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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
2月末
39/95

思いがけないこと

 結論から言うと、タイムマシンは実用化されない。少なくとも、将来の僕らがそれを使えるようになるほどには。それが、昨晩金森と数時間夜空を眺め続けた結果だ。夜空は流れ星ほどの瞬きをも見せず、忍び込んだ校庭には何もやって来なかった。それはそれで僕としては一安心なのだが、どうも金森は納得していないようだった。多少の誤差がどうのこうのと言って食い下がるあたりは、あるいは物理学者の適正があるのかもしれない。そんな危なっかしい物なら将来の自分たちには使って欲しくないと思う僕には、たぶんない。

 もちろん、僕らは何もせずに校庭の端で体育座りをしていたわけではない。思いがけず得られたこともないではなかったが、しかしそれは今書くべきことではないだろう。これはまだ、朝の物語なのだ。たとえ、朝が終わってしまっていたとしても。いずれ、書くべき時が来る。書くべきことは他にたくさんあるのだ。



「よう、シノちゃん」

 午前7時35分、教室を出ようとしたとき、廊下の奥から花田の声が聞こえてきた。僕は、声を出すでもなく、小さく頷いてそれに応える。こうして彼に、決して快くはない呼び方をされるのも、久しぶりのような気がした。実際、彼はここのところ、野球部の朝練がない日も朝早くには来ないようになっていた。

「今日は早いんだな」

 どうせ話し始めれば長くなるのだから、そのまま振り切ってもよかったのだが。

「おぅ。なんとなく、早く来たかったからよー」

 例のごとく、彼の行動には筋の通った理由がないのである。そもそも、僕がこうしてこの時間にここにいることにだって、おそらくたいした理由はないのだ。自分にないものを人には望めない。いわんやゴリラにをや。

 それとはまた別だが、今日の花田にはどこか、口調だとか歩き方だとかの端々に、その野性味に欠けるような気がした。早い話が、いつもの勢いみたいなものが感じられない。二言三言交わしただけでそうと分かるのも妙な話だが、僕がそう感じるのなら間違いはないだろう。なにかしら、普段の彼にまとわりついているいろいろなものが、やけにこざっぱりとしているような気がする。

「ん、何かあったのかい。ずいぶん雰囲気が人間らしいんだけれど」

 もちろん冗談のつもりで言ったことだったが、それにも彼はフンと鼻で笑っただけで、受け慣れた手応えが返ってこない。これは、よほど大事のようだ。彼は、いくらテストで赤点を取ったって、こんな風には微塵もならない(いや、もしかしたらそういうのはある種の人にとって実に大したことでないのかもしれない)。

「ああ、昨日練習で腰やっちまったから、今日はお前にちょっかいかけらんねーわ」

 そう言いながら、花田は教室の戸の前に突っ立った僕を通り越しざまに、左手で僕の頭をパンパンと二度叩いた。なぜだか、僕は一瞬の間だけ、ひどく馬鹿げた気分になった。そういうことに対する返事なんて、彼用にはこれっぽっちも準備していなかった。

「やっちまったって、そんなに悪いのか」

「いや、前から軽いヘルニアがあったからな。それがぶり返しただけだっての。今はコルセット巻いてるから、邪魔でしょうがねーわ」

 彼が自分の席に降ろした荷物は、いつもの野球部バッグでなくて、こじんまりとした手提げかばんだった。太い掌に掴まれたそれが、やけに不相応に見えたし、実際にそれは不相応だった。もし普段からそれで事足りたとしても、それは彼の所有物たるべき重要な何かに欠けている。

「どれくらいでよくなるんだ」

「ん、まあ、この程度ならそのうち直るって」

 花田はそのまま体の向きを変えて、やはり行くあてを失ってその場に突っ立っている僕の横を通り過ぎる。

「ん、保健室か」

「おう」

「付き添いはいらないのかい」

「ああ、じゃあ頼むわ」

 そうして、僕は花田の横に並んで保健室へ向かった。別に僕にも用事はあったが、それは単にちょっとした確認がしたいというだけだった。今でなくてもいつでもできるようなことだ。それに、この様子なら今回は置いてけぼりを食らうこともあるまい。


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