不健全なこと
「早いね、篠原君。いつもこの時間に来てるの?」ベルギ―さんは、僕の横で自転車を押しながら聞いた。落ち着いているけれど、明るい声だ。小柄な彼女は、僕を見上げる格好になる。
僕は彼女―中里さん―のことを、ベルギ―さんと呼ぶことにする。いつものことだと思ってつきあってほしい。もちろん彼女は日本人だし、ベルギ―と言われて彼女のことを思い浮かぶ人も僕以外にはいないんじゃないかと思う。ついでに言っておくと、「ベルギ―さん」と言うときのアクセントは、最初の「べ」の音にある。そっちの方が、僕の頭の中で言いやすいからだ。まあ、どうだっていいことだけれど。
「ああ、うん。まあね。いつもはあと五分ぐらい早いんだけど」僕は言った。
ベルギ―さんは僕と同じクラスだが、いつも教室にやってくるのは点呼の少し前で、この時間帯に顔を合わせることはこれまでなかった。
「そうなんだ。やっぱり、勉強?」ベルギ―さんは聞いた。
「一応、そういうことになってるよ」僕は苦笑いする。ベルギ―さんも可笑しそうに笑った。「中里さんは、朝練?」僕は、ベルギ―さんが運動部なのを思い出して聞く。
「うん。朝練っていうより、自主トレかな。も―すぐ大会なんだ」ベルギ―さんは微笑みながら言う。こころなしか、曇った空の方を見て、まぶしそうにしていた。
「この時期に大会かぁ。大変だね」僕は言った。まったく頭が上がらない。爪の垢を煎じて飲みたいぐらいである。いや、変な意味じゃなくて。僕らは校門をくぐって、中庭の奥の駐輪場に向かう。僕もそこまではついて行くことにした。校門を過ぎてからも、何台かの自転車が後ろから追い越していく。
「うん。でももう二月だしね。それに、この大会で引退だし」ベルギ―さんは言った。声は変わらないが、彼女の表情は少し引き締まったように見えた。僕は横目でその様子を眺めていたが、目が合いそうになってすぐに逸らす。僕はどんな表情をしているだろう?
「へえ。じゃあ、あと少しなんだね」僕は言った。
「うん。あと少し。・・・・・・そう思うと、なんか複雑だな―」そう言って、ベルギ―さんは本当に複雑そうな顔をした。彼女は複雑そうな顔をするのがうまい。いや、うまいというのは変だけれど、彼女が固めに口を締めて、目を細くし、どこか目の前の一点を見つめている様子を見ていると、こっちも複雑な気持ちになることがある。多くの場合、そういう複雑な表情はすぐにほどけるのだが。もちろん僕は、ほどけた時の方が好きだ。
「引退か。いいね、青春してるね」僕は言った。もちろん茶化した以外のなんでもないが、引退なんていう制度がそもそも意味を持つのかさえ分からない小説同好会員としては、それなりに本心からの言葉である。
「あはは、いいでしょ。・・・・・・でもやっぱり、うん、なんか、あっという間だったな。引退したら、どうなるんだろ」ベルギ―さんは言った。そして、また複雑そうに小さくうつむく。
ベルギ―さんの自転車が、排水溝に被さった鉄板を乗り越えて、ガタンと二度音を立てる。湿った風が校舎の間を吹き抜けて、中庭の木々の葉をざわざわと揺らした。印象的な情景だ。きっと、僕が感じている情景と、ベルギ―さんが感じている情景は違うのだろう。僕は僕なりに、彼女になにか相応の言葉をかけるべきなのだとは分かっていたが、こういうときにどう言えばいいのかなんていうのは、全く心得ていなかった。しょうがないさ。甲斐性のないのは今に始まったことじゃない。
結局なにも思いつかないまま、僕は駐輪場に自転車を置いたベルギ―さんと別れた。別れ際に「がんばってね」と、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言っただけだったが、彼女はそれをちゃんと聞き取って、ありがとうと返してくれた。まったく、どっちが励ましているのか分からない。僕は思った。どっちだっていいじゃないか、と、いつまで僕は思っていられるだろうか。
