第10話:水場
見つかる可能性は高いが歩きやすい道へ出るか、それともこのまま身を潜ませやすい森を進むか、迷ったが道へ出ることにする。
ボクの体力では森の中を進むのは相当に難しいと思えたからだ。
いざとなったらコスモスを抱え、テレポーテーションで逃げよう。
昨日馬車を見た場所に道があるのを知っているので、コスモスの手を引いて森を少し進んで道に出る。
道に出て、そこでコスモスと情報交換をする。
闇雲に動く前に行動方針を決めるのだ。
・・ココがどの辺りか、水場はどの辺りか、分かることを教え合いましょう。ボクが分かるのは、この道を登った先の湖でコスモスを見つけた、その位です・・
コスモスが遠くの山々を見つめ教えてくれる。
(遠くに見えるのがウルスド山脈、その麓にクーニエル湖、ここは湖より下流です。湖からはアルス川が流れ出ており、その川の左をこの街道が通っています)
・・街道?この道はどこかの街へ繋がっているのですか?・・
(馬車で2日進むとウルスドの森を抜け、カールスの町に出るそうです。途中何箇所か給水場所があるそうです、これ以上は奴隷には教えてもらえません)
思った以上にコスモスからの情報は的確で重要だ。
道を登って行った先にはコスモスを追いかけていた奴等の村が在る、登る選択肢は無い。
なら道の右を流れると言うアルス川を森の中を歩いて目指すか、それも無い。
川までどれだけ距離があるか不明なのだ。森の中を長距離進む体力はない。
なら、この道を下っていこう。上手くすれば水場にたどり着ける。
水場に着く前に乾きに耐えられなくなれば、危険はあるが、湖に跳ぶ。
方針を決定した。
コスモスの手をギュッと握る。
ボクの今の考えは、接触テレパスでコスモスに届いている。
『偏光サングラス』を取り出して掛ける。
魔宝効果が必要なのではない。森の中と違い、木陰に遮られない街道上は泥道とは言え照り返しがボクの目にはキツイのだ。
それに今のコスモスは魔宝衣を着ているから、グラスの魔宝効果を発動しても問題ない。
サングラスを初めて見たのであろう、コスモスが少し驚いている。
・・私の肌も目も、太陽の日差しに弱いのです・・
コスモスにそう説明し、歩き始める。
===
いったいどれ程歩いただろう。
ノドの乾きも限界で、湖までテレポートで跳ぼうか迷っていた時、
(水です)
明確なコスモスの声が伝わってきた。
・・分かるのですか?・・
(はい、すぐそばで水の匂いがします)
コスモスに手を引かれ歩く。本当にすぐそばだった。
街道の右側に、馬車の休憩に使うのだろう森の中にテニスコート位の開けた草地がある。その先に幅1mも無いような細い川が流れていた。給水用に川から細い水路を引いたのだろう。
水路の岸部は傾斜になっている。
水上に見える部分から推測するに、おそらく水路の断面はV字形状になっていて、水量の変動により水面の高さが変化しても、容易に水面へ近付ける様になっているのだろう。
ボクもコスモスも夢中で水を飲んだ。
湖の水と同じく、とても冷たくて、とても美味しかった。
存分に水を堪能した後、二つの魔宝具の皮袋、『強欲の胃袋』と『節制の胃袋』を取り出す。
『強欲の胃袋』に入っている魔宝石を全て取り出し、『節制の胃袋』へ移す。
彼女『強欲の胃袋』は宝石が好きで別の物を入れると機嫌を損ねるのだが、今回はやむを得まい。
『強欲の胃袋』の口を水路につける。強欲な彼女は、どんどん水を飲み込んでいく。
この魔宝具は、持ち主の魔宝量の分だけいくらでも飲み込んで、そして重さは変わらないのだ。
せっかくの魔宝具なのだから、当面困らないだけの水を確保する。
水を汲みながら偏光グラスで水路を観察する。やはり居た。
「コスモス」
ボクが声を掛ける。彼女の名前だけは、声に出しても彼女に通じる。
コスモスが駆け寄ってきて、ボクに触れる。
・・焚き木を拾ってきて、火事に注意して火を起こしてください・・
(寒いのですか?)
・・違います、魚が居ます。ESPで魚を捕まえます・・
(分かりました、草地部分に焚き火の跡がありました、そこで火を起こします)
焚き木を求め、コスモスは駆け出した。森の中なのだ、焚き木の確保は容易だろう。
ボクは水路をにらむ。狭い水路だ、そう多くの魚が居るとは思えない。
体力消費の大きいクレアボヤンスは使わず、偏光グラスで見るにとどめる。
偏光グラスは水面の乱反射を消すので、水の中がよく見えるのだ。
所々水路は屈曲しているのだが、ボク等の位置から上流の屈曲部に魚は居た。
30CMより大きいかも、トラウトか?頭を川上に向けている。
ぼくの能力ではすばやく動いている魚を直接捕まえるのは難しい。
どうする?
