表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/24

♯4:ウィンチェスター王国【迎撃戦】

※途中からアルバート視点あり

 ウィンチェスター王国に拉致されて約一ヶ月が経過していた。


 滞在に慣れてきたシビルはこの国で一番大きく、沢山の本が集まる『ライアン=ゴート=ウィンフィールド王国立図書館』に来ていた。


『サウライナウィンド地方所属、ウィンチェスター王国。面積およそ五百四十七平方キロメートルの土地と島を所有する。


 要塞城はディアマンテカステッロ。健在する施設は監獄城ネアカルチェレ。その他に司法館、裁判所、国立図書館、病院、警護署などが健在。島に住んでいるのは将軍国家軍事公務関係者、貴公子、将軍に選ばれた民間人のみ。殆どの資源民、開発民、民間人は海から離れた大陸に住む。総数人口五十九万五千六百九十二人。兵力およそ九万人。資源民およそ一万人。開発人およそ五万人。建築民およそ千万人。


 原石のダイヤ発掘が豊富で製造・加工・建築が盛ん。城の建造物の殆どが形成され、監獄城もネアカルチェレという特殊加工で色素を加え資源民が加工し、開発民が研究し手を加え、建築民が建造していく。ダイヤは最も硬いルース故に専門の職人技が必要。要塞城の周りは海で囲まれており、向かい側の陸地までは公的・私的などの大小様々な運行用クルーザーで行き来する』


「なるほど、この国の情勢と態勢はこんな感じなのか」

「ご機嫌よう、シビル殿。今日も朝から図書館で勉学とは精が出ますね」


 分厚い本を読み漁っているとレイノズル将軍が僕に声をかけてきた。


「あ、お早う御座います。レイノズル将軍」

「それはこの国に関する資料書と地図ですね。私の国を知ってもらおうと理解を深めてくれて嬉しいです」

「昔から気になることがあるとすぐに調べる癖があって。何かあると資料室や国にある図書館を利用して一日中過ごしていたこともあったぐらいに、許可を得てからこの一ヶ月間愛用させてもらっています」

「少しずつこの国に慣れてきたようで幸いです。今後も末永く――」

「レイノズル将軍、緊急、緊急速報で御座います!」


 一人の男が二人のところまで急ぎで駆けつけてきた。


「ここは図書館ですよ、緊急とはいえ少しは所作を弁えなさい」

「はっ、申し訳御座いません! 恐れながら至急玉座へおいでくださいますか?」

「……緊急なればここではいけませんね。シビル殿、読書中に申し訳ありませんが、私と共に玉座に参りましょう」

「え? 僕もですか?」

「恐らくこの件は、貴方にも関わることです」

「え、ええ??」


 有無を言わされず、レイノズル将軍に言われるがまま玉座へと強制連行される。



「諜報部員、緊急伝令を申し上げなさい」

「申し上げます! サザンクロス国のアルバート=ガリア=イージス将軍の調印書がこちらに届きました! 時期にこの国へ宣戦布告されるようです!」

「アルバート将軍……!」


 ひと月ぶりにアルバート将軍の名を聞いた。その間に諜報部員から受け取った調印書に目を通していた。


「……成る程。どうにかあの条件で受け入れ、こちら側へ引き入れることが可能になりましたね。では、我が有能な兵士たちは戦闘に備えて準備を。戦争に関係のない民間人たちは地下シェルターの避難施設へ移動するよう早めの手配をなさい」

「承知致しました!」


 諜報部員は急ぎ知らせる為に素早く行動を行う。


「シビル殿、お聞きなさいましたね。この国はサザンクロス国と戦争になります」

「ここへアルバート将軍を迎え撃つのですか? 態々?」

「各国共通している盟約の元、こちらの調印書で互いに合意を交わしました。近々会い見えることでしょう」

「……っ!?」


 将軍同士の間には『調印書』という互いに合意をして記載された盟約を厳守するルールみたいなものが存在する。内容に関しては部外者は全く知らない上に、機密厳守事項のために僕でも知ることは出来ないが存在していること自体は知っていた。


