めっちゃ色々の、楽しい青空教室
今回の話が途中だった件について報告してくださった方ありがとうございました。
魔王城で惨敗したのでヒルズ村に帰還した。さすがに無理だよなと思ってはいたが、一回戦も突破できないとは……全部で何階層あるのかは知らないが、相当レベル上げないと攻略はできないだろう。
難易度、古代遺跡と比べても大分おかしい。いや、そもそもストーリーに関係ない廃人向けコンテンツと考えたほうがいいのだろう。僕たちが挑むのはかなり早かったということだ。
「どうするです? 準備してからチャレンジするですか?」
「しばらくはいいよ。フルメンバーで挑んでも死ぬだろうし」
「いっそ全員で【演奏家】にして連続で全体攻撃をしかけるかニャ?」
「アリスちゃんでもあのダメージだったってことは、パーティー上限の6人でも倒しきれないから」
「それもそうだニャ」
「どぎつかったのう……それで、偵察と気分転換は終わったわけじゃが、どうする?」
「魔王城は今やることじゃないってハッキリしただけでも収穫だったかなぁ……結局レベル上げしなさいって神のお告げだと思うことにするわ」
「具体的にはどんな神様だニャ?」
「どんなって……ダイス神とか?」
「それ信奉しちゃダメなヤツだと思うニャ」
しかし他に思い浮かぶようなものも……連打教とか? いや、それはそれで特に意味はないか。
他にもライオン丸さんからはガチャを引く時は触媒を用意してとか、あるたんさんがびっくりするほどユートピアと叫んでから引くとか……いや、ガチャの話になっているし。
「何やら楽しそうな話をしていますね」
「うおっ!? めっちゃ色々さん? いきなりどうしたんですか……」
背後にぬっとあらわれ、会話に参加してきたが……どことなく焦燥とした感じだ。何やら、とても疲れた様子だが……
「いえ、先ほどまで魔王城を周回していたんですよ」
「それはまたタイムリーな。僕たちもさっき挑んできて、惨敗して待ってください。今なんて言いました?」
「魔王城を周回してきたんですよ」
「周回!?」
「……あれって周回できるようなダンジョンでしたっけ?」
「大量のモンスターが襲ってくるタイプじゃぞ。普通、周回なぞ……ちなみにメンバーは?」
「私とヤンバルクイナとポポさん、それとニー子さんにあとは……皆さんとは面識はないですが、いわゆる廃人と呼ばれる方々です」
「ああ……その面子なら確かに攻略できそうだわ」
「何周ぐらいしたんじゃ?」
「クリアできたのは3周目までですね。さすがにそれ以上はもっとレベルを上げて装備も整えないと……」
「もうそこまで行ったのか……魔王城に挑んでいたのなら一つ聞きたいんじゃが、謎の声って設定的に誰の声なんじゃ?」
「ああ、アレですか。まだハッキリとはわかってはいませんがおそらく例の神話のうちの誰かでしょう……次の大型アップデートで例の神話が少しだけストーリーに関わって来るらしいので、そこで明かされるはずですよ」
ああ、例のアリスちゃんのご両親とその知り合いの珍エピソードが元ネタの……とりあえず、その話題はここで一旦終わらせ、一つ気になったことを聞いてみた。
「ちなみに、いまレベルはおいくつ? いや、マナー違反とは思うけど」
「ちょうど90です」
「うわーお」
まだアプデからそんなに日も過ぎていないのに、いつの間に……
「ちなみに、ニー子さんは余裕で100行っていましたよ」
「マジであの人なんなん? 職業【旅人】だよね?」
「ええ。しかもついに奥義スキルを取得したそうです」
「……詳細は?」
「さあ……ちょうどニー子さんがログイン制限かかって強制ログアウトを喰らった時点でお開きになったので」
「またかよ」
「あの人も懲りんのう……そういえば、そのあたりなんで6時間なんじゃろうな」
「たしか、国の規定だったかニャ?」
「正確にはガイドラインに合わせた設定ですね。実のところ、フルダイブ型ゲームを規制する法律自体は無いので……尤も、正確にはフルダイブと言うのも違うのですけど」
「え、そうなの?」
正直そのあたり詳しくは知らなかったんだけど……いい機会だから聞いてみたいが、さすがに疲れているめっちゃ色々さんに尋ねるのも悪いかなと思った。思ったが……本人は嬉々として黒板を用意したのである。
「……いつものやつですね」
「いや、今回はこっちから聞きたかったけど」
「まあいいじゃろ。ワシもこの際じゃから詳しい人に聞いてみたかったところじゃし」
「アタイもその手のところ進学しようかニャって考えているからニャ……ちょっと本格的に勉強しておきたいニャ」
「実はワシも。そろそろ進路を本格的に考えないといかんじゃろうし」
すでに12月。切羽詰まっているわけではなさそうだが、ライオン丸さんもあるたんさんも本格的に考えなくてはいけない歳なのか。
