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ああ、空っぽって言うのは言い過ぎだろうな。きっと俺が気づいてないだけなんだ。そこにあるものを。でも、俺がそいつを認識できないんなら、それはないのと同じじゃないか?
どっちにしても、俺にはものを誇張して言う癖がある。物書きがよくそうするみたいに。嘘・・・あるいは、嘘つきって言われても否定できないかもしれない。俺はよく、本当じゃないことを言う。それも、自分でそうしてるつもりは全然ないのに。虚言癖に近いかもしれないな。でも、それとは本質的に違う気もする。なんでかって、俺がしゃべってるときは、さっきも言ったとおり、何も論理的なことを考えられないんだ。でも、人と話してる時に、返事を思いつくまでじっくり考えてる暇はないだろ。だから、思いついたことを片っ端からしゃべってるだけなんだ、俺は。今だってそうかもしれない。で、話し終わった後に、俺が言ったことは本当なんだろうか、って、自分で悩んでるんだ。要するに、嘘というか、デタラメなんだ、俺が普段喋ってるのは。よく今までまともに生きてこられたな、って感じだけどさ、不思議とそれで何とかなってきたんだ。まあ、そういうデタラメに気づけるほど俺に深く関わった奴なんてほとんどいないし、俺だって極力口を慎んできたってのもある。それに、頭のよく回る人間ってのは、それだけ嘘をつき通すのも上手いから。
でも、俺はこの頃こう考えるようになった。俺には最初から、”本当”ってものがないんじゃないか、って。そうなのだとしたら、俺の言葉には一つも嘘がないことになる。
俺がいて、俺の言葉があるんじゃなくて、言葉があって、その言葉通りの俺がいるんだとしたら?
そう考え始めると、俺の目の前は真っ暗になるんだ。たとえばーたとえば、俺が、自分のことを怠惰な人間だと言えば、俺はその通り怠惰になるんじゃないか? 逆に、自分が綺麗好きだと口走れば、自分でもそう思いこんで、それらしく振る舞い始めるんじゃないか?
もっと突き詰めて、たとえば、俺が誰かのことを好きだと思ったとして、それは本当に俺の内側から理由づけられたものじゃなくて、ただ、どこかで何かの掛け違いが起こって、一度そうだと思いこんだものが、言葉と理性で塗り固められただけかもしれないとしたら?
こういう風に考えるのが馬鹿げてるってのは、俺にだって分かる。でも、俺には、その可能性を否定できるだけの自信がないんだ。その反証は簡単なはずなんだ。本当の自分を見つけだして、そいつに確かめるだけでいい。だのに、そいつが見つからないんだよ。
俺はどういう基準でものを考えてる? 俺はこんなときどう思う? 俺は何を求めている?
そういう問いに、いくら考えても答えが出せない。当たり前さ、いつだって、そういうことを考えないといけないとき、俺はずっと、直感だけを頼りにしてきたんだから。ここまでくると自分でもよく分からない。俺は神様を信じてないのに、直感は信じてるんだ。理由もなく。いや、多分理由はある。結局は宗教と同じで、自分に責任を持たせたくないからなんだ。俺が決めたことじゃなくて、俺の直感が決めたってことにすれば、失敗したって、少しも傷つかない。後は、どんな結果にも満足できるだけの寛容さがあれば完璧って訳だ。進歩のないかわりに、反省もしなくていい。で、残念なことに、俺にはそれがある。
俺はきっと、原始の、貧富の差さえなかった時代に生まれてれば、幸福だっただろうね。実際、みんながみんなそうだったなら、争いなんてこの世からなくなるだろう。
分かってる。そんなのは馬鹿げてる。少なくとも、そうやってぬるま湯に浸かってきた結果が、今の俺なんだ。
俺は、あの頃から何も成長してないんだ。一人で訳もなくぐずぐず泣きじゃくってたあの頃から、何も。俺が泣かなくなったのは、強くなったからでも、涙が涸れるほど泣いたからでもない。ただ、逃げる方法を身につけてきただけなんだ。俺の存在が否定されないように。直そうと思えば、いつだって直せたはずだ。もちろん、楽器の吹き方を覚え直すよりは難しいだろうけれど。逃げずにふんばろうと思えばできたはずなのに。
はぁ。俺は、こう見えてプライドが高いんだぜ。異常なぐらい。まあ、あれだけ勝ち負けに執着がないって言ったんだから、変な話だけどさ。でも、別に矛盾はしてない。俺のプライドは、勝負に負けても損なわれないってだけのことだから。ただの見栄かもしれないけど、自分が間違ってるのを人に知られるのが一番嫌いなんだ。いや、そこまで単純な話しでもないんだけど。自分で間違ってるのに気づくのは一向に構わないのに、そのことを人に晒すのは耐えられない。俺のことを普段何とも思ってない連中に、「いつもはできてるのに」とか「そんなイメージじゃなかった」とか言われるのが一番嫌だ。
理由は簡単だよ。だって、そういうぼんやりしたイメージが、俺のすべてなんだから。”よくは知らないけど、勉強ができて、運動もできて、なんとなくいい人”っていう人物像に拘るしか、俺が人に受け入れられる術はなかったんだから。そんな馬鹿げたものが本当の俺じゃないってのは分かり切ってても、それ以外は見つけられないんだからしょうがない。
俺の中に何かが残ってるとしたら、そのほとんどは、そういう、実体のないものへの虚栄心だけなのかもしれない。プライドも虚栄心も、同じようなものさ。自分の外側に身を預けられるものがない奴は、あるいは、独りだけでも真っ直ぐ立っていられるだけの自分がないやつは、そいつにしがみつくしかないんだ。
そいつに身を任せっきりになったとき、後戻りはできなくなる。