僕はまた一人になって、教室に向かった。本来いつも一人で来ているのだから、これもやはりいつも通りだ。しかし、常ならぬアクセントのあった後には、いつも以上に心が静かになるのが感じられた。そこらへんの感傷は、百人一首の時代から中学校の国語の教科書まで文字に起こされ続けてきた陳腐なものだ。しかし、陳腐なものだからこそ、遍くその影に遭遇することになる。
思えば、小学校の集団通学というものが終わってからは、ずっと、基本的に一人で登下校してきた。もちろんそれには地理的な理由とか、時間的な問題とか、あるいは僕の性向とかが関わっているが、とにかく一人で通学路を歩くというのが、中学生のころから続いている。そう思うと、僕にとっての朝というのは、その大部分が一人の時間で占められている。
もちろん、そうは言っても、僕は黙々と寂しい通学路を歩いていたわけではない。空でも見上げながら、のんきに鼻歌を歌っていたりする。最初から一人で通っていたのだから、心細いとか誰かと通いたいとかいう気持ちも起こらない。たぶん、そういう風に考える人はそんなに多くないだろうし、こういうのが理解できないという人もいるんだろう。余計なお世話である。と、突っぱねようと思えばできないこともない。
けれども、少し前、帰る途中の地下鉄でクラスメイトと偶然乗り合わせた時に、その話をして、「そんな悲しい過去を・・・・・・」と少なからず真面目に言われてから、自分はもしかしたら、いたく不健全な道を歩んできたのではないかという思いがちらつくようになった。
不健全――確かに、たまに誰かと一緒に帰ることになるとかえって落ち着かなくなるようなのは、人間として健全とは言えないのかもしれない。でも、帰るときぐらい一人でいたっていいじゃないか、とも思う。ものは見方なのだ。僕から見れば、わざわざ待ち合わせてまで誰かと連れだって帰るなんていうのは、たいそう面倒なことのように見える。きっと、そこらへんのものはイ―ブンなのだ。きっと。
そうなると問題は、いつか、あるいは近い将来に、何らかの理由で自分のスタンスを変えなければならないような事態が持ち上がったとして、僕にその変化を受け止め押し進めていく甲斐性があるかどうかということになる。しかし、こういう未来形の問題を考えるのは、僕にとってあまりにも絶望的な作業だ。しかもそれは、どうだっていい、と片づけられるものでもない。結局のところ、僕にできるのは、開き直って絶望するか、保留の判子を押してそこらへんの引き出しにそれをしまっておくかのどちらかだけなのかもしれない。
そんなことを考えながら教室へ歩いた。いつも通り、廊下には僕以外の何もいない。弱い光と薄い影が、たいした差も見いだされないまま、淡い境界をつくって足下に澱んでいた。自分の足がこつこつとくぐもった音を立てるのを聞きながら、僕は、今になって思いついた、ベルギ―さんにかけるべきだったであろう言葉を頭の中で反芻していた。しかしその言葉は、考えれば考えるほど、僕の口から発せられるべきものではないもののように思われた。いわゆる、鬼が笑うというやつだ。けれども、鬼が笑ったって、きっとベルギ―さんは笑わずに受け止めてくれただろう。そんな気もした。どちらにしろ、それももうどうだっていいことではあった。もう、誰も笑わないのだから。
教室の鍵を開けたとき、廊下の窓の外から、ぱらぱらと地面をたたく音がして、すぐにそれは、ざあざあという音に変わった。いつもよりも薄暗い教室に、整然と空の机が並んでいるのを眺めながら、僕は突然、春岡先輩のダムの絵が見たくなった。どうしてそんなことを思いついたのかはわからない。ただ、イメ―ジを想起し続け、忘却し続けるなかで、そのダムの情景―夜の、静かな水を湛えたダムの絵だけが、どういうわけか、どこかに引っかかったのだ。
僕は荷物を自分の机に置くと、教室の電気も点けないまま、廊下へと出た。あの絵は今どこにあっただろう、と思い出すよりも、足が動き出す方が早かった。




