♯2:ウィンチェスター王国【将軍初対面】
「……ん、うぅ……あ、れ……僕、いつの間に、疲れて寝込んで、たのかな……? あれ……真っ暗だな……? え? ひょっとして、もう夜……? ん、体が、動かない……! 修行のし過ぎで体が重くなったか……え……?」
これは——枷——?
「あれ……え?? な……なんで、僕、縛られているの……? えっと……これは、どういう状況……アルバート将軍のお仕置き……? でも、今回は忠実に修行に付き合ったはずだから罰を受けることはないのに……! あ、でも休憩して途中で眠ったからもしかしたらそのお仕置きかもしれない……!? あの、将軍、アルバート将軍! これはどういう状況で……!?」
檻の中、牢獄……状況が急すぎて把握するまで思考が追いつかない。
「ど、どなたか、看守さん、監獄長さん、なんで、僕、閉じ込められているの……!? 何か変なことか、粗相なことをしたんですか!? 休憩し過ぎたせいですか!? とにかく暗い、見えない、怖い……! 誰か、返事を……!」
「————……」
「——、——」
「——は、どこに?」
「——室の奥で御座います」
「――かいましょうか」
「……声が聞こえる……近づいてくる、足音……二人?」
周りが暗闇で視界が遮られている分、聴覚が冴え渡る。靴音と話し声がこちらに近づいているのが分かる。きっと将軍と監獄長かもしれない。
「将軍、例の重要人物はこちらで御座います」
「御苦労様です。檻の鍵を」
漸く声が聞こえ、僕の予測は間違いなかった。檻の外で二人が立ち尽くす。灯火がわずかしかないから姿顔立ちがよく見えない……。そして檻の鍵が外され、ドアが開く鉄の音が聞こえた。反射的に後ろへと後ずさる。
「ひぃ!? え、あの、何ですか、ア、アルバート将軍!? 僕、何か悪い事、貴方に粗相な事をしましたか!? せめて仕置きを受ける理由を……っ!!」
「お待ちなさい。私は貴方を解放しに来たわけであって拷問の様な類は致しません」
「へ、へぇ……!?」
「それではお願い致します」
「はっ!」
「ヒィぃっ!? チョット、流石に、傷がつくようなことだけは……!!」
「傷つきたくなければ無駄に動かないで下さいね」
「うっ……!?」
ほぼ暗闇の中、チェンソーのような刃物が回転する音が聞こえたかと思うと、手と足に繋がれた手錠が外れた音が聞こえた。
「お待たせ致しました。さあ、もう大丈夫です」
「あぁ……やっと外れた」
「一時保管とはいえ、こんな暗く閉鎖されたところにいれば気分も塞ぎ込んでしまいますよね」
……アルバート、将軍———??
声質はおろか漂ってくる雰囲気が、暗闇の中とはいえ明らかに違う。
「あ、の、貴方は何者……僕は、今どうなって、どうしてここにいるのか……?」
「詳しいことはこの牢獄を出た後に。さあ、私に着いておいでなさい」
「え、は、はい……!」
『まだ暗いな……どこまで歩くんだろう……』
微かに灯る灯火だけが行く方向を示してくれる。そしてまた別の人の気配を感じた。
「将軍、今日一日お疲れ様で御座いました!」
「異常はありませんでしたか?」
「はい、特に御座いません」
「さて、案内御苦労様でした。後は私一人でも大丈夫です」
「は、お気をつけくださいませ」
門番とあらかた話した後、ドアを開けて僕を誘導する。
「さあ、お入りください」
「う、わぁ……!」
扉の向こうへ誘われると、先程の牢獄の暗さとは違って煌びやかな眩しさで目が眩む程の廊下が入ってきた。
天井に高級感溢れるシャンデリアのある大広間。
壁には大きな風景の肖像画。
女神の彫刻に高価の花瓶。
柱と螺旋階段にはある原石が埋め込まれているのを初めて見た時に、僕は息を飲んだことを覚えている。
天国なのか、楽園かさえ思われた……。
「こ、れ、え……?」
「ようこそ、私の要塞城、ディアマンテカステッロへ。それと、大変申し遅れました。私はウィンチェスター王国将軍のレイノズル=ゴート=ウィンフィールドと申します。どうぞお見知り置きを」
「あ……はい、お初に、お目にかかります……えっと……」
何か喋りたい。けど、突然のことだらけで言葉が紡がれない。
「貴方のお名前を教えてもらえますか?」
「ひゃ、はい……! シビル=ノワール=フォルシュタインと申します……!」
「……では、シビル殿とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
綺麗な顔立ちで、紳士的だな。アルバート将軍と全く違うけど、逆にこれはこれで気が引けるような気もする。
しかも将軍だし……将軍だし!