「シビル殿はこの戦争を見守る権利があります。当然、私の側についてもらいますよ。人質として」

「あ……」


 この王国が煌びやかで平和のあまり忘れかけていた。自分が人質の身分であることを。レイノズル将軍のいつもの穏やかで優しい表情はなく、真剣に厳しく淡々と公務をこなす将軍の顔であった。張り詰めた空気に緊迫感で飲み込まれそうになる。


「……いつ、迎え撃つのですか?」

「一週間以内……いえ、あの方のことでしょうから近い内に現れる可能性も……」


 不穏な空気が漂う中、ウィンチェスター王国で迎撃戦が始まろうとしていた。









 正にそれはお互いに調印書を受け取った数日後の出来事。


 それは日がまだ昇らない朝。


 突如、郊内で爆破が起こったような音が大陸側で響き渡る。ウィンチェスター王国と外界を繋ぐ大正門が見るも無残に崩れ去っていた。そして砂塵の中を通り潜る破壊した張本人が姿を現す。


「門兵も他愛無かったわけで、隊員たちで事足りた上に人数も大したことがなかった。張り合いの無い……」


 退屈そうに砂埃を掻い潜り、先導を切って現れたアルバート将軍が早くも宣戦布告が如く即興で乗り込んできた。


「骨のあるヤツはいるか?」

「人一人いないようですね」

「この王国の民間人は避難している模様で。やはり伝達の手際は早いですね」

「弱者を相手しても意味がない。盟約でも手出し無用の達しはある」

「あ、アルバート将軍、あれを……!」


 一人の隊員が指差した先にはダイヤの結晶で造られた映像機が目の前に現れると。


「ご機嫌よう、サザンクロス国、アルバート=ガリア=イージス将軍。調印書を受け取ってから既に出陣の用意をされていたなど、戦争といえど訪問に大して無礼極まりことですが、貴方には関係のないことですしね」


 アルバート将軍の目の前でダイヤを加工して造られた映像が映し出されたのは玉座に座すレイノズル=ゴート=ウィンフィールド。彼を歓迎するかの如く丁寧に挨拶を交わす。


「貴様とは『例の大戦』以来、か」

「ええ、あれから何年もお久しいようで。あの時は共戦し合ったこともありましたね。貴方も相変わらず、戦に飢えている日々をお過ごしの様子で」

「……あと、俺の盾が世話になったようだな。拉致したのが貴様であれば当然無事だろうと確信はついていた」

「まぁ……偉大で希少な魔化錬成師のシビル殿を「盾」だなんて。野蛮極まりない言いようですね、アルバート」

「コソコソと人の物を盗んで、貴様のような腹黒に言われる筋合いはねぇな」

「あぁ……心外。理解不能とはこの事。礼儀知らずの蛮行部類。私は一生、貴方とは永遠に分かち合えることはないでしょう。貴方の様な者は、この世に存在しない方が世の為でしょう」

「貴様の態度が、策が、姿が、存在が、何から何まで潔癖症が! ヘドが出る! その殻から出てきたらどうだ弱腰!」


 アルバート将軍の苛々が表情に浮かび、嫌悪感が露わで怒りの筋が見える。


「貴方がそう見えるだけでしょう、野蛮将軍殿。そこで粋がっているより、まずはこちらの要塞城までいらっしゃってください。最も、ここまでくればの話ですが……」


 言い切る前に映像が中断され、互いに見えなくなった。


 単純にアルバートがダイヤの映像機をぶっ壊したからだ。


「……開戦だ!!」


 堰を切ったアルバート将軍の一声で軍隊から鬨の声が上がる。アルバート将軍の顔が一瞬にして怒りで引き攣り、額に筋が入るほど嫌悪感を隠せず、「五連指輪クインテット・リング」をはめ、拳を鳴らす。





「全く、こんな将軍が国の頂点になると世も末。将軍といえども、国を守る為にかつ的確に相手を仕留めるものですよ」

「レイノズル将軍とアルバート将軍とは既知の仲なのですね」


 横で見ていた僕が二人のやり取りに対して疑問を投げかけた。


「ええ。もう、数年前で互いが若かりし頃以来ですけど。貴方もご存知でしょう。世界規模で起こった『例の大戦』。あの時は何の運命なのか彼とは味方同士でしたが、あの野蛮さは異常な程で嫌悪感は拭い切れませんでしたよ。何しろ参戦した強者揃いの大戦で『特別な力を所有していないにも関わらず』多くの敵をあっという間に一掃されていましたからね」

