輝石の儀
「こちらが輝石の儀を執り行う輝石の間でございます」
副司教は「リリアネヴィラ様をお連れしました」と中にいる大司教に言うと去っていった。輝石の間に入ると、そこは思いのほかこじんまりとした部屋だった。白い円形の小部屋の中心には台座があり、その上に水晶のような石が置いてある。大司教と思われる人はその隣にいた。
「君がジェミネール家の令嬢か」
「はい。リリアネヴィラ・ジェミネールと申します。お目にかかれて光栄です、大司教様」
カーテシーをすると、好々爺然としたその人は鷹揚に手を振り、「そんなにかしこまらなくともよい」と言った。もっと厳格で仙人のような見た目を想像していた私は少し拍子抜けする。着ている衣装は確かに高位の聖職者らしいものだが、ふくよかな体型で親しみやすさがあった。
「では、こちらに来ていただけるかな」
「はい」
「緊張せずともよい。君はただこの輝石に手を乗せるだけだ」
輝石は見たところただの綺麗な石に見えた。大司教を見上げ、小さく頷いたのを見て手を乗せる。すると、ずる、と魔力が抜かれる感覚がした。魔力測定の時と同じような感覚でどうにも形容しづらい。
数秒後、輝石が光りだした。それと同じくして、地面も光り始める。私は驚いて大司教を見たが、大司教は全く動じていなかった。それに少し安心して地面を見つめる。
「っ、これ…」
地面には、輝石を中心として部屋いっぱいに広がる大きな魔法陣が広がっていた。放射状に分かれてそれぞれの魔法の属性を象徴する赤や青色に染まっている。けれど、私が驚いたのはそこではない。それぞれの色の真ん中に懐かしい文字があった。
日本語だ。
黄金色に染まったところの真ん中には“光”、赤色は“火”、青色は“水”など、紛れもなく日本語で書かれている。ひとつだけ光っていない所には“星”と書いてあった。
私は暫し呆気に取られたあと、笑い出しそうになった。だって、こんなに幻想的で美しい魔法陣に、明朝体で“光”だの“闇”だの書かれているなんて変なコラ画像みたいだ。私は真面目な顔を作ってから大司教に尋ねた。
「ここに書かれているのは…」
「神々が使うとされている言語だ。星紋語と呼ばれている」
「なるほど」
なんでよりによって明朝体なんだとかせめてここは英語でしょとか色々言いたいことはあるが、とにかく私は安心した。私が作った設定との乖離があっても、やっぱりここは星の解読者リリアの世界なのだ。
「星紋語の意味がわかるかな?」
「いいえ、大司教様。でも…おそらく属性が書いてあるのでしょうね」
「ああ、そう考えられている。リリアネヴィラ嬢は聡明だな」
知らなくても見たらわかるんじゃ?と思うが、それは知っているからこその感想かもしれない。
手を離すと魔法陣は消え、輝石も元に戻った。日本語に気を取られてすっかり忘れていたが、そういえばこれは属性を調べる儀式だった。
「リリアネヴィラ嬢は全ての属性に適正があるようだ。驚いた」
「珍しいのですか?」
「ああ、位が高いほど属性は多くなる傾向にあるが、皇族でも四つ、多くて五つが普通だ。全属性は百年に一人と言われるくらい珍しいものだよ」
全属性と言うが、“星”と書かれたところは光っていなかった。私は星の解読者ではないから当然だ。もしかすると、星属性があるということを誰も知らないのかもしれない。なぜなら今まで星の解読者は存在したことがないので星属性の適正者もおらず、魔法陣に書かれた言葉もわからないなら知りようがない。
「輝石の儀はこれで終わりですか?」
「終わりだ。私と一緒に家族の元へ行こう。属性を確認した聖職者が証明書を書く必要があるからな」
***
その後のこともつつがなく終わり、いよいよ誕生日パーティーの準備に取り掛かることになった。
まず儀式用のドレスを脱ぎ、今度は晴れの日に相応しい豪奢なものに着替える。服にあまり興味のない私でも一目でその素晴らしさがわかる逸品だ。メイドの間にも感嘆の息が漏れていた。
足首が見えるくらいのプリンセスラインのドレスで、ジェミネール家の特徴である夜空のような濃紺のシルク生地に幾重ものレースが重ねられている。裾にいくにつれ銀糸で星のような繊細な刺繍が施されていて、職人の腕の高さが伺えた。ところどころに散りばめられた宝石はむしろ上品な煌めきを放っている。高めのウエストとレースのふわりとしたシルエットで子供らしさを残しつつ、高貴さや上品な格式高さもある見事としか言いようがない衣装だ。
たかがドレス一着に何時間かけるんだとか思ってごめんなさい、と心の中で母と仕立屋に土下座しつつ腕を通した。十年で貴族の生活には慣れたが、根が庶民なので目が飛び出るような値段だろうこのドレスを着るのは緊張する。きっと平民なら一生遊んで暮らせるような額に違いない。
ドレスにも驚いたが、これを着ても衣装負けしない自分のポテンシャルの高さにも驚きだ。前世の姿でこんなものを来たら目も当てられなかったに違いない。私は私の見た目を醜悪にしなかった当時の自分に数度目の感謝をした。
ドレスに合わせて作った低めのヒールの銀色のパンプスを履き、小さなティアラを付ける。ティアラは公爵家に代々伝わるものらしい。仕上げにマントを付ければ完成だ。
マントは床に引きずるほど長いのでパーティー直前に付けるが、家族に見せる時は付けた方がいいとメイドが言うのでそれに従った。
白を基調としたマントで、周囲には金糸で紋様のような刺繍がある。裏地には銀糸でびっしりと刺繍があり、ジェミネール家の家紋であるふたご座があしらわれてあった。
「お嬢様、よろしいですか?」
「ええ、入って頂いて」
メイドが扉を開けると、家族全員私の姿を見るなり目を見開いた。私は微笑みながら、その気持ちわかる、と内心共感する。私も鏡で自分を見た時どこの天使が降臨したのかと思った。
「どうでしょう。おかしくありませんか?」
「ああ、リリィ。…とても綺麗だ。言葉で言い表せないくらい」
「お父様ったら口がお上手ね」
「本当に綺麗だよ、リリィ。世界一だ」
「あら、セラ兄様まで」
私は衣装が崩れないようにそっと二人とハグをした。
「リリィ、あなたのこんな姿が見られるなんて…」
「お母様、泣かないで」
「嬉しいわ。わたくしの大切な子」
母ともハグをした後、私はカシエルを見た。
「カシ兄様はなにも言ってくれないの?」
「いや…。...綺麗だ」
「もう、口下手ね」
思わず笑いながら、カシエルともハグをする。
長いようで短い十年だった。生まれたばかりの頃は元の世界に戻りたくて泣いてばかりいた私を、家族は根気強く慰めてくれた。今は、心の底から前世の家族と同じくらい大切だと言えるようになった。
「じゃあ、行きましょう。皇宮へ」




