海。(私と紗奏と女子大生と)
お父さんが海へ連れて行ってくれることに。
【海、私と紗奏と女子大生】
私たち3人を乗せたワンボックスカーは、
木々の木漏れ日の中を進んでいく。
蝉の声がシャワーのように降り注ぎ、
日の光と合わさってとっても気持ちがいい。
都会の喧騒の中では、蝉の声なんて暑苦しいだけに感じるけど、
木々の間から聞こえるとなんでこんなに気持ちがいいんだろう。
出発して1時間半ほど。
道は緩やかな登りを終えて下りに入っている。
目的地は秘密だそうでまだ二人とも知らないのだけど、とっても楽しみ
だ。
私たちは、後部座席に並んで座り、小さいころの水泳授業での思い出な
んかを喋っている。この車はお父さんが友達に借りたらしい。
そして、車はトンネルに入りBRMはセミの鳴き声から車の走行音に変わる。
やがて数分・・・
ふわっと辺りが光にのまれ、トンネルを抜ける。
目が慣れると・・・
「ほら、絶景だろう。」
「うわ~~~~!!」
目の前には青い海が広がっていた。
「うみだーーーー!!」
「きれ~~い!!」
そう!ここからでも、水底の岩や海藻が見える。
すごくきれいな海だ。
「もうすぐ着くよ。」
ここまでくればもう見てもいいだろうと、私はスマホを取り出して、グ
ーグルマップを開いた。
もうちょっと行った先に、小さな半島があり、そこに『ホテル』と、『海
水浴場』のマークがついていた。
評価は・・・3.4?
「微妙な評価だね。」横からのぞき込んでいる紗奏が言った。
「そうだね~、なになに・・・
『海は綺麗で、ロケーションは最高、ただ荷物を運ぶのがつらい。』
ふ~む。ほかの評価も大体同じ感じだね。秘境っぽいところ?」
それから程なく、目的地の旅館に到着した。
平屋建てのそんなに大きくない、かわいい旅館だ。
チェックインを済ませ、荷物を下ろしてはたと気づく。
ここから海までまだかなりの落差があるのでは・・・
「さてっと、ここから下まで荷物を運ばなきゃいけないんだが、二人は
食材を少し持ってくれるか?」
「うん。いいよ~。・・・下まで結構歩くよね?」
「なに、中学生の足ならそう大変でもないだろう。
重いのは俺が持つから気にしなくてもいい。」
そういうと、車の中から取り出したとてつもなく大きなリュックを背負
うお父さん。
・・・それって何キロあるんだろう
・・・私より重そうですよ・・・お父さん。
「更衣室とシャワーは下にもあるから、準備良ければ行こう。」
「本間さん、重そうーーー。」
「なに、それほどでもないから、安心して。」
そして私たちは、松林を海のほうへと歩いていく。
丁寧に手入れされたその松林を抜けると視界が一気に開けた。
正面に大きな岩、そして一面の海だ。
「うわーーーー。」
「海だ~~~~。」
私と紗奏は待ちきれないように階段を下りていく。
とてもいい夏の香りが、下から私たちを噴き上げる。
手を広げれば、飛んでいけそうな気がする。
長い長い階段を下りて下に着くと、先客があった。
大学生っぽい女の人二人組だ。
目が合ったので軽く会釈して、私たちは更衣室へ向かう。
私は、お父さんと一緒に選んだワンピースで、紗奏は青を基調としたビ
キニだった。
(つんつん・・・)
私は思わず紗奏の豊かな膨らみをつっついてみた。
「ご立派ですこと。」
すると・・・・・・・・・・・・・・・
(わしっっ!)
「うりゃーー
お姉さんが大きくしてあげるぜーー」
「わ~~~~」
こっちはつっついただけなのに、わしづかみにされてしまった。(笑)
・・・いえ、ごめんなさい。
・・・わしづかみなんて言うボリュームはありません。
砂浜に出ると、お父さんはすでにパラソルを立ててテーブルと椅子をセ
ットしていた。
「わー、はやい!
ていうか、お父さん、いつ着替えたの?
