第34話:戦争奴隷
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※
※筆者注)R-15:不愉快な表現があります。お食事中の方はご注意下さい
※筆者注)文中不適切な表現が有りますが差別の意図を持って書いてはおりません
※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
アネモネ・トリフォリアは、体の痛みで目を覚ました。
薄暗い狭い部屋に女ばかり数十人が閉じ込められていた。
「あぁ、痛い・・・ここはどこなの?、一体どうなってるの?」
周囲の女達に尋ねても、帰ってくるのは泣き声ばかりだ。ここの人間は自分以外、既に魂が死んでいるかに見える。
それにしても、顔の右側と頭の右側と右腕が熱くて痛い。
恐る恐る右手をみて、そして全てを理解した。右ひじから先の皮膚が、全て焼け爛れていたのだ。
教会の火事で負った火傷であろう。
右の手のひらの皮膚はかろうじて無事だったので、またもや恐る恐る自分の頭の右に触れようとした。
最初に絶望感が走った。
肩を過ぎるまで伸びていたはずの金髪に、触れる気配が全く無かったからだ。
そしてその時初めて、自分の右目が開いていない事に気が付く。
火事に巻かれたあの恐ろしい時間を正確に思い出そうとする。
そうだ、落ちてきた火の付いた屋根に驚き、自分は左半身を下にして倒れこんだ。
そして怖くなって、両の手を握り締め口元に寄せてお祈りを捧げた。
その、右の頭、右の顔、右の腕に、炎が落ちてきたのだ。
火傷の範囲から考えて、そう言う事が起きたのだろうと想像がついた。
ならここは捕虜収容所、又は、捕獲した奴隷収容所のどちらかだ。
自分は軍人で無いので、捕虜の可能性はかなり低いと言えるだろう。
そして女だけでまとめられている事、女達が皆泣いている事、自分が一切治療を受けた痕跡がない事から、ここがどこなのか、最悪の判断をせざるを得ないと結論する。
捕虜なら捕虜交換の要員として、人として扱われる。
そして、どうやらこの部屋の女たちは自分も含め、人として扱われてはいない。
判断を下すのに充分な根拠だった。
アネモネは自分と同じような隠れ魔宝使いがいないか、注意して部屋の女を見渡す。
ダメだ。ココに居る女は全員、只泣くだけで、考えることや努力することを放棄している。
精霊様の教えとして、考えること・努力することを忘れてはならないと教会で学んできた。
一緒に逃げ出すためのパートナーには1人として相応しい人がいない。
ならば危険だが1人で逃げようか?アネモネ・トリフォリアには一応それなりの考えがあったのだ。
何日かすれば、自分の排泄物から魔宝石を回収できるはずだ。
そうしたら、まずきちんと動けるように、生魔宝で火傷や傷を回復する。次に風魔宝でドアを破壊、飛翔魔宝で逃げるのだ。
敵国にも風使いや闇の空間使いもいるだろうが、彼らはまだ自分が魔宝使いだと気付いていない。
油断している内であれば、逃げるチャンスは充分有るはずだ。
なら今の自分にできる事は、生魔宝の石を取り戻すまで死なないこと、火傷の傷に耐えることである。
アネモネは便意が来るのをじっと待ち、体を横にして体力の消耗を抑えた。
部屋の女は全員が丸2日、水も食料も与えられなかった。
火傷と発熱で体の水分を失っているアネモネは、死に掛けていた。
3日目の朝、ようやく女1人に付き1個ずつ、ウシの胃袋が支給された。皆、我を忘れて夢中で飲んだ。アネモネも例外ではなかった。
胃袋イッパイに入った水を飲み終えた時に気が付いた、それは強力な下剤だったのだ。
高貴な女性が捕まる時、宝石などを飲み込んで財産の保全を図る事が多いらしい。
2日絶食の後、強い下剤を大量に飲ませれば、その宝石は排泄ツボで100%回収できる。
ひとりずつツボ付きの個室に押し込み、事が済んだら排泄ツボを回収する。中身は奴隷に確認させるから問題ない。美味い商売である。
アネモネ・トリフォリアは、敵の狙いを正確に読み取っていた。