というわけで、めっちゃ色々さんによる青空教室が始まるのであった。なお、もう一人のヒルズ村学生組であるらったんさんであるが、リアルフレンドと一緒にエルフの森で幻の虹色アゲハを探す冒険に出かけているので不在である。いても意識が宇宙の向こう側に行っていそうだったが。
「ではまずは、現在のフルダイブ型と言われているVR機器についての説明からいたしますかね……まず、フルダイブ型と言ってはいるものの実際は映像の入出力に近いんですよ」
そこで黒板の左側に肉体、右側にアバターと書き込むめっちゃ色々さん。そして、その間にVR機器の文字が書かれた。
「ゲームなどのソフトウェアによってはこのアバターの存在する場所がPC内だったりサーバー内だったりしますが、ここでは割愛します。方式は同じですので……まず、肉体の電気信号と脳波をVR機器が検知します。この時、肉体が大きな動きをしないようにする機能があるのですが……そこはご存じで?」
「体の電気信号を受信していることは知っているけどさ、精神を直接電脳世界に繋いでいるわけじゃないんだよね?」
「さすがにそこまでの技術はこの世にないですよ」
「アリスもそのあたり、よく知らないです」
「まあ嬢ちゃんは無理もないじゃろ。ワシはSF映画にあるような電脳世界に直接精神が入っているわけじゃなくて、あくまで擬似的に信号のやり取りをしてある種の誤認を利用していることを知っているぐらいじゃが」
「まあおおむねその認識で構いません」
黒板に書かれた肉体とVR機器の間を矢印でつなぎ、間に電気信号と脳波と書かれた。なお、矢印は肉体からVR機器への一方通行である。
「まずVR機器がこれらの信号を読み取り、ソフトウェアへ対応した信号へと変換して送信します」
続いて、VR機器から矢印が伸びてアバターへつながれる。矢印の下には信号と書かれ、付け加えて肉体の動作、メニューの起動などの思考動作と書かれる。
「ただ、思考動作には誤作動の可能性もあるので対応したVRソフトの多くは音声形式での入力を行う場合が多いですが」
「確かにBFOもスキル発動は音声操作が多いなぁ……でもあれって実際に喋っているわけじゃなかったような……」
「一応、小さな集音マイクがVR機器についていますし、本当のごくわずかにしゃべった声も拾っていますよ。ただ、ゲーム内で現実の声質を再現するためぐらいにしか使っていませんが」
「あ、それで似たような声なのかニャ」
「違う声にもできますが、没入感の高いVRゲームだからこそリアルに近い声にすることでトラブル防止になるんじゃないかという考えらしいですね。ある程度リアルを意識したほうが、無茶な行動をとる人は少なくなりますから」
決して0にはならないのは、人の業だろうか……
続いて、アバター側からVR機器へ矢印がかかれる。今度は、映像情報と音声情報と書かれていた。
「こういったデータをVR機器側……場合によっては接続したPC側へ送信します。それを機械が読み取り、今度は肉体が映像や音声などといった形で読み取れるように変換して我々の体へと送信しているわけです」
「そのあたりがよくわからんのじゃが……どういった理屈なんじゃ?」
「……実のところ、ここはVR機器ごとに様々な形式があるんですよ。正直、皆さんもVR機器を購入する際に値段がピンキリだったと思うのですが、この形式の差ですね。一番安い物ですと……たしか、音声は骨伝導で、映像はバイザーに表示されるタイプの物でしたかね……」
「それほとんど従来のヘッドマウントディスプレイ……音声は普通にスピーカーじゃダメなの?」
「骨伝導と言っても、VR機器専用に調整されたものですので……環境音など複数の音声を同時に流しつつ小型化していった結果らしいです。まあ、使い勝手は悪いそうですが」
「それなら、高いのだと何があるです?」
「うーん……電気信号などを利用して、映像や音声を感じ取るように錯覚させているものですかね」
錯覚――僕が使っているVR機器もそのタイプに近いし、魔王城で疑問に思った脳内に直接声が聞こえるってのもそう感じ取るようなデータを受信したからってことか。
「正直な話、このあたり詳しく解説すると更に長いですし、専門的すぎて私も解説しきれませんけどね」
「まあ、そのあたりは大丈夫じゃろう。気になったら、後で自分で調べる」
「だニャ。あ、それと一つ気にニャっていたんニャけど……アリスちゃんとかイチゴ大福さんみたいに他の人よりもだいぶ動きがいいプレイヤーって、どういう理屈ニャんだニャ?」
「ああ、それですか……村長は覚えがあると思いますが、PCやVR機器を変えたらラグが大幅に縮まりましたよね?」
「うん。最初の頃は気づいていなかったけど、だいぶ変わったよ」