まさか、・・・・家から着て来たんじゃ・・・・?」
(私は恐る恐る聞いた。)
「まさか、男の着替えなんて、3分あれば十分だ。
さ、とりあえずベースキャンプはできたし、準備運動していってらっ
しゃい。貝殻で足を切らないよう、サンダルは履いてな。」
「はーい。
お父さんもすぐに来てね。」
「いこっ、梨桜。
本間さん、行ってきまーす。」
私たちは、まだ10時過ぎだというのに、日に照らされてやけどしそう
な砂浜を海に向かって走っていった。
お約束のように、紗奏と水を掛け合い海に入る。
水面の水はとっても暖かいけど、足元くらいの深さになると少しだけ
ひんやりしていた。
それから1時間半くらい、私と紗奏は二人ではしゃぎ、お父さんは何
やら貝類を潜って採っていた。
日はもうてっぺんまで上がっている。
真夏の日差しだ。
海から上がり、お父さんはバーベキューの準備に取り掛かる。
私と紗奏はカット済みの野菜とお肉と、海の戦利品を用意して準備は万
端だ。
・・・と、そこで、『ふわっ』と海風が私たちを薙ぐ。
すると、隣のほうでパサッと音がした。
「あー、もう、また倒れた!」
そんな声が聞こえてくる。
見ると女子大生二人組のパラソルが風で倒れている。
『また』というくらいなので、何回も立てては倒されているのかもしれ
ない。
「お父さん、手伝ってあげたら?」私が言うと、
「ああ。」と言って声をかけに行くお父さん。
・・・やだこれ、ナンパに見える。(笑)
「梨桜のお父さん、ナンパ・・・?」
「アハハ。私も同じこと考えてた。でもあれで超奥手なんだって。」
「そうなんだ、うんうん、そんな感じだもんね。」
「すみません、ありがとうございました。」
女子大生(仮)はこちらにも丁寧に頭を下げてくる。とても礼儀正しい。
よく見ると、あちらもこれからバーベキューのようだけど・・・なんと
なく困っているように見えた。
私の中でふつふつととんでもない悪魔が目を覚まし、
・・・そして、言うことを聞かなくなった。
すっくと立ちあがる私。
女子大生(仮)に駆け寄る私。
「すみません、よろしければご一緒しませんか?」
「えっっ??」
「私たちもこれからなんです。貝とかもいっぱい採れたので。」
(採ったのはお父さんだけどね!)
顔を見合わせる女子大生(仮)
そして、
「じゃぁ、せっかくなのでご一緒させていただきましょっか?」
私は二人を連れて自分の領地へ帰ってくると、
「えへへ。ナンパ成功。」と、ガッツポーズ。
「ナンパされちゃいました。よろしくお願いします。(にっこり)」
「なんだか、炭になかなか火がつかなくて困ってました。よろしくです。
(にっこり)」
うーむ。さすがは女子大生(仮)だ。とてつもないコミュ力!
あの笑顔だけで、100万人は殺せそう・・・
「こんにちは。私は本間と言います。お二人をナンパに伺ったのが娘の
梨桜、こっちがその友達の紗奏といいます。」
「あ。私はあかねで、」
「私はさゆりといいます。」
お父さんのほうをチラ見すると、軽く笑顔を作っている。
(う~む。思ったほどたじろいでない。ちょっと残念。)
【伸朋】
私は梨桜がお隣さんへ駆けていくのを目を細めてみていた。
出会った頃とは別人のように明るく社交的になった。
元々はそういう性質だったのだろう。
しかし、気になるのはパラソルを立て直してやった時の、お隣さんの様
子だ。
こちらへ合流し、明るくふるまっているがどこか浮かない空気を感じる
のは私の気のせいではあるまい。
もっとも、立ち入ろうとは思わないが。
・・・しかし、そうした私の思惑はお隣さんのほうから破られる。
「いーねー、梨桜ちゃんはお父さんと仲良くて。
うちなんて今はもう、最悪だよー。」
「え?仲悪いの?」
「仲悪いっていうかねー、絶賛喧嘩中。
彼氏を認めてくれないの。もう、全否定、やんなる。」
「うわ・・・」
「だから今日はウチの用事をすっぽかしてさゆりと遊びに来たんだ。」