「……」

「彼の悪名はあの時を機に広がり、そして例の大戦終結の数年後に魔化錬成師がサザンクロス国にて匿っている噂は各国に広がって以来、誰もあの国に手を出すことは出来ずにいました。特別な力を有していなくても異常でしたのに、魔化錬成術を使用してからは隣国、他国は更に手を出しづらくなり、近いもの同士で争いが苛烈しているのです。貴方も厄介な男に拾われたものですね。シビル殿一人で躍起になって、こうして拉致するだけで戦況が大きく変わるのですから」

「あれは楽しんでいるのですよ。僕の為ではない、自分のための楽しみに僕が利用されているだけです……」

「お可哀想に。こんな可愛らしいシビル殿を物のように扱うなど人として背徳的な。やはり貴方は彼の元へ戻るべきではありませんよ。ここで暮らした方が断然いいはず」

「……」


  砂嵐の映像を眺めながら僕はこの戦いの行く末を見守るしかなかった。





「首を洗って待ってろ。あの幸福脳をぐちゃぐちゃにへし潰してやる!!」


 後にこれが最初の魔化錬成師を巡っての争い『ウィンチェスターの戦い』として歴史に刻まれ、将軍同士の一騎討ちが始まる――


「貴様ら、本拠地はこの海を越えた先だ。要塞城まで進軍するぞ」

「将軍、まずはこの海を渡らねば、しかし敵地ゆえに自船は用意しておらず、当然罠も張り巡らせている可能性も……!」

「言わずとも分かる。だが、俺を誰だと思っている? 戦を目の前に売られて買わないわけにはいくまい」


 広がる海を目前に、鋭い銀色の眼光をギラつかせながら正拳の構えを。


「目の前に隔つものがあろうと、戦将軍であるこの俺に、通れないものなどない――!」


五連指輪クインテット・リング」をつけた正拳突きで空を切る音と共に、海に異変が起こった。まるでモーゼの十戒のシーンに出てくるが如く海が左右真っ二つに割れ、道が出来上がった。


「おお、アクセリアの力で道が出来た! 流石はアルバート将軍!」

「先発隊、進め!」

「「はっ!!」」


 両断された海底の道を進軍して行こうと海の側面から突如、ウィンチェスター王国の兵士が飛び出してきた。


「来たぞ!!」

「アクセリアを構えろ!!」

「腑抜けが。海から来ることなど、想定済みだ」

「連峰水弾、一斉に撃てー!!」


 中堅隊員が合図で錬成術の力によって水が弾丸と化したアクセリアを一斉発射し、本格的に戦争が始まる。


「撃て、撃て撃てー!!」

「た、隊長無理ですー!!」

「何が無理か!?」

「連峰水弾が、全く効いていないです!!」

「貫けない! どうなって……!」


 確実に敵に当たってはいるが全く倒れる素振りもなく、水弾が弾き返されていた。


「よく見ろ腑抜け共! 着用しているものも含め!」


 よく見ると敵部隊には色とりどりにダイヤの防護服で守られていた。そしてこれを機に敵側も一斉に攻撃を仕掛けてきた。


「アルバート将軍に複数の流れ弾が……!!」


 隊員の言葉など意に返さず、アルバート将軍は微動だにその場から避けようともしない中、流れ弾が目掛けて撃ち込まれてきた。


「え、あ……!?」


 ある隊員が気づいた。撃たれたかに思えたが、よく見ると弾丸が数個、アルバートの右手指の間にあった。何も小細工はしていない。ただ、弾丸の軌道を早読みし、素早く指の間に掴んだだけだった。


「……魔能力に見合わず、鈍弾のろだまが!」


 流れ弾を何事もなく、意に返さなかったかのように払い落とし、ツカツカと靴音を鳴らしながら悠然と歩き出す。


「嘘だろ、敵は魔能力を使っている弾丸にも関わらず、いとも容易く一瞬で……!」

「これが百戦錬磨の戦将軍……やっぱすげぇ……だからこそ、恐れられているんだな……! 俺は長い事隊員をやっていて例の大戦の時も参戦していたのだが、銃弾系の弾や大砲の砲弾も全部あの身一つで受けたり返したりしていたのを目の当たりにしてたから……!」