汚い、不潔だとか言っている余裕はない。
彼女は排泄ツボの中から自分の糞尿にまみれて魔宝石2石を回収した。これで生魔宝で火傷や傷を治せる。
だが、緑の右目がつぶれた状態では、サファイヤを使った生の魔宝陣を展開できなかったのである。
アネモネは、自分の魔宝が魔宝石だけではなく、忌み嫌われたオッド・アイの瞳を通して精霊様と繋がっていたのだと言う事をこの時理解した。
自分の瞳が魔宝石と同じ色だった理由、魔宝陣が石ではなく瞳を中心に展開した理由、今まで不思議に思っていたことが氷解した。
だが不明点が解決したからと言って、生の治癒魔宝を使えない今の状況には何の変化も無い。
このまま風魔宝を使って逃げたとしてもこの怪我だ、すぐに掴まってしまうだろう。
そして魔宝使いとばれ、魔宝使い奴隷として売られることになるだろう。
ここで魔宝石を使うことは出来ない。
魔宝石を持って部屋に戻っても、身体検査でばれるだろう。彼らは宝石目当てでこんな事をしたのだから。
なら石をこの部屋の何処かに隠したらどうか。それもこの狭い個室では探されれば無駄な事だ、仮に隠しきれたとしても自分が別の場所に移動させられたら回収できない。
では、どうするか。
アネモネ・トリフォリアは人の誇りを捨てた。
アネモネ・トリフォリアは人として最も正しい解を導き出した。
糞尿にまみれた己の魔宝石2石を、再び口に運んで飲み込んだのだ。
鼻を抜ける猛烈なアンモニア臭、涙と鼻水が溢れた。口からはよだれと糞尿があふれた。
見回りに来た兵士が声を上げた。
「うわっ、なんだ、この火傷女!、腹が減り過ぎてブタみたいに自分のクソを喰ってるぞ!!」
この日から、アネモネ・トリフォリアは”クソ喰らい”と呼ばれ火傷で気がふれた者と思われるようになった。
数日後、集めた女全員から宝石を回収したと判断されたのか、移動させられることになった。
女たちは全員が檻付きの馬車に乗せられた。
後でわかった事だが、カールスの町の奴隷市へ出品するために運ばれたのだ。
実際この時は既に、アネモネは半分正気を失っていた。
馬車の檻の中に置かれた排泄つぼに排便するたび、何故そうするのか理由も忘れているのに魔宝石を手であさって探した。
そして石を見つけるたびに、糞尿まみれのまま口に運んでそれを食った。
他の女戦争奴隷たちは、無関心にその様子をを見つめていた。
”クソ喰らい”は、馬車の中でも自分のクソを喰らっていたのだった。
火傷でただれた右腕を躊躇無く排泄ツボに突っ込むため、右手の皮膚はただれを通り越し腐敗が始まっていた。
これが奴隷市開催の1日前までの、奇跡の存在とも言えるデュアルコア魔宝使い、アネモネ・トリフォリアの身に起きた出来事である。
===
宿に戻った私は、早速カノン様に報告致します。
「カノン様、明日、奴隷市が開かれるそうです」
「はい」
「遠征軍が町を落としたのだそうです。大きな町であれば、教育水準の高い女子が戦争奴隷として売りに出される可能性が非常に高いと思われます」
「コスモス、私達に奴隷は本当に必要なのですか?」
「逆にお尋ねします。この国の言葉が読み書きできない状況で、カノン様はどうやってご自分が自由市民だという事を証明なさりますか?」
「それは・・・」
「税の知識等も無いまま、どのような組織にどのように帰属して社会的地位を確立するのですか?」
「それ・・・・」
「今後カノン様と私の間に子ができた時を考えます。何処にどの様な届出をすれば、子供が自由市民になるのですか?」
「そ・・・・」
「一生働かず、一生隠れて、今ある宝石を売って暮らしていくのなら奴隷は不要でしょう。でも」
私は言葉を続けます、カノン様に理解して頂かなければなりません。
「新しい家を手にいれ、新しい仕事を見つけ、新しい社会になじむためには、それ相応の知識人の助けが必要なのです。そして、大きな町の戦争奴隷であれば、富裕層の子女=高教育者の女奴隷を入手できるチャンスなのです」
「・・・はい」