「元々そういったラグを感じさせないようなシステムを組まれてはいるのですが、やはりオンラインで多くのプレイヤーが同時接続するゲームである以上ラグはあるのです。機械の処理速度が上がればそれだけラグも縮まりますが……どうしても、肉体側と機械側の信号のやり取りの際にラグが発生しますからね。ただ……この電気信号のやり取りの速度が速い人も中には居るのです」
さらに付け加えるなら、現実での反射神経や反応速度も重要になってくるのですがと付け加え、適性値という言葉が黒板に書かれた。
「どうしても個人差、才能と言ってしまってもいいかもしれませんね。そういう違いは発生するものなのです」
「なんだか、自分がズルをしているような気分になるですけど……」
「別に気にする必要はありませんよ。確かに、一つの強力な武器になりますが……結局のところ、ゲームである以上ステータスのほうが重要ですからね。実際、私の適性値は低いほうなのですが魔王城を攻略できています。反対に、アリスさんを含めて4人ともあまりダメージを与えられなかったのでは?」
「まあ、確かに。それに長いことゲームを続けていると効率のいい戦い方とかもいい加減覚えてくる頃合いだろうし……結局はスタートダッシュと、より動けるってぐらいのメリットか」
「ええ。あとはPVPで活かせるぐらいでしょうね。大型のPVPコンテンツが実装されたら試してみるのもいいかもしれませんよ」
「考えておくです」
というわけで、話は次の項目へ。
先ほどニー子さんが強制ログアウトを喰らった話からログイン制限などの健康対策だ。
「先ほど話したように、法律ではなくガイドラインですので……あくまでも各ゲームごとにプレイヤーに危険が及ばないような対策を講じているのです」
「強制ログアウトって、体が危険ですよーって機械の側で判断しているですよね? どうやっているですか?」
「VR機器にもよりますけど……まず、機械での判断とゲーム側の判断はまた違うのですよ。機械側が優先されますけどね。ゲーム側での判断は連続6時間の接続制限、ID管理と脳波データによる一定以上の接続制限など、度を越したプレイをしていないかのチェックです」
「6時間のほうは知っているけど、IDと脳波?」
「まあ、サブ垢対策ですね。サブ垢とサブ機を使ってまでログインする人も中にはいますから……それで病院に運び込まれたとか、命の危機だったとかそんな事態になると、運営会社のほうが罰則を受ける可能性もありますので」
「自己責任、と言いたいところじゃが……世の中そう単純にいかんのじゃろうな」
「ええ。頭の痛い話ですが、この場合健康被害を受けた被害者扱いになる場合があるので」
「そういった事態になっても一切の責任を会社へ追及しませんとか、誓約書に同意するとかじゃダメなのかな?」
「それはそれで横からそんな宣言をしないと遊べないほど危険なゲームなのか、と文句をつけてくる人がいますので」
「そう言う事言い出す輩に限って一切ゲームもしない、VR機器も使わない、というやつなんじゃよな」
「こっちは楽しく遊んでいるのに、関係ニャい奴らがしゃしゃり出てきて肩身が狭くニャるんだニャ」
「な、なんだか皆さん闇を背負っているです……」
「おおっと失礼。少し嫌なことを思い出しまして」
「この界隈にいると、似たような話はよく聞くんじゃよ。で、どこまで話が進んでおったかの?」
「健康対策でしたね……そうですね、ゲーム側の判断は言いましたから、機械側ですと…………まあ、脳波の乱れや心臓や血圧の異常を検知して強制ログアウトが発生する、といったぐらいですかね。このあたりの設定VR機器ごとで異なりますから、詳しくは皆さんが使っている機械の取説を読むことをお勧めします」
「……確かにその通りだけど」
「取説かぁ……」
「アタイ、あまりそういうの読まニャい」
「実はアリスも……」
「確かにがっつり読む人も少ないでしょうけど、少しは読んでおいたほうがいいですよ」
「…………ところで一つ気になっていたですけど、いいですか?」
「おや? アリスさん、何か質問が?」
「前にテレビ番組か何かで見たですけど、これだけリアルなのに体は本当にダメージを喰らったって、誤解しないですか?」
「体が誤解……ああ、いわゆる催眠状態やノーシーボ効果みたいな話のことですか」
「ノーシーボ効果だニャ?」
「あれじゃろ。元は偽薬関連の言葉で、プラシーボ効果みたいな……何じゃっけ?」
たしか……どちらも思い込みで発生する効果だったけど…………プラシーボ効果が、何の効果もない薬を飲んで、症状が緩和すると思い込んだら本当に症状が緩和するみたいな話で、ノーシーボ効果が効果のある薬を飲んでも思い込みで効かないと思ったら、効果が出なかったり、副作用が強いと思い込んだことで副作用が強烈に出たりとか、そういう話だったような……?