「…………俺、初めてみたぜ」

「しかも、これ見ろよ」


 一人の隊員がアルバート将軍が振り落としたのを取り、他の隊員たちに見せると表情が一変する。


「これって……まさか……!?」


 撃ち込んで襲ってきた弾丸は鉛ではなく、全てダイヤで出来ていたのである。


「将軍、奴らは上手く海を利用して隠れて襲ってきます! 海の広さからして先発隊のこちらが劣勢でやはり近づけません!」

「優劣の泣き言は聞かん。敵を引きずり出し、こちらに仕向けるよう誘導しろ」

「う……はっ!」


 戦ともなれば味方にも冷徹非道の命令を下すアルバート将軍。

 しかし、誰も彼の意向に逆らう事はない。


「総員、連携!! 連携!!」


 合図が始まったのをきっかけにアルバートの先発隊が陣を組み始めた。


「一撃だ」


 アルバートも拳を振るい構える。




「魔能力の兵士たちの離れ業をいとも簡単に。百戦錬磨の偉業を成し遂げているのも納得しますね」

「アルバート将軍お決まりのフォーメーション。敵を一斉に引き付けて戦をやる為だけに使う、囮陣形……」


 映像越しにアルバート率いる軍勢の一部始終を見ているレイノズル将軍と僕。


「それにしても私の自慢の兵士たちが、百戦錬磨のアルバート将軍相手では赤子も同様なんて……」

「……」

「シビル殿、黙ってないで言いたい事があるのであればはっきりと仰ってください」


 何も発言しておらず、目線を合わせていないのにも関わらず、心境を悟ったかのようにレイノズル将軍が僕に問いただしてきた。


「貴方は、この光景を平気で見られるんですね。ああやって人が、死んでるのに……! 何とも思わないんですか……!」


 震えながらも、声を振り絞って、勇気を振り絞ってレイノズル将軍に異論をする。


「私の自慢の兵士たちは忠実に忠誠を誓っています。命を賭して儚く散るものでも、王国の為に尽くすことは定めなのです。それを真摯に受け止められないのであれば、将軍としての立場はありません」

「分からない、分からないですよ、こんなの……人を簡単に、駒のように扱うなんて……!」

「まあ、シビル殿は兵士でも何でもない。有能な魔化錬成師という身分を除いては貴方は普通の民間人ですし、戦争に巻き込まれて不本意ですよね。しかし、あれでも最小限なのですよ。人の死を簡単に見捨てるようなあの唯我独尊たる野蛮な将軍と違って、私は犠牲になった兵士たちを誇りに思い、尊います。そしてこの戦歴を参考に、今後また戦争が起こったときに役立てますし、命を尽くしてくれた敬意を立てて……」

「どんな理由であっても……やはり、根っからの将軍なのですね。貴方も」


 温和で穏やかな性格を有しようと、戦いともなればやはり将軍。情け容赦がない。

 これはどんなに一生と二生とかかろうと、絶対に分からない、分かち合えない大きな価値観の違い。


「国を守る統一者の身分として当然のこと。そして、そう仰る貴方も何気に発端にはなっているのですよ」

「……っ!?」

「嫌でも自覚はおありでしょうに。でも、御心配なく。あの野蛮将軍の存在さえなければ、貴方の安寧は保証しますよ。貴方が不安にならないように最初の頃と変わらず厚いおもてなしをお約束しますし、ここにいれば贅沢に過ごせます。望むのであれば無闇に巻き込まないよう手配します。しかし、この国にいる以上は私への忠誠を誓わざるを得ません。これは絶対条件なのです。その有能な力を、私の為に存分に役立ててくださいな」

