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耽美な異世界に落ちてしまったのですが、耽美系女子演じるのも限界です。  作者: ちよのまつこ


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15/15

15最終話

 どのくらい経ったのか。


「アリス、大丈夫か?」


 抱きしめられながら背中をぽんぽんと子供を落ち着かせるように優しく叩かれ、撫でられ、呆然と顔をあげた。


「……なんで?私…あなたを刺して…」


 吸血姫に勝っただろうことは分かるがいまいち状況が理解できずにいると、レンナートは背中を撫でていた手をお互いの間に入れ、まだ短剣を握ったままの私の手を優しく包み込みそして体を離した。


「アリスの力ではこれを割って短剣を突き立てるなど出来ないよ。奴はアリスが私を『殺すまで』止まらないと言った。アリスは私を『殺した』と思っただろ?」


 数ある勲章のメダルの一つを指先でトントンと軽く叩きながらそう言うと、指先が白くなるほど未だに固く強く握られ冷たくなっている私の指を一本一本優しく撫でながらゆっくりと開き短剣をカランと床に捨てた。


 確かに、シモネッタに短剣を持たされたが、筋力は本来の私のまま。かたやレンナートの着ている正装はしっかりとした生地でさらにいくつも勲章がついている。

 こんな格好でのびのび動き回って戦闘できていたことが美しさ重視のこの世界ならではだが、そんなぶ厚い障害物を突き破って短剣をねじ込めるほど私の手首は強靭ではない。物理的に刺せる訳がなかったのだ。

 勲章のメダルの一つに当たった拍子に抱き込まれると手首が曲がり、短剣は私とレンナートの間に挟まれただけになっていた。

 人を刺した手応えなど知るはずはないのだから、あのパニックの最中(さなか)とにかく刺してしまったと私が早とちりしたことが幸いだったようだ。あの時のあの穏やかさ、こうなることを彼は見越していたのだろうか。


 しっかり握っていたため手のひらに残った短剣の柄の跡を消すように両手でそっと包み撫でてくれる。

 その温かさと何ヶ月ぶりかの愛情のこもった眼差しを間近で受け、レンナートへの愛しさが溢れた。



 私たちを見守っていたみんなのところへ戻るために、足を挫いている私をレンナートが軽々とお姫様抱っこにしてくれた。

 彼の肩越しにシモネッタがいた場所に目をやると、大理石の床は初めから何もなかったように白く滑らかなままで冴えた銀の光を放つ聖剣だけが落ちていた。

 空を覆っていた叢雲(むらくも)はいつの間にか払われ、会場にはやわらかな陽光が差し込み清浄で神聖な空気を醸し出していた。他の吸血鬼たちも綺麗さっぱりといなくなっている。

 戦いは終わったのだ。


 ゆっくりと歩いて戻る私たちに四人の騎士さんたちはそれぞれに穏やかな笑みを向けていた。

 立ち姿も格好よく戦闘でできた服の破れ具合や傷のでき具合も見苦しくない。むしろ男性の魅力を際立たせ、いい演出になっている。

 何事も美しさ重視だ。

 国王陛下や皇太子様も手に剣を持ちこちらに向かって大きく頷いている。聖剣を持つ騎士さんたちと同じようには戦えないとしてもお二人も奮戦したのだろう。全く意識が向かなかったのは今回は完全な脇役だったからなのか。

 シルヴィアも「皆様ご無事でよかったですわ」的に涙をそっと拭う仕草をしながら、差し込む陽光がキラキラと照らすなか王女様らしく美しく微笑んでいる。

 おんぶお化けのようにのしかかり私を押し出した悪魔のような所業は心底怖かった。


(これでやっと私の番(ターン)は終わったんだ。)


 これで本当に終わったんだと思うと力が抜けてしまう。体を預けレンナートの腕の中を久しぶりに堪能した。


「アリス…」


 名前を呼ばれて顔を上げる。


「アリスからあんな熱烈な公開プロポーズをしてもらえるなんてとても嬉しかった」


───私のためにレンナートがつくってくれた『道』を、私は彼と『一緒に』堂々と生きていくわ!


 私が言ったことをプロポーズと表現したレンナートは本当に嬉しそうに微笑んだが、すぐに微笑みの中に翳(かげ)りができた。


「……アリスはあのこと(・・・・)を知ったんだね。シルヴィア王女様から聞いたのかな。君を私に縛り付けるような勝手なことをしてすまない。言わなければと思いつつ、もし君に拒(こば)まれたらと思うと言うのが怖かった」


 でももう手放せないんだと訴えるような不安げに揺れる瞳を見ていると、手が自然に動いた。一瞬、今から自分がしようとしていることに気恥ずかしさを感じたが、どうしようもないほどにこの人が愛しいと思う気持ちの赴くままにまかせてみた。


 レンナートの乱れた前髪を指先でそっと整え、両手で頬の汚れを撫ぜ、包み込む。

 親指で唇に触れ私からキスをした。唇に優しく触れてから、レンナートがえっと驚いて薄く開いた唇にさらに深く口づけた。

 いつも彼が私にすることを初めて少しだけ真似てみた。

 唇を離すと、彼の顔が真っ赤になっていた。


 愛しいと思えばそれを相手に伝えたくて体が勝手に動くものなのだと初めて知った。そして、恥ずかしさを払いのけるほんの少しの勇気を持てばいいだけ。

 紫の瞳に微笑みかけ、首に腕をまわす。

 そして、耳元で、


「愛しているわ、レンナート」


と囁く。


 レンナートはアリス…と切なく呼ぶと耳元でひとつ熱い吐息をこぼした。腕にはいっそう力が入り、しばし抱き込まれる。

 

「ああ、嬉しいよ。私もだ。私も愛しているよ、アリス。

今度こそすぐに婚約式をしよう。いや、いっそのこと結婚式でいいんじゃないかな。

近づくだけで真っ赤になってうろたえる恥ずかしがり屋のアリスが可愛くて本当に可愛くて仕方ないのに、キスをしてくれるなんて。手出しできないことがつらすぎる。もう限界だっ」


 私の首筋に顔をうずめそう言ったレンナートが、ぱっと顔をあげ私を見下ろした。


「ところでアリス…、どうして会場に残ったんだい?」


「っ?!その…ええっとですね」


 キョドキョドと視線を彷徨わせ動揺丸出しでレンナートの腕から逃れようと足をバタつかせていると、戒めのように抱き込まれ顔を寄せられた。


「後でお仕置きだよ」


 とっても不穏な台詞なのに艶然と微笑み背景(バック)には大量のドっピンクの薔薇を背負っている。


 「エっロ!」


 初めて声に出てしまったツッコミにレンナートは声をあげて笑い、私の唇にむちゅっとキスをしてまた笑った。


[完]


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