「あ~。それはきついですよね。」
そんなやり取りを梨桜としている。
父親が娘の彼氏に難癖をつけるのは、ままある事なんだろう。
ただひたすらに、自分の娘を大事にしてほしい。
・・・それだけを思うが故に。
だが、若いころは何より感情を優先させてしまう。そしてそれで良いの
だとも思う。だから、親の目から見たら遊んでいそうだとか、浪費癖が
ありそうだとか、DVしそうだとか、そういう直感による反対と対立して
しまうのだろう。恋愛は時には傷つく。それもまた人生なのだが、親と
するとできるだけ泣き顔は見たくないのだ。
私も今にしてそういう気持ちがいや程理解できる。
ただ、お互いほんの一歩づつ歩み寄り、理解しあい、傷ついても前に進
んでくれればと思うだけだ。
【梨桜】
あかねさんとさゆりさんは、お父さんにもビールをついでくれたりし
てなんだかとっても楽しいバーベキューになった。
でも、私が言うのもなんだけど、これだけお色気ぞろいの中でもお父さ
んの目にいやらしさは全くない。こういうのを唐変木というのだろうか、
朴念仁というのだろうか。
はて、この言葉の違いは何なのかと国語の先生に聞いてみたい。
やがて、おなかもいっぱいになり、程よくお酒も飲んだところでお開き
にすることになった。
日は西に傾きあかね色に染まっている。
沈む夕日をこんなに綺麗だと思うのは、多分生まれて初めてだ。
私たちと違いあかねさんたちの荷物はそれほど多くなかったけれど、
5人で分担して上まで運んだ。
・・・というとちょっと語弊があるかな。全体の半分くらいはお父さん
の背中なんだけど。
それを背負い軽々と階段を上るお父さんは意外と細マッチョ?
333段の階段を上り、松林を抜け、旅館へ帰ってきた。
「 「 「 「ついたー」 」 」 」
思わず女子4人でハモってしまった。
しかし、・・・そこには何やら怪しげな人影が二人。
「お待ちしましたよ。お嬢様。
あまり勝手をなさっては旦那様がお困りになります。」
「あー、はいはい、帰ってお父様によろしく伝えておいて。明日には帰
るから。」
「申し訳ありませんが、旦那様から今日中にお連れするようにと。」
「イヤ。」
「お気持ちは理解します。ですが、お嬢様にも旦那様を少し思いやって
頂きたい。」
「お父様にも私を少し思いやってほしいのだけれど。」
「大事に思えばこそのご意見だと存じますよ。」
「とにかく、イヤ。」
「それが通らないことは、お判りでしょう?」
「・・・・・・・・・・」
私は、あかねさんの不満を聞いていただけに、どうしても味方につい
てあげたい気がするけど、家族の問題に入るのは差し出がましい気がし
て、口をつぐんで様子を見ていることしかできなかった。
すると・・・
「すみません。今日偶然一緒にバーベキューをしていたものです。お話
のほうは耳に挟んでしまいました。こういってはなんすが、少し考える
時間をあげて見守ってはいかがですか?」
なんとお父さんが助け舟を出した。
「他人の口出しは無用。」
あら・・・怖いおじさんは取り付く島もない様子です。
「袖振り合うも他生の縁と申します。」
「ほう。ではその他生の縁に責任もとれると?」
「私が差し出口を挟んだことに対してならばとりますが。」
「よろしい。
私は旦那様より、今日お嬢様を連れ帰るよう命ぜられております。
だがもし、お嬢様がなににかえてもこれを拒否されるのならば、残
念ながら腕づくでというわけにはゆくまい。
しかし、お嬢様がそこまで言わずとも、貴殿が自分の口出しに対し
て責任を取るというのであれば、私は今日一日の猶予を旦那様にお
願いしよう。
ただし、それにはそれ相応の覚悟を示していただきたい。」
「相応の覚悟、とは?」
「実力を以て。」
お父さんの意外な一面を発見した。
このちょっとやくざ風の、でっかい二人組に正面からぶつかっています
よ。殺されちゃいますよ?