「——……っっ!!」


 僕は心の底から言い知れぬ悍ましさを占める。



「次だ」


「あっという間に、圧倒的に、圧巻に。一人でレイノズルの兵隊たち約数千人撃退した……」

「アルバート将軍は一人でも兵器。あれぞ、人間兵器——国の砦——!」


 周囲で見ていたアルバートの隊員たちも新人で呆気にとられる者もいれば、戦慣れしているベテラン一等隊員では当たり前でも畏怖という雰囲気を醸し出していた。


「……足りん、全然だ。もっと、もっと張り合いのある強いヤツと戦いたい」


 およそ数千人いたウィンチェスターの兵士たちを束にしても、まだ戦い足りないとばかりに、この場で興醒めになったアルバート将軍は次を求めるために己で作った海底の道を目的に向かって悠然と歩き始める。


「あのバケモノ並みの強さを見ると、俺たちは本当に敵をひきつけるための囮要員だよなぁ」

「多少の犠牲はあるものの、あの強さのおかげで多くの隊員に余計な疲弊をせずにしているところもあるもんだ」

「ごちゃごちゃと言っている暇があるなら進軍するぞ腑抜け共!」

「「はっ!!」」


 隊員たちもアルバートに続いて要塞城へと向かって進軍する。




「第一段階、突破されましたか。まあ、彼の手腕であれば想定の範囲内ですが」

「また兵士を導入するんですか? アルバート将軍相手では、また同じことの繰り返しですよ」

「無論、二度同じ轍は踏みませんよ。その為には彼らに進んでもらわないとね」


 にこやかながらどこか不敵さを含めている姿に悪寒にも似た寒気を感じる。それを尻目にレイノズル将軍は次の段階に入る。右手を空に翳しながら、何やら唱えている。


「――、――、――」

「え……?」


 僕の目には彼に纏う空気と気配に嫌な予感を覚える。 右耳に飾っているトライアングル形状のダイヤのイヤリングが怪しげに光りだす。


「あ、れ……以前まで、あんなイヤリングつけていた、の……?」


「さあ、鳴動なさい。母なる大地より生まれし結晶たちよ――」

 

 レイノズル将軍の右手は華のように開く。


「びゃっ?!」


 僕の嫌な予感は確信に変わる。




 海を割った海底の道をひたすらまっすぐに進むアルバート軍。


「先程とは打って変わって敵が出てこないな」

「ここまで襲って来ないと、逆に怪しいですね」

「あの潔癖将軍の指示で兵を引かせているのだろう。周囲を警戒……」

「うぐぁああ!!」


後方から突然の断末魔。


そして隊員の死体。


目撃した周囲の隊員たちが一瞬でパニックに陥る。


「おい、なんだ?!」

「うわぁ!!」

「海底から何かが……!!」

「ふん、仕掛けてきたか」




「美しく咲き誇れ、『金剛睡蓮ディアマンテ・モネ』」


 レイノズル将軍が呪文を唱えて仕掛けてきた。海底の岩から次々とダイヤの華が咲き誇るように勢いよく突き出てきた。しかも先端は鋭く尖っており、それらが無作為に不特定に出現する。その度に隊員たちがその作為にハマっていく。




「ア、アルバート将軍!! 左右は海に囲まれて逃げ場がないです、ここに居れば全員ダイヤの餌食です!!」

「狼狽えるな腑抜け共。犬みたいに騒がずじっとしてろ」

「じっとって……!?」


 隊員たちは焦燥に駆られながらも逆らうとアルバートが逆撫でするために従う。突然の奇襲でも、余裕を崩さず不敵に笑むアルバート将軍は突然拳を空に振りかざす。


「ふんっ!!」


 ルースのアウィナイトが神秘的に光だす「五連指輪クインテット・リング」をはめている右手で拳を海底に勢いよく叩きつける。まるで海震が起きたかのような地響きと振動が隊員たちに伝わる。