「村長の言ったことに近いですかね。まあ、ざっくりいえばの話ですが」
「あれ? 声に出てた?」
「ええ、がっつりと。アリスさんが言いたいのは……例えば、ゲーム内で斬られたら現実の肉体も切られたと誤認して怪我をしないか、という事でしょう」
「はい。そうですけど……」
「そのあたりの対策もされていますし、先ほど説明した通り現在の形式だと基本的に肉体が受信しているのは映像と音声データですからね。そこから関連付けて匂いや感触のイメージも脳内で再現はされているでしょうけど……今まで実際に肉体ダメージがあった人はいますか?」
「いや、特にないけど」
「アリスも別に……」
「そもそもそういうダメージを受けそうな場合は強制ログアウトかかりそうじゃけど」
「だニャ。実際強制ログアウト発動するんじゃニャいか?」
「ええ、その通りです。まあ、私も実際にそのような状況になったという話は聞いたことがないので、肉体が誤認しないように何重にも防御策を講じているのでしょう。ゲームがバグっても肉体にダメージがいかないあたり、別の独立したシステムでしょうし」
「とういうかそもそもVR機器とか、根幹のシステムを作った側だろうからゲームそのものとは関係ないかもしれないなぁ」
結論として、対策はとられているからそこまで気にすることでもないと――と、そこで一つ思ったことがある。
「そこまで対策しているなら、意図的に反応速度を上げたりもできないのかな」
「村長、具体的には?」
「ぱっと思いつくのだと……機械の改造?」
「チート行為……というか、VR機器の改造はグレー通り越してブラックなので法に触れかねませんよ。いろいろと悪いことに使えてしまいますから。まあ、大きな声ではいけませんがオフラインでバレない範囲なら」
「いや、やらないから。それに、怖いことになりそうだし……」
「ちなみに、他に反応速度を上げる方法となると、クスリとかもありますけど――さすがにそれは別の法律に触れるってわかりますよね?」
「さすがにね。というかいくらなんでもゲームのためにそこまでしないって」
「世の中、そういうことをする人もいそうじゃがな」
「実際いたそうですよ。ただ、脳波の乱れも検知されますので一発でバレたそうですが」
いたのかよ。というか、そこまで正確に検知するんだ……
「…………」
「めっちゃ色々さん? どうかしましたか?」
「いえ、一つ抜け道みたいなやり方があるのを思い出しまして……まあ、そううまくいく方法でもないんですけどね。反応速度を上げるというよりは、脳のリミッターが少し外れてゲーム内で無意識にセーブしている体の動きを大幅に超えた挙動を行う方法があるんですよ」
「え、そんなのあるです!?」
「あるにはあるのですが……まあ皆さんがそれを行うと法に触れますが」
「なんだ、結局違法なんじゃないか……」
ただ、その言い回しだとめっちゃ色々さんがやる分にはオーケーに聞こえるんだが……どういう事だろうか?
「それに、この方法でも肉体が危ないと判断されて強制ログアウトを喰らう可能性もありますからね。まあ、違法ではないグレーなやり方とだけ言っておきます。体に悪いですし。それに、この方法を使ったところで全員が望んだ効果を得られるわけじゃありませんから」
「ふーん……まあ、心の隅にとどめておくかな」
後日、この話をもっと詳しく聞いておくべきだったかなぁと思う出来事が起こる。
もっとも、この時点ではあんなこと想像もできなかっただろうけど。