・・・なんて・・・。
不思議と全然心配にはならないんだよな~。
なんでだろう。
「実力ですか。では地面に倒れたほうが負け、というのでは?」
「それで結構。」
おお、なんかバトルが始まるみたい
この間の土井さんの話によれば、お父さんはただものではないらしい。
・・・たぶん。
なんだか私、ワクワクしちゃいます。
・・・って、そこは娘として心配しろよ!、わたし!(笑)
【回顧と対峙】
私の親は厳しかった。
だが、それを嫌だと思ったことはただの一度もない。
小さいころからまずは心身の鍛錬だと鍛えられた。
私も幼いながら物理的な強さとは、人が必要とするもののうち大切なも
のの一つであることと理解していた。
暴力は正義では決してない。
だが、多くの場面でその影響を色濃く受けてしまう。
それは法治国家であっても否定はできない。
幼くは苛めから、壮年に至ってもずっとつきまとうこととなる。
それが暴力の怖いところだ。
従って、男児たるもの強くあれ、と。
でなくては己が我を通すことすらままならぬ、と。
私が大学時代に柔道の選手権大会で優勝したのは単にこの恵まれた体が
故にではない。また、卒業後に拾ってもらい良くしていただいているの
も、こんな私を信頼してくれればこそであると自負している。
しかるに、目の前のこの男は私の実力を知ってか知らずか、体格差にし
て二回りも違う私を前にひょうひょうと立っている。
だが、私は相手が誰であろうと、決して油断などしない。
相対し男の顔をにらむ。
あまりのスキの多さに首をかしげたくなった。
まるで素人だ。
体も出来てはいない。
これでよく大見得を切っていられるものだと、正直不思議に思うが、
あえて気を引き締める。
こういう男こそ底が計り知れないものである、と。
そうして私は、この男の隙だらけの左手をつかみ引き込もうとした。
男の反応は全くなく、苦も無く倒した。
そう思った。
しかし、気づくと私は空を見上げていた。
相手をつかんだ手にも、地面に打ち付けたであろう背にも何も衝撃はな
い。
訳が分からないまま、どっと冷や汗が噴き出してくるのを感じた。
それは動物本能故の恐怖心であろうか。
【お父さんって・・・謎】
なんだか、最初から仕組まれたようにしか見えない勝負だった。
相手の大男が、お父さんの左手をつかんで、勝手にひっくり返った。
そうとしか見えなかった。
うーん、物理法則を無視している?
お父さんの体重は大体65㎏くらい。相手は100㎏とかありそう。
お父さんは特に力を加えているようには見えなかった。
だから、物理的にすごく不自然で、合理的に見ると相手が勝手にひっく
り返ったという感じ。
うーん。土井さんが言っていたのはこういう事なんだな、きっと。
こんなことを小1時間も続けられたら、そりゃものの見方も変わろうっ
てものでしょう。
相手の人はむっくり起き上がると、ただ黙ってこの場を後にした。
そんな波乱もあった一日が終わり、私と紗奏はお風呂に来ている。
「ねぇ梨桜―、梨桜のお父さんって、何かやってたの?」
紗奏が聞いてきた。
そりゃそうだよね、あれだけ目立ったから。
「ん?、ん~ん、何もやってなかったんだって。
ただ、小さいころに親戚のお坊さんに護身術習ったとか。」
「へー、合気道みたいなやつかな?
相手、勝手に転んでたよね?」
「そうとしか見えなかったよね~、
この間引っ越しの時に手伝ってくれたお父さんの幼馴染の人が警察署
長さんで、なんでもお父さんに稽古つけてもらったとか言ってたんだよ
ね~、
謎なのだよ。うちのお父様は。(笑)」
「警察署長に、稽古って・・・
それにうちのことに口添えして解決してくれたり、
うーーーーんっと、えーーーーっと、どこかの裏ボス?」
「ぷぷっ。しかも、その稽古つけたうちの一人が今年の何かの大会に出
るのだとかなんとか。警察柔道みたいなやつかな?詳しくないけど。」
「ひえーーーー、なんじゃそりゃ。」
「謎がいっぱいなのでございますよ。紗奏ちゃんや。」
「裏ボスだ、絶対。(笑)」
「そうそう、晩御飯6時半からだっけ~?」
「うん。楽しみだねー、あの二人も来るって言ってたよね?」
「うん。あの後のお父さんの一言が刺さったのかな。やっぱり。」
「『すれ違うか分かりあうかの境目は、
ほんの小さな最初の一歩だからね。』」
かー。でも、自分の好きな人を全否定はないよね、やっぱり。」
「う~ん・・・たとえば、全否定に足る人だったりするとか?