「うわわ! 相変わらず、ひと拳が凄すぎるぞ!」

「あれ、でも――!」


 しかし、勢いと振動の割には海底の岩や珊瑚礁には一切の地割れ跡がない。


「あっ! ダイヤの華が水に……!?」


 その代わり咲き誇っていた金剛睡蓮があっという間に水に早変わったことで、隊員たちは鋭利と化したダイアのルースの餌食にならずに済んだ。


「魔化錬成術『可変・水龍脈』」

「あ、ありがとうございましたアルバート将軍!」

「ここでグズグズしている暇はない。先へ急ぐ、追撃も来るぞ」

「将軍、やはり進むにはこの一本道しかありませんか? 他にも先ほどのように道を作った方が……!」

「ヤツは『魔化錬成術』を使っている。左右を海で塞がねば再びあの金剛華の餌食になるぞ」

「っ……!? それはなりませんな……!」

「そう言っている間に水がまたダイヤとなって結晶化している、急ぐぞ」

「「はっっ」」


 アルバート将軍の援護で付いてくる隊員たちも進軍する。




「……ふむ。錬成術相手ではやはり、一筋縄ではいきませんか」

「……レイノズル将軍……お言葉ですが、そのイヤリング、どうなさいました?」

「ああ、これは開発民が私に誂えてくれたものです。男がイヤリングを纏うのは違和感かもしれませんが、私なりに身につけて……」

「僕が言いたいのはそこではなく、何故そのイヤリングに『コア』がついているのかですよ。僕、そんなもの生成した覚えがないです……!!」


 僕は言い切る。本当に『コア』を生成して仕上げ、レイノズル将軍に与えた覚えはない。弱気で戦略のない僕でも、日々を過ごしてきた事柄、何をどうしたかまでは鮮明に細かく覚えている。記憶力に関しては絶対の自信があると自負している。


「正真正銘、これは貴方の手で生成されましたよ。貴方でしか出来ないことでありますから。現に見ていたでしょう? 私が魔化錬成術を扱っていたところを」

「そんな、いつから……!?」

「細かいことは気にしなくても大丈夫ですよ。あの野蛮将軍のように雑には扱いません。錬成術たる強力で異質な力をちゃんと弁えてます。そうしなければ身を滅ぼし兼ねません」

「そういう問題じゃ、あれは本来僕の許可なしで生成し使用しては……!!」

「ご安心を。それも拝聞致しましたので」

「え……まさか、嘘だ、そんな覚え……!!」

「あるはずです、貴方が忘れているだけで。そうでしょ?」

「…………——、はい、そうです。ただ忘れただけです。生成使用許可は与えていました——……」

「でしょう? それを聞いて安心しました」


 突如僕の脳内がふわっと靄がかかったように思考があやふやな状態で意識が虚ろになり、何故か口が勝手に違うことを呟いてしまう。


「あら、そうこう言って目を離している間に、敵がこちらへ近づきつつありますね」


 やり取りをしている間にも、アルバート将軍たちがレイノズル将軍の要塞城、ディアマンテカステッロまで近づいてきた。


「さて、頃合いでしょうか……」


 レイノズル将軍が予感めいたことを吐露した途端、最初は微弱だった揺れが徐々に大きく横揺れになり始めた。


「アワ、アワワわ!! 急に地震が!? レイノズル将軍、貴方何か仕掛け……?!」

「いいえ、私は何もしていませんよ。これは自然に起こっていることで、私だけにあらず民間人も当たり前と化している出来事です。ですが、ご安心を。この要塞城はダイヤのルースで構築されていますのでこのような地震にも影響しないよう綿密に造られているので崩壊することは御座いません」

「自然の地震……もしかして、あの山……!」

「貴方の優秀な記憶力で見抜きましたね。シビル殿は国立図書館でモンテチリエージョの資料で知り得たことでありましょう。昔はこの地震が起こる度に『山神の怒り』と恐れられていたこともあり、あの山をシンボルとして崇め奉るようになった歴史があります。しかし、近時代辺りで彼の山は活火山で年に一度不定期ながらも定期的に地殻変動を起こすことが王国学会で発表されましてね。そしてこの地震によって、ある面白い異常現象が起こるのですよ」

