第9話:恥ずかしいので決してこちらを見てはいけません
カノン様により『戒め』が封印できたか実験で確認した後、直ぐにでも水場を探しに行くと思っていたのですが、カノン様は昨日まで私が身に付けていた粗末な衣装を手に持って引っ張ったりさすったりして観察しています。
今、私が身に付けているものは全てカノン様からお借りした物ばかりです。
これがシルクなのでしょうか?薄紫で光沢のある袖なしの『防岩のベスト』。
その上に薄紅色の、これがウールなのでしょうか?立体的な編みこみのある『カーディガン』、首と胸元の傷を隠す薄紅色の『ネッカチーフ』。
ボトムはこれも魔宝素材なのでしょうか、体に合わせて伸び縮みする黒の『レギンス』。
そして女の子のところには「寝てたから」と、前からお尻の奥まであてがわれた『ハンカチ』と言うコットンのあて布。
カノン様に救われなかったら、獣のように丸裸です。
(何をしていらっしゃるのですか?)
心話で質問するため、カノン様の左隣に腰を下ろし体をすり寄らせて尋ねました。
あんな実験の後です。女同士とは言え、少しドキドキしてしまいます。
カノン様は、もはやボロ布と化した、かつて私の上着だった麻のシャツの手触りを確認していました。
・・あの、これ・・痛く無かったですか?・・
(何がですか?)
・・先っぽが・・その・・こすれて・・
(あぁ)
ようやく言わんとする事が分かりました。柔らかな上等な生地で胸当ての付いた服など、奴隷には与えられません。
(痛かったですが、それを訴えても「では脱げ」と言われるだけです)
・・そうですか。ボクは肌がとても弱く、硬い生地の服は耐えられません。肌が腫れて夜眠れないほどです・・
カノン様は魔宝具だという皮袋『節制の胃袋』から、これも魔宝愚だと言う『絶縁の刃』を取り出し、スパスパと切ってシャツを大小のハギレにしました。
(そのハギレはどうするのですか?)
・・その、トイレの時とか、拭くのに必要です・・
カノン様ともなると、麦わらをこすりつけてとか、その辺りの草の葉を適当にちぎってパパパと処理するわけには行かないようです。
次にカノン様は左太もも内側に黒い血のシミがある、私のズボンを確認しています。
(どうなさいましたか?)
・・コスモスにレギンスを貸したので、乾燥後ボクがコレをはけないか考えていました。でもボクには生地が硬すぎるようです・・
(カノン様、乾いたら私がズボンをはき、レギンスはお返し致します)
・・コスモス、ダメです。このズボンでは専用の下着が無いと当て布がずれます。ハンカチで手当した意味がありません・・
カノン様は、ズボンと私のはだしの足をじっと見て、おもむろに『絶縁の刃』を取り出して、パパッとズボンのすそを切り、はだしの私の足にあてがいます。
それから『結縁の針』と『聖銀の糸』を取り出し、あっという間に縫い上げていきます。
普通なら針を一針一針チクチクと縫うものなのですが、カノン様は布地の上を針でチョンチョンとつつくだけで縫っていきます。
魔宝ですか?と尋ねたら、上糸と下糸を使っているだけで魔宝ではないと言われましたが信じられません。
あっと言う間に布靴を私に作って下さいました。足裏部分は魔宝の糸で浚っているので、とがった石や木の枝を踏んでも大丈夫だろうとの事です。
これが魔宝では無いなんて信じられません。
カノン様は魔宝を使わない魔法使いなのかも知れません。それとも、やはり伝説の精髪姫なのかも・・・
スソがだいぶ短くなったズボンを見て、カノン様は又何か考えています。
・・コスモス、始まったのは昨日の夕方からですか?・・
(すみません。何のお話ですか?)
カノン様は顔を赤らめました。牛乳のような真白なお肌なので、赤くなればよく分かります。
・・ズボンが血で汚れる事が、昨日夕方から始まったのかと確認したのです。経験は無いので分かりませんが、2日目はより大変と聞き及んでいます・・
・・ネッカチーフを当て布にすると、首もとの傷を隠せません。私にはもう、コスモスに渡せる布が無いのです・・
カノン様は深く御自分の考えに沈まれました。
体を触れ合っていても、カノン様の心の奥深くは心話でも伝わりません。
長い間、カノン様は何かを考えておいででした。
しばらくして、カノン様の思考が、心話の層まで浮いてきました。
・・コスモス・・
(はい)
・・私があなたの肩をたたいたら、少し離れて後ろを向いていて下さい。合図をするまで、恥ずかしいので決してこちらを見てはいけません。よいですか?・・
(はい)
カノン様がポンと、私の肩を軽く叩きました。
私はカノン様のお側を離れ、言われた通り後ろを向きました。
すると。
バサッと、おそらくローブでしょう、ローブを脱いで下に落とした音がしました。
ファサッ、今度はあの薄紅色の帽子を下に置いたようです。
シュッシュッ、あぁこれはあの銀のドレスの布地がこすれる音です。
シュルルル、ファサッ、これはもしや、ドレスを脱がれて下に落とした音なのでしょうか?
決して見てはいけないと言われいます。
聞こえてくる音で想像するしかありません。
ドキドキします・・・
どれ程経ったでしょうか。
「コスモス!」
私を呼ぶ涼やかなお声に振り向きました。
初めて聞かせていただきました、これがカノン様のお声なのですね。
私はお側に駆け寄ると、カノン様の左手にそっと寄り添いました。
カノン様は白い大小の布、私のズボンから切り出したのであろう腰ヒモに細長い布の付いたもの、ズボンの生地から作った小さな布袋をお持ちでした。
・・この白い布は、今私が着ている肌着から切り取ったものです・・
心臓が止まるかと思いました。
私ごときのために、カノン様がこの寒空へ御肌をさらし、身に付けていた衣類から布地を切り出して頂いたのです。
なんと慈悲深い事でしょう。カノン様はやはり聖なる精髪姫なのです。
・・替えの当て布です。小さいほうが昼用、大きいほうが夜用です。これぱポーチです。昼用や夜用、必要によっては詰め物をしまう袋です・・
・・こちらはT字帯、私の国では産褥期の女性の介護用に使います。あて布の固定用にコスモスが使って下さい・・
(あの、使い方が分からないのですが)
カノン様のお顔が真っ赤に染まりました。
色々考えているようでしたが、意を決したようにカノン様が仰いました。
・・仕方ありません、一度だけ、私が使い方を教えます。少し足を開いて立ってください・・
私は(カノン様も)真っ赤になりながら、T字帯の使い方と当て布の交換を教わりました。
ハンカチは一晩でずいぶん汚れました。水場が見つかったらきれいに洗うことにしましょう。
私は、足にはカノン様に作って頂いた布靴を履き、左手にはカノン様に作って頂いたポーチを持ち、右手はしっかりとカノン様の手を握って、今度こそ、カノン様と二人水場を探しに出かけたのでした。