暴力ふるったり、ギャンブルやったり?
お見合いの話もしてたから、娘を渡したくないってのとは違う気
がするよね~。」
「あ、暴力って言えば、『DV彼氏から離れられない心理』、
ってテレビで見たことある!
1/20の法則っていうの!」
「1/20?なにそれ~?(笑)」
「なんでも、19回冷たくして、1回だけすごく優しくするのがたまらな
く相手を引き付けるらしいとかなんとか。」
「え~、19回も冷たくされる前に嫌いになりそう。
5回くらいでたぶん無理かも。(笑)」
そう。私はたぶん冷たくされるのには耐えられないと思う。
きっとやさしさに飢えているから。
【気になる事】
ゆっくりとお風呂を使い、部屋に戻ると本間さんはタブレットで何か
やっている。ちらっと除くと、本を読んでいるみたいだった。
浴衣を着ているから、もうお風呂は上がったんだろう。
「何読んでるんですか?」
「ん?『東京の砂漠』っていう小説。警察ものになるのかな。」
「あー!、いまドラマでやってるやつだ!」
「うん。この間たまたま見たのが途中でね。その時は恋愛ものだと思っ
ていたんだけど、ちょっと気になったもんだから買ってみた。
いいね、これ。」
「えー、結末は言わないでくださいね!、
これからいいところなんですから!」
「お風呂はゆっくりできた?」
「はい。おかげさまで。檜の香りが気持ちよかったです。
・・・ところで、
あかねさんのこと、どうするんですか?」
「ん?俺はどうもしないさ。時間が経てばたぶん本人が解決する。
ただ・・・そうだな~・・・
気になるのは、反発したままで相手のことを思う気持ちが失われると
悲しいな。それさえなければきっと大丈夫だろう。」
「でも、全否定されても好きなものはしょうが無いと思うんですけど。」
「うん。好きな気持ちはしょうが無い。ただ、反対している父親の気持
ちを理解しようとするのかしないのかはとっても大きい。
連れ戻しに来た人が言っていたのを覚えてるかな?
『すべてを捨てる気があるのならどうにもしない』
という意味のことを言ってたね。あれは、今回連れ戻す連れ戻さない
という意味だけじゃなく、すべてを捨てて彼氏を選ぶのなら、という
意味もあるんじゃないかと私は思った。
もちろん、本当にそうなったら親子の縁を切るだなんてことはしない
だろうけど、それだけの覚悟を持って反対している、ということは言
えるんじゃないかな?
だから、『なぜそれほど強く反対するのか?』って疑問がわくよね。」
「DVとか、ギャンブルとか?」
「あるいは、違法行為とかね。」
【日も落ちて】
「お邪魔しまーす。」
日もとっぷりと暮れ、あちこちで虫の音が聞こえだしたころ、あかねさ
んたちが遊びに来た。
昼間のことがあってから、晩御飯もご一緒にと申し出てきたのだ。
「 「 「 かんぱーい 」 」 」
「 「 かんぱーい 」 」
私と紗奏だけお茶、大人たちはみんなビールだ。
「今日はいろいろありがとうございました。」とあかねさん。
「い~え、どういたしまして。
いい気分転換になったかな?」
「はい。・・・とはっきりは言い切れませんが・・・」
「じゃぁ食事の前に一言だけ。
あなたが大好きなお父さんを、もう一回きちんと見てあげて。」
「・・・・・・・・・・。
はい。そうします。」
そんな、なんとなく重い感じのスタートではありましたが、
女子大生二人のコミュ力によりあっという間に場の空気は回復、
お父さんは、文字通り四方からお酒を注がれてハーレム状態?
しかも、お姉さん二人は胸元が緩いです!
とっても危険です!
