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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
2月末
36/95

罰のこと

「篠原君おはよー」

「……えっと?」


 金森の教室に入った途端、朗らかに耳へ飛び込んできた椎名さんの声に、少なからず困惑させられる。教室に通学バッグだけ置いてあると思ったら、金森のところへ来ていたのか。と、安直に状況を把握しようとした僕を、さらに混乱させる光景が待ち受けていた。


「あー、えっと、高原……君?」

「あ、ど、どうも」


 金森の隣の席で、椎名さんと向かい合って座っていた高原が、実におっかなびっくりというような調子でこちらを見返す。彼と直接口を利くのはこれが初めて(その割には、椎名さんにいろいろと吹き込まれているせいで、何かと彼のことは知っている)だ。そんなことよりも問題は、どうしてこのカップルがわざわざ金森の席の隣で向き合っているのかということだ。もちろん、二人とも金森のクラスメイトですらない。当の金森は、僕に向かって、二人の頭越しにSOSの目を発信していた。

 ようやく、金森から来た「ちょっと来てくれ」のメールの意味は分かった。


「で、どうして二人がお揃いでここに?」

「さあ、何ででしょうねー」

 椎名さんは、しらじらしくもったいぶったような声で言いながら、所在なさげにいすの上ですくんでいる高原に視線をやる。そうされると高原はいっそう体をしどろもどろさせた。

「い、いや、それはこっちが聞きたいよ」

「はあ」

 どうもこれは埒が開きそうにない。元凶の所在は一つしかありえないが……

「そういえば、昨日が誕生日だったらしいね。おめでとう」

 そう言いながら、昨日椎名さんにもらったにんじんケーキの風味を思い出す。

「え? ああ、ありがとう」

 やはり高原はおどおどとした口調で答える。見た様子だけでは、彼が自分や金森よりも昨日で年上になったとは思えない。まあ、そもそも誕生日なんてそういう意味合いのものではないし、そういう風に見えても吹奏楽部の部長だったり、文化祭にはバンドを組んで出てたりと、僕なんかとくらべればよっぽど高校生らしい充実した学生生活を送っている(と聞いている)。僕と高校生らしさを比べてもはなから意味がないかもしれないが。むしろ、こうも彼がおどおどしているのがおかしいのだ。たぶん。僕は彼の普段を知らない。


 僕の質問がすべて曖昧にぼかされたまま流れてしまうと、椎名さんと高原は何事もなかったかのように話し始めた。話の内容は聞いてもよく分からないが、椎名さんの言葉を受ける高原の反応は、全くもって例のごとくである。あるいは、少なからずそれが素なのかもしれない。もちろんそんなことはどうでもよかった。僕は、終始無言で二人の会話を傍観している金森を引っ張って、教室の外に連れ出す。その間も二人は意に介さないという風に顔をつきあわせていた。



「なあ、結局どういう経緯でああなったんだ」

 件のカップルに話し声が聞こえないぐらい教室を離れた廊下の隅で、金森に問い質す。彼は、この世の不条理を一身に背負ったような表情で答えた。

「さあ。俺が知ってるのは、先に俺の席に向かい合うように椎名さんが座ってきて、例のなんとか関係の参考情報を事細かに聞かされてたところに、当の生き証人がやってきたんだ。申し合わせたってわけじゃないだろうけど、それからずっとあの調子だよ」

 やれやれと彼はため息をつく。これには同情を禁じ得ない。あのカップルが二人で申し合わせてやってきたのじゃないのだとすれば、おおよそ、高原は椎名さんが金森を攻め倒そうとしているのが心配になってやって来たか、そのなんとか関係が洗いざらい暴露されてしまうのが心配になったか、素直に考えればそんなところだろう。もしそうだとしたら、彼のとった行動は正解と言えば正解だし、はた迷惑と言えばそれも間違いない。

「で、いたたまれなくなって僕を呼び出した、って訳か」

「そんなところだ。自分のクラスなのに、こっちが気を遣って出て行くのも変だし」

 確かに。

「ま、ああやって押しかけてきてくれるのは嬉しいんだけどさ」

「そうかい? はたから見ればとんだ災難だけど」

「そうかもしれないが、わざわざたいして面白いことがあるわけでもないのに来てくれてるんだから、本当なら熱いお茶でも出さないといけないのかもしれない」

「……正直なところ、君の意見には一理もない気がする」

 金森は、どこかくたびれた様子でだらりと壁に寄りかかる。彼が背にした窓の外では、春先の冷たい雨が降りしきっている。

「いいんだ。何でも。俺はああいうのが嫌ってわけじゃないし。向こうだって、そのうち飽きるだろう」

「ずいぶん人任せだね。たぶん損してるよ、君は」

「間違いない。でも、それで損しようが困ったことになろうが、天罰みたいなもんだと考えればいい」

「天罰?」

「要するに、全部の責任は俺にあるんだし、損をしただけ失わずにすむものだってあったわけだから、多少のしっぺ返しは謹んで甘んじておけばチャラってこと」

「ふうん。君がそれでいいなら、僕は何も異存ないけど」

 君は必ず損するぞ、と言うところだが、これ以上金森に現実を突き詰めていくのも可哀相な気がしてやめた。おそらくそれで損をするのは金森だけではないだろうけれど、この様子ではどうしようもない。

「そう。そういうことにしておいてくれよ。なあ、どうせあの二人もまだしばらくは用が足りないことだろうし、もう少し話そうぜ。そうだな、倉庫でも開けるか」

 金森は、体の中の空気をすべて入れ換えたというように大きく息をすると、それに合わせてもたれていた壁あら跳ね起き、僕の応えが返るよりも先に、僕らの“倉庫”に向けて歩き始めた。


「いいよ。こっちにも、またいろいろと話したいことができた」









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