晴れ姿を見せに来てくれた。主と相方と一緒に見たが、いい色の着物だった。泣きそうなハの字眉だけは今も昔もそのままだ。


今は社会人…えぇと何年目と言っていたか……転職に転職を重ねて今どん底らしい。おかしい、前職の時はわざわざ面接に私たちもついていってやったのに……何故か辞めてしまった。あの場所は合っていたと思うのだが……。

今は貯金を切り崩し生活してるらしい。1年前までは実家暮らしだったが今実家は遠く、先々代の面倒を見るのに先代は地元へ帰ってしまったらしい。


らしい、という話しかしていないが聞き話なので仕方ない。


「……ここっていい風吹くよね…夏は涼しくて冬は少し温かさを感じるの、不思議……。折れた鼻、少し不格好につけられちゃったね…」


右の私の鼻を撫でながら話す。

これは娘が本当に小さいときにこの社で近所の子供たちと遊んでいて、皆が我らの上に上った拍子に折ってしまったものだ。漆喰製なので直らないわけではないが今回の修繕者はセンスがなかった。


てくてくと鳥居の外へ向かう階段を下りる。この娘はいつも本当にお参りをして帰っていくだけだ。


「あ、そうだ、伏見の宇迦様に伝えることがあったら私に預けてね!!届けるから~!!」


「それはさっき祈っているときにも言っていただろう」


と、主が頬杖をつきながら呟くが当然、それは娘には聞こえない。スキップしながら参道を歩いて(砂が減るからスキップはやめなさい)神域の外に出る。再び一礼すると少しだけ鳥居を眺める時間が毎回ある。

本当にこんな小さな社を好いていてくれているのだ。正一位の位はあるので、得の高い主だが、ここにひっそりとするのはこの地域の住人を見守るためだ。


「さって帰ろう…、明日からまた仕事だもんなー……」


よっこいせ、とママチャリを跨ぐとペダルを漕ぎだそうとする。

合わせて主がスッと立ち上がって、ふらふら進みだした娘の背に声をかけた。

高くも低くもない、良く通る綺麗な不思議な声。


歌楽(からく)


動き出していたママチャリが止まる。

名を呼ばれた娘は驚いたように振り返った。


「……え?」


ザッ――と風が2人の髪を揺らす。

主は久々に楽しそうな嬉しそうな声で一言だけ。


「気の巡りが悪い。…あまり無理はせんことだ、体を壊すぞ。ゆっくり休養しろ」


そう言うと社の中へ姿を隠す。呆気に取られていたが我々神使も主を追って社へ姿を隠した。

しばらく呆然とこちらを見ていた娘――歌楽はハッとするとまたママチャリをこいで自宅へ帰っていった。


「主……何故突然声など……?」


「今までは静かに見守るだけでしたのに……」


「いや、面白くてな…今度ライブ一緒に行きましょうとか色んなことに誘ってくれるんだがまぁ色々あってあの娘、今ボロボロなんだよ。それについてはあんまり願ってかなくて本当に私たちに会いに来ただけ、みたいな雰囲気が割とすきでさ。だから、まぁまずは体大事にしろよってことで」


「夢枕でも良かったのでは…?」


「なんでもいいが、直接の方がインパクト残るだろう?だからいいかなって…」


あ、でもこれってコンプラ案件かな?とか急に心配し出す主もいつものこと……あぁ、もうほんと…伏見の宇迦様に怒られる未来が見えます……。


今日はあの子が来たから夕立もなくいい天気で終われそうだ…

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