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a.m.7:30-8:10  作者: 春井 武修
2月中旬
18/95

コミュニケーションのこと

 寺岡は、僕の二つ右隣に座った。僕はその様子を、ずっと横目で観察していた。

 レジで何かを買ってから、無言で僕の後ろを通り過ぎ、やはり無言で僕の二つ隣に座る。ただそれだけの動作だった。変わったところは何もない。むしろ、注目すべきなのは、そこに何もないということだ。申し訳程度の会釈もなければ、視線と視線がチラリ、ということもない。完全に僕の存在が認識されていないというふうに。

 僕は少し混乱する。自分がいつのまにか透明人間になったのじゃないかとさえ思う。しかし、目の前に持って行った手のひらはしっかりと色を持っているし、窓ガラスには店内の様子と一緒に自分の姿も映っている。もちろん、僕はまだしっかり生きている。たぶん。

 そして、僕の混乱はひとまず収束する。最近寺岡とはすっかりご無沙汰になってしまっていたが、思い返せばこれはいつものことだ。

 寺岡は、ある特定の人たちに対して、彼らが存在していないかのように扱う。いや、扱いすらしないというのが正しい。あるいはもっと認識論的な方法で、僕を含む何人かは、彼の世界に存在していないのかも知れない。もし本当にそういうことがあり得るのだとしたら、実にうらやましい限りである。


 寺岡とは、一年のときに同じクラスだった。ただそれだけのことだ。変わったところは何もない。むしろ注目すべきは、そこに何もなかったということである。何もないという概念を僕らが認識できるのかどうかというのは置いておいて。

 もちろん彼と話したことは何度もあるし、いくつかの行事で同じまとまりの中で行動したことも幾度かある。――つまり、僕がここで言う”何もない”とは、必然性以外の要素が何一つないということだ。

 これ以上は、書いていても気分があまりよくないから、やめておく。何にしても、僕が寺岡について持っている印象は、色白で、小柄で、物静かで、しかし不意に眼光が鋭くなって、何か重要なものを見通しているように見える、というだけである。きっと僕の姿は見透かされているんだろう。


 寺岡は、さっきレジを通したのであろうレジ袋から”あったかい”お茶とおにぎりを一つ取り出して、味気なさそうにそれらを口に放り込む。僕は、その様子も逐一観察していた。

 おそらく、今僕が寺岡に声を掛ければ、彼はきっと何かの返事を返すだろうし、ことによっては米粒をのどに詰まらせるかもしれない。反射的には何かをするはずだ。オジギソウがオジギをするのと同じ要領で。


 そういえば、植物というのは何らかの方法で意志疎通をし合っているらしい。テレパシ―とか、そう言う形で。もちろんこれは眉唾物の話だけれど、少なくとも植物にだって、それぞれの形でコミュニケ―ションを取る方法はあるはずである。同じ世界に存在するものなら、必ず何かの交流がある。地球はリンゴを引くし、リンゴも地球を引いている。たとえばそんなような形で。むしろ、意図的にコミュニケ―ションを断ち切ることができるのは、人間だけなのかもしれない。


 僕は、どうして寺岡が僕のことを認識すらしようとしないのか知らない。もしかしたら、僕はかつて彼によくないことをしてしまったのかもしれないし、、もともとそういう拒絶体質が彼にあって、僕の持っている何かが、彼の体質に反応するのかもしれない。どっちにしても、彼の態度は僕を混乱させるし、残念な気持ちさえ起こさせる。彼について考えるというのは、僕というものが全く存在しない世界について考えるのと同じである。

 しかし、ある意味でそれは安らかなものなのかもしれない。


 すべての人間関係は、我慢の上に成り立つ。これは僕の経験則である。

 誰かと深く関わろうとすればするほど、僕たちはその誰かについてより多くのことを我慢しなければいけない。どこを切り取っても及第点をあげられる人なんていうのは存在しないし、全部の合計を平均しても、満足できる結果は得られないことが多い。だから、自分以外の誰かを、完全に赦して受け入れるなんてことはできない。少なくとも僕には。そして同時に、自分が完全に赦されて、受け入れられるということも期待できない。きれいなものは、遠くで見るからなんとやら。それでも、どれだけ我慢をしてでも繋ぎ止めたい関係もあるけれど。

 とにかく、それを思えば、寺岡は僕の存在について(彼にとっては存在していないのだから)全く我慢をする必要がないのだし、それと同じだけ、僕も彼について気を遣う必要はないのだ。これ以上心穏やかなことはないだろう。風がなければほこりは舞わないし、ほこりがなければ風は何も吹き上げない。


 寺岡は、右手でつかんだお茶のペットボトルを左手で浅く撫でながら、顔をじっと前に向け、目の前の窓ガラスを熱心に見つめている。しかし、僕がその視線の向かう方向に目をやっても、誰かの注目を引き付けるようなものは見つからない。歩道があり、街路樹があり、車道があり、車があり、人があり……よくあることだ。自分の目が映し出している世界と、他の誰かの目に映っている世界とはまったく別のものなのでは、と、誰でも一度は考える。たぶん、それは正しいと思う。そうであるなら、いろいろと説明がつくことがある。


 もちろん、説明がつかないことだっていくらでもある。たとえば、どうして彼がこんな朝早くにコンビニの休憩コ―ナ―にやって来たのか、とか。そして、たぶんその理由は、僕の知らない世界の言語で話される。



 僕は、地道に吸っていたゼリ―がなくなると、重い腰を上げ、ゴミ箱にその容器を放り込む。時間もまあ、ちょうどいい具合だった。足下に置いていたカバンを持ち上げ、わざと音を立てながら中身を点検する。しかし、途中でばかばかしくなってしまって、諦めてそれを肩にかけた。

 店内のスピ―カ―からは、例の、子役があざとく歌う音痴な歌が流れていた。“まったく、酷い歌だな”と僕が心の中でつぶやくと、たぶん気のせいだろうけれど、寺岡の頭が小さく前後に揺れたように見えた。ただ、それだけのことだ。もしかしたら、彼に肩をたたきながら同じことを話しかけたなら、僕は彼と現代の若者文化云々について小一時間は話し込むことができるのかもしれない。けれど、誰もそうすることを望んではいなかった。

 結局僕は、一人の黒い制服が休憩コ―ナ―にぽつりと取り残された光景を横目に、コンビニを出た。入ったときと同じように、扉を開けると、ピロピロという音が鳴っているのが聞こえた。


 すがすがしい朝とは言い難かった。でも、かといって悪い気もしなかった。まあ、そういうこともある。僕は、寺岡が見つめているガラスの前を通って、横断歩道へ向かった。もちろん、彼の方を向いたりはしなかった。

 

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