「ふふ、そんなお固くならず。分からないことがあればなんなりと、出来る限り答えますよ」
「あ、の、一つお聞きしたいことがあるのですが……貴殿の要塞城に使用されているもの、ひょっとして全部、ダイヤのルース、ですか?」
「そうですよ。その反応を見る限り驚いているようですね。この要塞城のほとんどはダイヤで出来ています。あ、それ以外の物で肖像画やこういった彫刻などは私が趣味で集めたのです。何分、収集癖があるもので」
「ひえぇー……」
「ダイヤの要塞城など初めてでしょう? というのも、この国はダイヤが原産なので資源民の方々から要塞として起用させてもらっているのです。ちなみに、暗くて見えなかったかもしれませんが、貴方を幽閉した監獄城、ネアカルチェレは資源民の方々が黒いダイヤのルースで加工し、開発民によって構成され、建築民によって建造され出来上がっているのです」
「ということは、すっごいお金持ちな国なのですね……」
僕が囚われていた場所はなんと贅沢な牢獄だったのだろう。
「そんな大層なものではありませんよ。この国でのダイヤの価値は他国の平均より下回りますので、民間人たちは人並みに暮らしています。ではこれから貴方が使用する部屋へと案内しますので引き続き私についてきてください。そして詳しい話や今後の話は貴方の部屋でお話し致します」
希少価値である原石で、他国に輸出して売れば価値ある値段に跳ね上がるのに、なんて傲る素振りを感じさせない自然な謙虚さ……!
この人が本当に将軍……?
品行方正で気品で美しいまるで王子様のような振る舞いで将軍には見えないな……。
いつの間にか拉致された場所、他国のウィンチェスター王国。
名前ぐらいは聞いたことはあったが、その国を治める他国の主要人物に会うのは実にこの時が初めてだ。
「さあ、こちらが貴方の部屋で御座いますよ」
「こ、こんな煌びやかな部屋を僕なんかが使っていいのですか?」
家具も壁も窓も何もかもが豪華。
もちろん全部ダイヤで出来ている。
「当然ですよ。貴方は特にここを使ってもらわないと。そこのソファにお掛けください。ここで今の貴方が置かれている状況を私からご説明します」
「は、い、失礼、致します……」
言われるがままに柔らかいソファに座り、対面するようにレイノズルも座る。ただ、他国の将軍との唐突な出会いであったが故に身体が急に竦む衝動に駆られた。
何しろ、あの鬼畜で血も涙も恩情もないで有名なアルバート将軍から叩き込まれた支配下を想像しただけで無意識に体が萎縮するのが分かる。
「あら、震えていらっしゃる。お寒いのでしょうか? それとも、連れ去られたショックからきたものでしょうか?」
「いえ、その……!」
「怖がらずとも大丈夫です。貴方にとっては他国で今は慣れないことも多いかもしれませんがここへ連れてきたからには安全ですから、どうぞ気を楽に過ごしてください」
改めて人物像を見ると一国を担う将軍とは思えないほど若く、陶磁器のような白い肌に左目はエメラルド色で右眼は白色のオッドアイ。魅了するほどクリーム色の絹のような長髪を頸辺りに一つに束ね、容姿端麗で細身。そしてシルク素材の艶のある生成り色の将軍服に戦歴を納めたであろう左胸には勲章があしらわれ、立ち姿も将軍とは思えない言葉遣いが丁寧で朗らかさと礼義正しさを併せ持つ。
「それにしても、魔化錬成師の貴方相手に、私の部下が強引に連れてきた挙句、暗い牢屋に入れてしまいまして、私からも深くお詫び申し上げます」
「え、あ、いえ……まぁ……」
「覚えていらっしゃいますか? 貴方に近づいてきた人物のこと」
「あ……あの人……! 確か、クロッツ……!」
「実は、彼は私の部下で資源民になりすました暗部隊員の一人なので御座います」
「……!?」
僕はやっぱり、連れ去られたことを実感した。
クロッツ、ウィンチェスター王国の暗部隊員……僕に水素水をくれた……。
「あの人……サザンクロス国で資源民になりすまして……!!」
「お体の方は大丈夫ですか? 即効性の睡眠剤しか水素水に入れていないはずですから、眠気以外に影響はないはず。私が貴方を丁重にお連れするように暗部に命じたので大丈夫と思われますが……」
「はい、今のところ体はなんともなく大丈夫です」
「よかった、それを聞いて安堵しました。あの軍事規律に厳しい戦争国相手に気付かれずに貴方をこちらの国へ連れてくることに試行錯誤、長年とかかりました。暗部隊を送り込むのにもまず幼少の頃から仕込んで資源民として国に潜入させることに入念に送り込んで親しみに溶け込むのにも時間がかかって情報を送り合うことも警戒しながら交換し合い、そして作戦が成功して貴方のことを無事に移送出来るかまでずっと心配してて……」