私はハラハラしながら見ていたけど、当のお父さんときたら、どこ
吹く風のような顔でのんびり話に相槌を打っているのでありました。
そして夜も更け・・・、私と紗奏は隣の部屋へ。
「梨桜のお父さんって、揺るがないねー」
「あはは。だねぇ~
女子大生おそるべし。それに小動もしないとは、ああいう人を朴念仁
っていうのですよ、紗奏さん。」
「あれあれー、梨桜さんは、お父さんにJDの魅力に負けてほしかった
のかなー?」
「お父さんは私が一番だから、平気です~。(笑)
って、あのね。会社に凄い美人がいるんだよ。
しかもその人、お父さんのことが好きらしいんだけど、振っちゃった
とか。」
「えーーー!、なにそれ!
・・・でも、くっついちゃうと実際困るよね。」
「そうなったら、私、家出します!
泊めてね~、紗奏。(笑)」
「おーよしよし、その時はうちの子になりなさい。(笑)
あ、でも、梨桜のほうが誕生日先だからお姉ちゃんだ、甘えさせてね。」
「あはは。(笑) よしよし~」
(私は隣に手を伸ばして紗奏の頭をなでてあげた。)
紗奏も誘って本当によかった。
この前電話して来た時は何かが切れちゃったような声で、ほんとに心配
だったから。
最近は、穏やかに景気が伸びてるっていうけど、それでも潰れちゃう
とこもあるんだ。
お父さんがどうやって口添えしたかは、聞かれたくなさそうなので触
れていない。
きっとそのほうがいいのだ。
お給料はこの間見せてもらったけど、ちょっと多いかなくらいで、そ
んなに特別高いわけでもなかった。部屋も私のためにあっさり引っ越す
ことにしたのだけど、その金額を見てびっくりした何でもんじゃない。
今の部屋との差額が4千万円、それをキャッシュで。
①宝くじが当たった。
②イケナイビジネスをしている。
③実は実家がお金持ち。
④実はいっぱい特許を持っている。
・・・etc
わたし的には④がアヤシイと思うんだよね。
ミステリアスなお父さんに似合いそうな理由だ。
隣を見ると、紗奏はもう眠ってしまったようで静かな寝息を立ててい
る。
思いもよらない偶然から、こんな短い期間でこんなに仲良くなれてよか
った。
(なでなで・・・)
少しは昔の恩が返せているといいんだけど・・・。
【用心棒来襲?】
旅行から帰り、お父さんにはいつもの日常が戻ってきた。
私は今まで放っておいた課題をやっている。
今までなら、休みに入ると嫌なことはまず終わらせていたのだけど、今
年はいろいろせわしなくて何にもできなかったのだ。
「う~ん・・・」
一つ伸びをして、そろそろお昼にしようと立ち上がる。
『リリーン、リリーン・・・』
するとまるでそれを待っていたかのように呼び鈴が鳴る。
こんな平日の真昼間から家を訪ねてくるなんて、どこの押し売りか勧誘
だろう?
な~んて思いながら返事をする。
「ハイ、本間です。」
「今日は、先日はお世話になりました。龍海と申します。」
キャー、キャー、お父さーん!、大変なことになりましたー!
私は心の中で絶叫した。
「ハイ、この間はとんだご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
とりあえず、謝っとこう。うん。それが無難だ。
「いえこちらこそ。それでお父さんはおいでですか?」
「いえ、仕事に出かけていまして、いつもなら6時半には帰ってきます
が。」
「さようですか。ではまた後程。」
そういうと引き上げていったようだ。
これはとりあえず、お父さんにLineしておこう。
たった1日で家の住所まで調べ上げるとはただものではない!
な~んて。
・・・あんまり怒っている風ではなかったけど大丈夫かな。
お父さんからは『心配はいらないと思うが、一応外出は控えるように』
って返事が来た。
うんうん。『君子危うきに近寄らず』ってやつですね!
今日はおとなしく課題を終わらせることにします!
