役割のこと
投稿時にサブタイトルを間違えて表示していたので訂正しました。他意はありません。
“倉庫”の鍵は開いていた。誰が開けたのかは分からないが、たぶん生徒会の誰かだろう。電気は消えているが、少し前まで誰かが中にいたような気配がする。無論、常時あらゆるものが散らかっているこの部屋なら、いつ泥棒が入ったと言われても納得するだろうし、あるいは誰かが侵入したことさえ気づかないかもしれないが。
もはや、何とも言えないほこりっぽさと戸を開くときのがたがたという音は、この部屋のアイデンティティの一部となってしまっている。殊に今日のような雨の日には、木製の戸板が湿気を存分に吸って膨張するせいで、いっそう動かしづらくなる。じっとりとした空気は言わずもがなだ。僕が戸を開けると、金森が横を通って先に中に入り、部屋の照明を点けた。この時期―二月の終わりから三月の上旬にかけては、春の文化祭の準備のために、生徒会もその他の委員会も忙しく、彼らはこの部屋を書類置き場のごとく使う。そのせいで、明かりに照らされた部屋の中はぞんざいな状態になっていた。一応ここは正式な小説同好会の部室なのだから、文句の一つぐらい言ってもいいようなものだが、そもそも小説同好会自体、その春の文化祭で配布する同好会誌を制作するためにこの部屋を散らかしているのだから、あまり大きなことは言えない。
「まったく、いつ来ても汚いな、ここは」
金森は、そうぼやきながら、床に落ちて散らばっている書類やらコピー用紙の切れ端やらを手で拾い上げ、近くの棚の上に乗せる作業を何度か繰り返す。彼とこの部屋に来たときには、いつも目にする光景である。
「終業式の前には掃除しないといけないな」
そう言ってはみたが、そこまで本気ではない。そもそも、この部屋のがらくたの大半を占めているのは生徒会の物なのだから、こっちが勝手に裁量していいものはほとんどないのだ。掃き掃除だけするにしても、いちいちどかした物を一々元に戻さないといけないのは面倒だ。
「鍵が開いてたってことは、そのうち誰かが閉めに来るんだろうね」
「たぶん」
「そのときに俺たちがいたら、変な風に見られないかな」
「さあ。部誌の準備だって言えばいいでしょ」
どこか白々しい言葉を交わしつつ、僕らは小説同好会の指定席にそれぞれ移動する。僕は部屋の真ん中に置かれた机の上に、金森は窓の下に置かれた背の低いロッカーの角に腰掛ける。するとちょうど、二人の顔は一間ほど挟んで向かい合う。何をするでもなく世話話をするときの定位置だ。
「部誌の準備か。よく考えてみればもうあんまり余裕がないんだな」
「だから、この前から僕は原稿の修正を催促してただろ」
部誌に載せる原稿は、これまでに金森が書きためたものの中からいくつかを選べば事足りる。だから、その選んだ文章を見苦しくないように手入れすればそれでいいのだが、金森は一度書き終わった文章になかなか手を付けたがらない質であるからして、その作業はずるずると滞っていた。
「今週のうちには終わらせる」
金森は、少しうつむいたままぽつりと呟いた。それがこの場しのぎだというのは請け合いだが、彼の口約束がいいかげんなのは今に始まったことではない。まあ、こまめに尻をつついていれば間に合わせてくれるだろう。
「そう言えば、君は、君の言う“何か違うもの”を書いてるのかい?」
そう問いかけられて、金森は一度僕の目をちらりと見、それからまた視線を下に落とす。
「いや、まだ頭にぼんやりと浮かんでるだけだ。まだ主人公も分からないし、放っておいても動き出してくれそうにない」
「ふうん。まあ、普通はそういうものだと思うけど。でも、まだそっちが書き始められないっていうなら、こっちの物語の続きを書いてくれてもいいんじゃないか。やっぱり僕には荷が重いよ」
しばらくの間、答えはなかった。誰かがこの部屋を訪れる気配もなく、ただ、金森の後ろの窓を、小粒の雨がカタカタ叩き続けている。彼の表情は、僕の鳩尾のあたりを見下ろしたまま動かない。
「それはもうだめだ。その物語は俺の中じゃもう終わってるんだから。俺の頭の中にはもう誰もいないんだ。そいつらが今いるのは、君の目の前だけなんだ」
「はぐらかすなよ。まあ、もうその気がないっていうのは分かったけどさ。でも、ヒロだってこれまでもこれからも僕の目の前にいるうちの一人なんだからさ……なんて言うかな、少しぐらい力を貸してくれたっていいだろう。仮にも君が始めた話なんだし」
すると金森は、僅かに顔を上げて、にやりと僕の顔を見返した。
「ああ、最初からそうするつもりだぜ。なんせ、今じゃ俺もワンオブゼムだからな。でも、だからこそ俺は、君の物語の一部として動かないといけない。いや、別に筋書きが分かってるわけじゃないが、俺にもそのうち何かが起こって、何かをすることになるのさ。そのときに話はまた一歩先へ進む」
「……ずいぶんと臭い言い回しだね。そのセリフも君の役割ってことかい?」
「さあ。思いついたことをそのまま言っているだけのつもりだけど、どうだろう。ま、そんなことは考えたってしょうがないぜ。他に考えることはたくさんある」