「異常現象?」

「見れば分かります」






「将軍、漸く要塞城が見えて参りました」

「……!」


 アルバート将軍が立ち止まり、黙り込んだまま遠くを見やる。


「このまま突撃か、様子見か……将軍、立ち止まって何を……?」

「……地鳴り」

「はい?」

「うわわわ!? じ、地震っ!?」

「将軍、また拳を一振り……!? それとも向こうが仕掛け……!?」

「……これは——」

「将軍、周囲の海が……!!」

「地殻変動か……」


 海一面だった景色が地震をきっかけに一変した。


「潮がどんどん引いて、う、海がなくなった……?!」

「ここは最早海底ではなく、もはや陸地とほぼ変わらないですね……!」

「感心している場合か。歩く範囲は広くなったが、同時にこちらが不利にもなった」

「え……?」




「『鳴動の元、母なる大地より目覚めなさい』」


 レイノズル将軍が本領発揮。錬成術が発動する。




「えっ……!?」

「あ、ああ……急に、そして一瞬に、海底全面がダイヤのルースに変化した……!?」

「眩しい……! 太陽の反射で更に目が眩む!!」

「これが俺をこの王国へ誘い込んだヤツの狙いか」

「将軍、これでは逃げ場がないですよ……!」

「逃げるなどとほざくならばここで戦死し、任務を全うしろ。己の身は己で守れ」

「そんな……!」

「節穴、貴様らの指には何がある?」

「そうか、守備程度であれば方法がある。みんなの力で魔化錬成術を総結集させ、水をベール状にしてバリケードを張るんだ! 総員、発動!」

 

 アルバート将軍の証言をヒントに、隊員たちを仕切る隊長格の男の機転で一斉にリングを発動すると水の幕が現れ、バリケード状に身を覆い尽くした。


「そうか、炭素原子を水素原子化して襲ってくるディアマンテのルースから身を守る、可変・水龍脈の応用か!」

「これでなんとかなるが、その変わり攻撃が限られてくる」

「隊長、我々はどうすれば……!」

「貴様らは邪魔になる。ここで身を守って待機しておけ」

「え、あ、アルバート将軍……!?」

「ここからは俺一人で敵の将軍を討つ」

「お一人で乗り込み……って将軍!?」


 隊員たちを残し、アルバートは枷が外れたかのように人並外れた俊足でディアマンテカステッロへ乗り込みに向かった。俊足に限らず、海底独特の複雑な地形を持ち前の跳躍力で難無く飛び越えていく。


「一人で来ますか。いいでしょう、その度胸に銘じて迎え撃ちますよ」


 待ちわびていたかのようにアルバート将軍を焦点にレイノズル将軍が本気で仕掛けてきた。


「魔化錬成術『金剛剣山珊瑚礁ディアマンテ・コーラルリーブス!』」


「——!」

「頼りにしていた海もなく、周囲をダイヤで埋め尽くされている中でどう掻い潜っていけるのでしょうね?」


 ダイヤのルースが突如変形し、剣山のように鋭利に伸び始め、刃物となってアルバート目掛けて襲いかかってきた。


「小癪!」


 アクセリアのリングに力を込めると拳から水が渦巻くように纏い始めた。


「錬成格闘術、『死輪蘇しわす』っ!!」


 足に渦を巻くような水の波動を纏い、波乗りの要領で両足で回転をつけて一回転し円を描くように蹴り上げる。ダイヤがその衝撃で全面的にとは行かないまでも、受けたところの一部が破壊される。