「いや、もう、その話は大丈夫ですから」
長年から計画していた生々しい僕の移送計画は聞きたくない。快いものでもないし。
でも、この人は僕のことを心から労わってくれているのは間違いない。
ただ、サザンクロス国とは敵国になる相手ではある。
しつこく何度も繰り返し思うが彼自身の持ち前の気品さと美しさに加え、教養の高さを感じさせる身のこなしと言葉遣いになんだか心を許してしまいそうな気持ちにさせてしまう……。でも少しでも不安を拭い去るために質問をした。
「ぼ、僕は、これからここでどうしたらいいのでしょうか……?」
「私の指示でここへ連れてきた限り、貴方を匿わせてもらいます。そして、いつも通りに生活して過ごしてもらって構いません。この部屋を自由に使ってもらっても、城の外を巡っても結構です」
「え、ほ、本当に、いいんですか……!?」
「貴方により快適に過ごしてもらうために、どうぞご自由に」
耳を疑いそうだった。部屋だけならまだしも、この城の外も出ていいのかと。
サザンクロス国では結構限定されていたし、外へ出るには許可と誰かが常に監視下につけていたからな。
「本当に、きょ、今日からいいんですか?」
「ええ。どうぞ気兼ねなく過ごしてください。今日を含め明日からも末長く。そういうわけでシビル殿、改めてよろしくお願いします」
「は、はい……よろしくお願いしま……」
いい終わらないところで『ぐるるっ!』と部屋中に響くくらいの音が鳴り響く。
「————!?」
「あらあら」
「…………お、おお、お恥ずかしい行為を将軍の前で、誠にも、申し訳……っっ!!」
顔が、身体中が熱くなるのを嫌でも感じる。
「空腹は自然な生理現象なので過剰に狼狽えることはありませんよ」
「そういえば、朝から修行に付き合わされて今の今まで食事をとっていなかったです……」
「いけない、私としたことが貴方におもてなしをしなければいけませんでした。暫し失礼をして……あっ!」
「大丈夫ですか!? 思いっきり右足が机の脚に……!!」
「え、ええ、何時ものことなので、失礼しました。すぐ戻ってきますのでここでお待ちを……!」
よろけた体勢から何とか持ち越し、僕の部屋を後にしたレイノズル皇帝将軍。
「……なんだろう、意外とドジ、なのかな? 姿勢から仕草から立ち振る舞いから本当に、将軍とは思えない。あのアルバート将軍と同じ立場とは思えないな」
しばらく待っているとドアからノックする音が聞こえた。
「はい」
「失礼致します。シビル様、お待たせ致しました。お食事の支度が整いましたのでご案内に参りました。レイノズル様も食卓にてお待ちで御座います」
「分かりました……!」
この城に仕える侍女が僕の部屋へと来てくれ、部屋から出てその後へとついていく。そして一際大きいドアの前にたどり着く。
「失礼致します。レイノズル様、シビル様をお招きに上がりました」
「お入りなさい」
ドアが開かれると長いテーブルが目の前に現れた。そしてその奥にレイノズル将軍が優雅な座り方で僕を待ってくれていた。
「長らくお待たせしましたシビル殿。さあ、こちらの品々は私から貴方への細やかなおもてなしです。心ゆくまでご堪能ください」
「わぁ……!」
天井のシャンデリアに家具に食器に、これらももちろんダイヤで出来ている。そして乗られた高級食材の数々。
「シビル殿はこちらの席へお掛けください」
「は、い……!」
レイノズル将軍の近くの横の席に案内され、食卓に待機していたボーイによってエスコートされ着席。
「本日のディナーは前菜にサーモンのアペタイザー、スープは男爵芋のポテトアンドリーク、メインディッシュは赤ワイン仕込みフォアグラ使用のディナーバイヘストンブルメンタール、最後のデザートはバタフライケーキで御座います」
「さ、左様で御座います……か……」
「料理長が貴方の為に腕を振るってご用意させて頂きました。さあ、遠慮なさらずお召し上がりなさい」
「はい、お言葉に甘えて……」
出されたディナーのメニューも豪華過ぎて、頭がクラクラしてくる。というのも、サザンクロス国ではこのような境遇などされていなかった。独居房のような質素なご飯、というわけではなかったが必要最低限のご飯は提供されていたが豪華におもてなしは受けた事はない。空腹も相まって出されたコースディナーを全部堪能した。
「ご馳走さまでした」
「ご満足いただけましたか?」
