17のこと
「じゃあ、ヒロは今何を考えているんだ」
僕は聞いた。金森が、普段何事も起こっていないときに何を考えているのかは、僕にとって長らくの謎である。不意にそのことを彼へ聞いてみたことも何度かあったが、そのたびに彼は、くだらない冗談を言うときと同じ顔をして、「何も考えてない」と話の腰を折る。確かに、時には本当に何も考えていないかもしれないし、当然人の頭のつくりなんていうのは想像してみるだけ無駄ではあるけれど、少なくとも僕のそれよりかは複雑なはずだ。もしそうでないのなら、彼はとんだペテン師である。
「そうだなあ、何も考えてない、って言いたいところだが、ついさっきからちょっと考えてることがある」
「へえ?」
思わず会話が一歩深くに入り込んで、つい不本意な声が出る。彼が「ある」と言ったからには、それについて話すつもりなのだ。
「まあ、たいしたことじゃないだろうけどさ、未来のことを」
「未来?」
「そう。SF的な意味じゃなくて、十年後とか、そういう具体的な範囲で」
そう言う金森の口調は、明らかにそれまでとは変わって、むしろ過去を回想するような声になっていた。彼自身もそのことを間が悪く感じたのか、こちらから顔を背けて、雨の降りしきる窓の方へ、上半身ごと右向け右をしてしまった。
「でも、なんでまた」
「さあ。いつだって、何かを考え始めるきっかけは分からないものだから。とにかく、例えば十年後には、俺は二十七で、おまえも二十七だ。おそらく―」
彼は、その続きを言い淀み、結局口にはしなかった。彼は案外言霊というやつを信じている。
「まあ、とにかく十年後に俺たちが二十七だったとして、たとえば、その二十七の俺は、十年前のことを思い出したりするか、とか」
「ずいぶん斜なことを考えるね。普通、その時の自分が何をしているか、とかを考えると思うんだけど」
「そうかもしれないが、俺は違う。俺は、考えてもしょうがないことは考えないんだ。そういうことに関しては。だから、十年後に自分がどうなってるかっていうのは、むしろ願望だよ。十年後の自分には、今、十七の自分を思い出して欲しい。自分のことを最後まで覚えていてやれるのは、自分しかいないから」
少しの間、窓を叩く雨の音が小さくなった。その代わりに、風が窓ガラスをたたきつけ、ミシミシという音を立てさせた。空の色は相変わらず灰色に沈んでいるが、おそらくこれは不適切である。あるいは、適切でないのは向こうではないかもしれない。
「君が自分のことを忘れた時には、僕が思い出させてあげるよ」
できるだけ、冗談に聞こえるように言った。金森も、いつも僕の冗談に切り返すときのように、口を歪めながら笑う。
「そいつはありがたいね。でも無理だな。自分の記憶は、自分の頭の中にしかないんだからさ。カズも人の心配より、自分のことを考えた方がいいぜ」
「はは、確かにそうかもしれない。でも、誰だって全部のことを覚えていたい訳じゃない。みんながみんな君みたいな果報者じゃないんだ」
「間違いないな。だけど、別に俺は、いいことだけ覚えていたいわけじゃない。これは教訓だよ。それに、十七っていうのは俺にとって特別なんだ」
「へえ、それは初めて聞いたね。どうしてさ。まさか、素数だから、みたいな理由じゃないだろうね」
金森は、その理由を答えるのに、うむと大儀そうな息を吐き、手を組んで考え込んだ。また、いつものようにそれも直感的なことなのだろうか。
「言われてみれば、割り切れない数字っていうのはかえって収まりがいいかもしれない。ただ、理由はどうあれ、なんて言うかな、かけがえがないというかさ……」
「要するに、特別なわけだ」
「そういうこと。噛み砕いては言えないけど、十八から二十までは一続きで在るような気がするし、十二から十六までは、十五がピークの山道のような気がする。でも、十七はどっちの始点でもないし、終点でもないんだ。ここだけ、どこか違う世界の時間の流れみたいに、独立してる。少なくとも、俺にとっては。……分かるか?」
今度腕組みをして考え込まなければいけないのは僕の番だった。金森の言うことや書くことは、時々分かるようで分からない。その上、彼の考えは無条件で間違ってないように思えるから質が悪い。
「正直なところ、よく分からないね。僕からしてみれば、どの歳もかけがえのないものだと思うけど。それとも、あれかい、君は閏年みたいなものだって言ってるのか?」
金森の返事には、一々間が空いた。その間を甲斐甲斐しく埋めるように、朝は騒々しさを増していくようだった。
「まあ、少なくとも外見は似てるんじゃないか。両方とも。特別な感じはするし、二十九は素数だし」
「なるほど」
半ば当てずっぽうで口走ったそれが、案外に的を射ていたことに、自分ながら感心する。あるいは、それは何か意味があることなのかもしれない。
「でも、今年の二月は二十八日で終わる」
「ところで、ちょっと前に思いついたことがある」
点呼の時間が近くなって、“倉庫”に鍵をかけて出ようというときに、金森は言った。
「なんだい」
「どうでもいいことかもしれないけどさ、人類はタイムマシンを実用化できるかどうかの確かめ方が分かったんだ」
何かと思って彼を見ると、彼は意外にも大まじめな顔をしている。
「へえ、確かにどうでもいいことだね。次の小説はSFかい?」
「いや、何、簡単な話さ。将来タイムマシンが実用化されたら何年の何月何日のどこに戻るっていうのを予め決めておけばいいんだ。あとはその日にその場で待つだけでいい」
「なるほど」
僕は、ガチャリ、と音をさせて、戸の鍵をかけた。そうして職員室に鍵を返しに行くために、歩き出そうとした僕の目の前に、金森はくるりと身を翻して立ちはだかった。
「あと、もう一つ。今夜は空いてるか?」