「サイコ・キネシス」
狭い水路だ、魚のいる場所の上流の水と下流の水を一瞬固める。
うわっ思った以上に水の流れが『重い』。
重さに耐えて、魚を封じた水の固まりに一気に圧力を掛ける。
その瞬間、魚の浮き袋が潰れたのだろう。
そして、たかだか1秒にも満たないESPの使用で、ボクの体力は随分削られた。細い水路とは言え、流れ全体を固定するESPは負担が大きい。
でも、魚を仕留める事は出来た。水路の底に沈んで流されてくるのを、ESPで拾い上げる。
運がいいことに2尾手に出来た。
トラウトだ、いや、違う。トラウトに似ているが、ホウボウのように胸ヒレの下に細いカニの足状のものが3対6本生えている。
なら、カジカの仲間なのか?それも違うな。
認めよう。ここは地球ではない異世界なんだ。
水中・水面のエサを捕食しやすく進化したトラウトの体に、水底のエサを捕食しやすく進化したホウボウの特徴が見られるなんて、地球上の進化の流れとは違っている。
寄生虫の知識とか、地球のものが役立つか?、でも気になるので魚を処理してしまおう。
『絶縁の刃』を取り出す。魚の肛門から刃先を入れて腹を開き、内臓を抜く。
時期的に2匹とも抱卵していない。指でエラをむしりとる。
水路でよく洗い、ヌメリと腹腔内の血を落とす。
調理具が無いので串焼きしかできない、だからウロコも皮も取らない。
(火を起こしました)
コスモスが水路に戻ってきた。手には串に使うのであろう枝を何本か握っている。
薄々とかんじてはいたが、コスモスはかなり賢いようだ。
・・ゴメン、2匹しか取れませんでした・・
(十分で御座います)
受取った枝を水洗いし、先端を『絶縁の刃』で削って魚を刺した。
魚を持って、コスモスが起こした焚き火に向かう。
えーと・・・強火の遠火だったよな。
火が直接当たらない位置に串をたて、魚を焼く。
徐々に魚の皮に焦げ目が付き、透明だった眼球が白く替わっていく。
串を差し替えて裏面も焼く。
焼き上げるのに想像していたよりは時間がかかった。
何の味付けもしていない2匹の焼き魚を焚き火を囲んで二人で食べる。
最初コスモスはボクの食べ残しでいいと固辞したが、コスモスが倒れると火を起こせず、僕が生きていけないと説得した。
食べ終わってコスモスと抱き合った。
十分なカロリーが取れていない今、接触テレパスでの体力の消耗を抑えるためである。
・・魔宝具の中に十分水を貯めたので、当面水には困りませんし、この水路は狭いので、二人を養う十分な魚を期待できません。又、馬車の給水所なので、人目につく可能性が高いでしょう。だから、この水場には留まらず、森の外にあるカールスの町を目指したいと思います・・
(はい)
短期目標として、生きてこの森を抜けカールスの町へ行こう。
水は手に入った、後は食料と塩と、できれば情報だ。
中長期目標はコスモスの安全確保と生活基盤の確立だ。
コスモスは逃亡奴隷だ。クーニエル村と、その隣のカールスの町では見つかる可能性が高い。
カールスの町で魔宝石を換金できるか?村ではなく町なのだ、多分出来るだろう。
その金で衣類と旅道具をそろえ、別の町に移動する。
コスモスの刻印の契約者であるロイド男爵の領地は森の奥の僻地だ。
そこまで逃げれば、追手の手も届くまい。
その新しい町で、コスモスに通訳をしてもらって収入の手段を探そう。
セイネがこの世界に来ているか、ボクが元の世界に戻れるか、それらを考えるのは生活が安定してからに成りそうだ。
弟のセイネの事や日本に帰る事よりコスモスの安全性を優先して考えている事を、おかしいとは感じなかった。
・・水はあります。食料と塩を手に入れたいです・・
(4の月なので、木の実は期待できませんが、ある種の若い芽や花が食べられます)
・・ウルスドの森に危険な動物は居ますか?・・
(水場でパーチとネーク、森林部ではオルフとベアが人や家畜を襲います)
・・危険な動物が居たら直ぐに教えて下さい。ESPで跳んで逃げます・・
(カノン様は飛べるのですか?)
・・体力を使うので、一度跳んだらボクはあまり動けません。跳んだ先にも動物が居たら、コスモスの魔宝で助けて下さいね・・
(私の魔宝で、ですか・・・)
(カノン様、カノン様の御力で動物を捕らえられませんか?食料になります)
・・ボクには素早く動く動物に、ESPをうまくぶつける事は出来ません。魚も、狭い水路をESPで堰き止めて捕まえました。広い川ではムリです・・
(では、もし動物を見つけたら、私が魔宝を試して見ます)
・・はい、よろしくお願い致します・・
30cmのトラウト(マスもどき)1匹だけでは、1日分のカロリーには足りない。
ボクの体は代謝異常で体温も低い、つまり発熱に費やすカロリーが少ないので小食で足りるのだが、コスモスはそうではないだろう。
彼女は昨日、冷たい水に長時間浸かっている。かなりのカロリーを消費してしまっているはずだ。
エネルギー切れで動けなくなる前に、次の食料を確保しなければならない。
ボク等は又手を繋いで歩き始めた。
コスモスは左右の森に目を配りながら歩く。食べられる葉や花や季節外れの果実が残ってないか探しているのだ。
ぼくは魔宝具『偏光サングラス』の魔宝効果『深遠』を発動させて歩く、森の中に動くものが居ないか探すために。
繰り返すけど、コスモスは全身に魔宝衣を纏っているので、『偏光レンズ』をつけて視線を向けても、肌が透けて見えることは無い。