そして日も落ちて・・・
「ただいま。」
お父さんが帰ってきた。時計を見るともう6時半になろうとしている。
「おかえりなさ~い。
相手の人には、6時半ころには帰るって伝えたから、もう来るかも。」
「うん。ありがとう。心配いらないからね。」
今日は私が晩御飯を作った。お味噌汁と、焼き魚と卵焼きとほうれん
草のお浸し。まぁ、ごく普通の晩御飯だけど、焼き加減もゆで加減も悪
くないはずだ。ご飯は炊くときにはちみつを入れると綺麗に炊き上がる
って教えてもらったので入れてみた。
ひょっとしたら、あかねさんちの用心棒さんが来るかもしれないと思っ
て、ご飯は3人分。
うん。私ってできる奥さんね。
おっと、できる娘さんだ。(笑)
なんて一人ボケ突っ込みをしていると、呼び鈴が鳴りそのまま玄関まで。
「こんばんは。突然の訪問、ご容赦願いたい。」
「こんばんは。いえいえ、まぁどうぞ中へ。」
龍海さんはちょっと思案顔をしたけど、『それでは失礼します』と言って
家へ上がる。
私はお茶とお茶菓子を用意して、テーブルに出し、何食わぬ顔でお父さ
んの横に座った。
「まずは、この間のお礼を旦那様から言付かってまいりました。
『本来は、自分が直接うかがうところを失礼するが、
娘の件では大変お世話になった。』
そう申しておりました。
あの後お二人で話をされ、一度ゆっくりお相手を交えて話をされる
こととなりました。
私からも重ねてお礼を申します。
ただ、・・・いえ、これ以上は控えておきます。」
「いえ、とんでもない、私は何一つしていない。
あかねさんが自分から歩み寄られた、そういう事なのでしょう。
お互い最初の一歩さえ出れば、あとは自ずと道は見えてくるかと。
さて、せっかくいらしたのです。
ちょうど娘が晩飯を作りましたので、良かったら一緒に食べません
か?」
「むぅ・・・」
龍海さんはほんの僅か思案し、そして「ではごちそうになります。」
そう言った。
私はきっとこの間のことが出てくると思ったのだけれど、龍海さんか
らはそれについては一言もなく、もっぱら政治経済などについてしゃべ
っていた。
あかねさんの彼氏について、なぜそんなに反対だったのか聞いてみたい
気がしたけれど、さっき言葉を止めていたので聞かないでおこう・・・
そう思った。
この先、私に好きな人が出来てそれがとんでもなくだらしないような人
だったら、お父さんもやっぱり反対するのかな?
・・・大事な人の幸せを願うのは単にその人の気持ちを大事にすること
なのか、それとも先々幸せでいられるのかを考える事なのか。
・・・今の私にはちょっと答えが出せそうもない。
ただ、きっと大人の人は『未来』に重点を置いて考えるのだ。
そして、私たち若い子は『今』を一番大事にしたいのだ。
「今日はごちそうになりました。後日こちらへもお越し頂けることを
楽しみにしています。」
「ええ、また飲みたいですね。
そうそう、御嬢さんの事ですが、言いにくいと思うことほど正直にお
伝えしたほうが良いのではないかと私は思います。深くはお聞きしま
せんが。」
「・・・貴殿は怖い方だ。すべて見通しておられるように話される。
先日の私の意図も見抜かれているようだ。
貴殿の言葉は、しっかと旦那様へお伝えする。
それでは。」
そういうと、龍海さんは帰って行った。
私はそっとお父さんを見上げる。
「ねぇ。お父さんは何か気づいたの?」
「ん?いや・・・一般論を伝えただけだよ。
自分がいやだな、困ったな、そういうことほど相手や周りに伝えたほう
がいい結果になるものなんだ。ただ、上司、先生、周りが真剣に耳を傾
けてくれないと意味がないけどな。」
「ふ~ん。で、あかねさんの場合はどんな困ったことがあると思うの?」
「あくまでも一般論として言うよ。
娘さんをとっても大事に思うお父さんがいる。
そして娘さんに彼氏ができた。当然気になる。
立派なお家で十分なお金とつてがあるなら、素行の調査は難しくない。
その結果あまりよくない事実が見つかったとする。
そういう明白な理由があるから、強く反対をする。
ただし、そういうことをしたことも、素行の内容も大事な娘に言うの
は躊躇われる。
・・・今ある情報で一番蓋然性の高いのはそういったところかな。
だから、龍海さんが言いかけて言葉を止めたのは、きっと父親として
は譲れない部分が彼氏にはある、と言う事なんだろう。
素行調査なんかは財閥とかじゃなくても、素性を気にするところは調
べるものなんだ。
それから、その内容を示して『お前の大事な奴はこんなやつなんだ』
なんて問い詰めるのもドラマの中だけのことで、大事な人に対してな
かなかできるもんじゃないし、仮に言ったとしても本人に届くとは思
えない。
なにせ、感情というのは理屈なんか簡単に飛び越えていくからね。」
「お父さんは、私にそういうダメな彼氏ができたら、やっぱり反対する?」
「反対する。」
「ん~~。ほ~んとかな~???