「はい、心から満足したと思えました」
「安堵致しました。この後にも心ゆくまでに満喫してほしいあるプランをご用意しています」
「プラン?」
下記内容が僕の受けたプラン。
・高貴なダイヤの露天風呂『湯舟も全てダイヤ』。
・侍女によるアロママッサージ『香油にミクロ単位のダイヤを細かく潰した粉末入り』。
・天蓋付きの豪華なクイーンサイズのベッド『もちろんダイヤで加工した寝具』。
・高価そうな寝間着『シルクの生地にダイヤの粉末を練り合わせたもの』。
与えられた最高級のおもてなしを存分に受けた。ここは天国だと思うくらいに普段から腑抜けな顔が更にへちゃあと蕩けて大腑抜けになるぐらいの心地よさだった。
「はわぁ~……」
「この国のおもてなしを実感して如何だったでしょうか? シビル殿には毎日このような感じで過ごしてもらっていただきます」
「レイノズル将軍……僕なんかにこんな豪勢なおもてなしをありがとう御座います……」
「突然拉致をして怖がらせてしまったお詫びが出来てよかったです。出来れば、ずっと貴方とは末永くご一緒したいと要望致します」
「末永く、ですか……?」
「ええ、その為に貴方をここへ連れて来たのですから」
「はぁ……」
「失礼ながらその親しみを込めて——」
目の前に綺麗な面立ちのレイノズル将軍の顔がぐっと近づき、唐突に僕の額にキスを落とした。
「〜〜ななっ!?」
「どうしました? そんな驚かずとも。この国では習慣で、いわゆる挨拶と親しみを込める相手に対して額にキスをするのですよ」
「あば、ばば、しゃ、しゃしゃようですか、カカかか〜〜!?」
「男女問わずやっているのでここで暮らせば当たり前になっていきます」
「え……ええぇぇ〜〜??」
「ふふ、あはは!」
「レ、レイノズル将軍?」
国の習慣とはいえ、初めての経験で体が芯から熱くなり、顔が赤だこではないかと思うくらいの羞恥心に見舞われ、声も上ずって言葉として成立出来ない言語を発する。何の事はないと平然としているレイノズル将軍に理解が出来ないでいると僕の様子を見ていた彼が思わず吹き出し、笑いで綻んでいた。
「し、失礼、貴方があまりにも過剰に反応する姿が可愛らしいなと思ったので……ふふ!」
「かわい……!?」
確かに年齢も十五の未成年で見た目は童顔での自覚はあるが、同時に思春期なだけに男として可愛いと言われるのはどこか複雑でもあった。
「やはり、シビル殿にはここで末永く居て欲しいものですね。貴方がいるだけで一緒に居ると癒されそうです」
「は、はぁ……」
「それではまた明日。それではご機嫌よう、シャイなシビル殿」
「は、はひぃ、お、お休みなしゃい〜〜……!」
何もかもが至れり尽くせり、贅沢三昧な厚遇おもてなしを受けた。レイノズル将軍は僕の部屋を離れた。それでも心臓をバクバクしながらベッドへ向かい、ふかふかの毛布の中へ。
「ふぅー……なんだか、慌ただしい感じでもないけど、連れ去られたという事実を知って内心焦っている感じ、でもないけど……習慣の額にキスもあってなんだか落ち着かないし……とにかく色々あって疲れた……こともあったけど豪勢なおもてなしの効果もあって癒されはした……」
環境があからさまに変わり過ぎて、サザンクロス国との扱いとは違って厚遇過ぎて、雲泥の差に恐らく心臓と精神が追いついていないことに疲れを感じているのだと僕なりに自己分析している。
「まあ、ここでは悪いようにされてないし、厳しそうな状況でもないし、今の時点でここを出るってという選択肢はないし、行き先も帰る宛も……」
一瞬だが、サザンクロス国の日常を思い出し、アルバート将軍の面影が浮かんだ。
「……将軍は、居なくなった僕をどう思っているのか……いや、大して思っていないのかもしれないな……」
そう呟きながらシビルは次第にうとうとと、眠りについた。
「…………ここにいる間はごゆっくりお休みくださいシビル殿……時期、訪れる時までに―——」
部屋を出たレイノズル将軍は覚悟を決意した真剣な表情が浮かんでいた。
♯3へ
仕事と両立して投稿している作者です。
まちまちの更新で本当は金曜日にしたかったんですけどずっとやっているスマホアプリゲームのイベント最終日で追い込みをかけていたのもあり、体も疲れていた上で朝早く仕事に行かなきゃいけなかったのでそのまま寝て日曜日になりました。次が何曜日の投稿になるのか分からないですが物語が続く限り出し尽くしたいです。ストーリーがサザンクロス国から急に展開が変わって違う国へと向かった今後のシビルの動向にお付き合いください!