「ちっ、やはり使えるハイドロゲンの用量がこのぐらいか」


 海の水が大幅に減ってしまっただけに使える用量が限られる。それでもアルバートは前進をやめない。




「少量でも、どうにか空気中にある水分を力に使えているようですね」

「空気中にも水分が含まれています。将軍はそれを利用してリングに纏わせてハイドロゲンの力を放っています」

「それでも、やはり海のような量の多さ程の力は出せないでしょう。しかしながらあの元来備え持つすばしっこさは昔から健在。ならばこれでどうでしょう」


 レイノズル将軍は右手をかざし、魔能力を込め、錬成術と連動し始める。


「ほぼ無限ともいえるこのダイヤを前にして、貴方は掻い潜れますか? 私本来の『異名』を魔化錬成術と共に、今こそ味わわせる時——」




「来たか、ヤツの姑息な十八番技とやら!」


 そうだ、僕はこの人の異名を忘れていた。

 図書館で読んだ資料書の記憶が呼び起こした。


「魔化錬成術『金剛集中豪雨弾ディアマンテゲリラスコール』!」


 一面海で覆っていた海底の更なる下にはダイヤの原石が眠っていることを。


「どうでしょう、この無限に広がるダイヤの大地元に生成された無数の弾数は正に豪雨ゲリラの如く。『無限充填アンリロード』の恐ろしさを徳と味わいなさい」


 剣山の刺の山々は華のように開花させ、その鋭利な刃物が弾と化して飛ばし、豪雨のようにしかもそれが三六〇度にも巡って襲いかかってくる。


「これは逃げ場が……!」


 ダイヤは鋭利な弾と化し、アルバート将軍目掛けて蜂のように目掛けて四方八方から隈なく飛んでくる。


「いくら俊足、跳躍に長けていても、これだけの弾丸を浴びてはもはや跡形も残らない……!?」


 命中したと確信を持とうとしたその直後に大規模な大爆発が起こった。それを見た僕とレイノズル将軍は目を見開いて驚異した。


「オババっ!? な、なな、何が起こって……!?」

「っ!? おかしい、私の弾丸には爆破機能はないはず……!」


 するとあれだけ豪雨のように降ってきたダイヤの弾は全て跡形もなく消え去った。


「……ふう、あの気忙しい鈍弾の雨は消えたか……」


 黒曜の軍服が所々破れながらも、豪雨ゲリラ並みの弾丸数が四方八方にあったにも関わらず大爆発をきっかけで跡形もなく消え去り、どこも被弾することなく生還したアルバート将軍。


「な、何が起こって……!?」

「あの起爆……もしかして、水素爆発……!?」


 僕は映像の様子を見て察したのは、恐らくアクセリアの『コア』でハイドロゲンの元素を周囲の酸素の元素と結合させた上で錬成術を発動させて起爆させる。それが突然起こった大爆発の根源なのだろう。


「まさか……っ、というとあの大規模な爆風の熱気で全てのダイヤの弾数を消し去ったとでも仰るのですか……あの男、やり方が無茶苦茶です……!!」


 レイノズル将軍の言う通り、一歩でも間違えれば自爆も免れない水素爆発。アルバート将軍は自ら「起爆の核」となって起こった正に無茶苦茶なやり方。見ての通り彼も無傷という訳ではないが、火傷の跡があまり見当たらないところを見ると全身を覆っていた軍服のおかげもあるが、大規模な爆風の熱気をアクセリアのハイドロゲンの膜を身体中に纏い、肌を覆い守ったのだろう。


「これがアルバート将軍が戦将軍たる戦術。持ち前のやりこなす本能と恐れない強靭な精神で例え自身にリスクを負ってでもやり切る。それがアルバート将軍ならではの危機を乗り切るための恐ろしい常套手段……」

「……っく! まだ、これからですよ……!」




 アルバートの体から爆発の煙を纏いながら立ち尽くしており、ほぼボロボロになった片マントをいらないとばかりに留め具を外し、放りやった。


「……これを機に軍服の改良を行う必要がある」


 アルバートは尚、体を張って進軍し続ける。その勢いは止まらない。


「それにしても、ヤツの魔能力による遠隔操作も、あながち厄介なものだな。やはり、あのけったい城の中に入るに限る」


金剛集中豪雨弾ディアマンテゲリラスコール』が絶え間なく降り注ぐ中、アルバートは水素元素に変えながら、受け止められなかった弾は当たって傷付きながらも足早に進んでいく。剣山で向かってくるものを錬成格闘術『死輪蘇しわす』を繰り出しては壊しの繰り返しにアルバートは要塞城の侵入経路を試みる。


「面倒だが侵入経路を探す……いや作るしかない、な」


 分厚いダイヤの塊が行く道を隔てアルバート将軍は突き進む。


「そろそろ近い、入り込まないよう封じないと――!」


 レイノズル将軍もここぞとばかりに切り札を用意していた。二人は始めからデッドヒートを繰り広げながら本気で戦っていた。


♯5へ

一ヶ月に及んだきつい仕事から解放されてフリーダムな状態の作者です。

まだ体の節々に痛みが残っていますが何日かすればとれるかと思います。心身共にくる一ヶ月に及んだ仕事によって創作にも支障が出て投稿は出来てても続きが書けない状態が続いていて疲れてすぐ寝てしまって四苦八苦していましたw終わったことによって続きが書けるのではと思っています。

とりあえず、自分なりにがんばります!それではまた次回!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