私が泣いて頼んでも~???」
「・・・困ったな。お前に泣かれたらそりゃかなわんだろうな。」
「だいすき!」
私は『がばっ』とお父さんに抱きついた。
・・・やっぱり私はなんだかいけない子だな~。
【私は変わったのか?】
一泊二日の海水浴&温泉旅行は梨桜に大いに喜んでもらえたようだ。
友達の紗奏も誘いたいとのことで、一緒に行ったが、親子二人で行くよ
りよほどよかったと思う。
それにしても・・・と、隣で静かに寝息を立てる娘の頭を撫でながら思
う。
『ずいぶん明るくなった。』
しかし、引っ越して自分の部屋ができてからも、ほとんど毎日こうして
ベッドにもぐりこんでくる。いくらでも甘やかしてやりたいが、さすが
に少し心配になってくる。
(母親の死があまりに大きく影を落としているのではないかと。)
杞憂であればよいのだが・・・。
さてと、最近の自分ことについて考える。
ここのところ会社の若いのに『変わりましたね』、と言われる。自分では
全く意識していないのだが、『壁がなくなって話しやすくなった。』との
ことだ。
事実、課内の報連相は以前より早くスムーズでぬけが無い。それが効率
に表れており、エラーやバグの類、設計時のミスなども少なく感じる。
全体として生産性が上がっているのは実に良い事だ。
私が変わったのだとするなら、それはこの子のおかげなんだろうと思
う。
先の旅行の折、女子大生の家庭の問題に首を突っ込んでしまったのは、
以前の私であればいかにも『らしくない』。
私は他人に対して何か関与する場合には、
『それが間違いなくプラスになると言えるのか。』または、
『相手との関係性において踏み込める範囲なのかどうか。』
を判断して相手の領域に踏み込んできた。
今回の相手で言えば、明らかに踏み込みすぎだっただろう。
しかし、二人のやり取りやしぐさを見るに、放っておけない気になって
しまったのだ。
龍海さんの彼女を見る目は、優しさに満ちており、言葉こそ強くなって
はいたがそれは彼女の為を心底思えばこそであるように感じられた。
一方、彼女のほうは、どうも『拗ねている』だけように見受けられ、
『大好きな人から理解されなくて腹が立っている』
というように感じたのだ。
そうであるなら、ほんの少し頭を冷やしてもらって、
父親の気持ちを察することができれば、
少なくとも拗れることはないのではないか。
実際、彼女がああして海に遊びに来ていたのもそういう自分を分かって
いたからなのではないのか?
だから私は彼女に時間を上げたかったのだ。
なんにせよ、お互いが腹を割って良い結果になってくれればと思った。
おそらく大変なのはこれからなのだろうが、それでも良い方向へは向
かったようでほっとする。
それにしても、彼女たちが『先輩に見せる』とか言い、スマホで写真
を撮っていたのだが、私はともかく中学生の子供たちはちょっと危険な
気がした。
・・・
考えすぎだろうか・・・。
と、・・・
『ブーーン、ブーーーン』
バイブにしてあるスマホが震えた。こんな時間に誰だろう?
・・・メッセージはLineで、相手はなんと会社の芹野だった。
『こんばんは。先週末はごゆっくりできたみたいですね。
できれば私もご一緒したかったです。o(^v^)o』
そして、その添付画像には楽しそうに飲む5人の姿が映っていた。
(なんてこの世は狭いんだ・・・)
そう思わずにはいられなかった。
ほんわかと読んでいただけたなら幸いです。