「次にいつ戦闘奴隷が入荷するか分かりません。又、カールスの町を出てしまえば奴隷市そのものに出会えないかもしれません」
「・・・はい」
「明日、日の出と共に市が開くそうです。まず、どの程度の奴隷がいくらくらいするのか、リサーチだけでも行くべきだと思います」
「・・・コスモス」
「はい」
「ボクは、2人の生活を大切にするため、出来れば奴隷を購入したくないのです」
カノン様の、私との暮らしを大切に思う心が流れ込んできます。でも、だからこそ、私は言わねばならないのです。
「カノン様」
「はい」
「私は、2人の生活を新しく築き上げるため、知識を持った奴隷を購入して頂きたいと思います。もし、私がロイド男爵から解放されたなら、その時には購入した奴隷も一緒に解放してあげましょう」
「・・・わかりました。では、見るだけ見に行きましょう」
「ありがとう御座います、カノン様」
「しかしコスモス。そもそも13歳の私が奴隷を購入など、できるのでしょうか?」
「奴隷はウシやウマと同じです。物扱いです。貴族様が5歳のお子様にポニーを買い与えなさるように、私に知識奴隷を買い与えて頂ければ幸いと思います」
「・・・購入の手続きのヤリ方は知っていますか?」
「概要は知っています。大きく分けて2種類です。1つ目は、奴隷バイヤーと購入者との間の金銭契約です。薄手の羊皮紙の契約書に双方のサインが必要です」
そして、と、コスモスが言葉を続ける
「2つ目が、奴隷と購入者との隷属契約です。一般には、厚手の羊皮紙に奴隷のサイン(代筆可)と購入者のサイン、奴隷の右肩に焼印、契約書にも同じ焼印を押します。契約書に厚手の羊皮紙を使うのはその為です。以上2つの契約で、奴隷が購入者の所有物になります」
コスモスが更に続ける。
「ただし契約書保持の為に、奴隷には自分の隷属契約書は見せないのが一般的です。奴隷のサインが代筆でも構わない理由は、奴隷が字を知らない場合が多い為だけではないのです。前にもお話ししましたが、ロイド男爵家では、奴隷本人に契約書は見せない、本人の名前の書き方を教えない、がルールになっていました」
「奴隷購入の際、私の身分や年を証明するような物が必要になるのではありませんか?」
「カノン様は今までの買い物で身分証等を御見せになった事がありましたか?、奴隷は物です。ウシやヤギやパンやチーズと同じ、売買取引が行われる物なのです」
「分かりました。では、契約書のサインはボクの国の言葉でもいいのですか。カイン王国の文字で書くのですか?」
「一般にカイン王国文字だと思います。契約書を見せて、この奴隷は自分のだと主張するのが目的の書類ですから、他の人に読めなければ意味が有りません」
「ボクの名前、カノンってCANUeNNで平気でしょうか?」
むりやり、カイン王国の文字を、英語やドイツ語の文字に置き換え表記してみる。
「キャニュンと読みそうな気もしますが、人の名前なんて”自分の国ではコレでカノンと読む”と言い放てばそれで良い気がします」
「契約の時の羊皮紙とかペンとかインクとか、その、焼きごてとかは借りられるのでしょうか?」
「はい。現金のみでOKのはずです。尚、焼きごてを借りた場合、”カールスの町の市で売買した”証明にはなりますので、契約書に奴隷の名前と主人の名前と契約日時が明記されていれば、たまたま同じ日に同名奴隷の売買契約が無い限りは問題ありません」
「コヨミや、今日の日付が分からないのですが」
「不明点は奴隷市場の者に訪ねるか、日付位なら奴隷バイヤーに代筆させても良いと思います」
こうして翌朝の朝食を取ってから、カノン様と私は町の中央広場まで知識層の女奴隷がいるのか確認する為、奴隷市へ行くことになったのです。
===
パンジーは待っていた。いつかコスモスが水汲み場に現れるであろうと踏んで、待ち伏せしていた。
パンジーが調べた範囲では町の水場は4箇所しかない。水場を定期的に回っていれば、いつかは見つけられると思っていた。
まだ、パンジーは知らなかったのだ。コスモスが、いくらでも水を貯められる『ヤギの第5胃』を手に入れていたことを。
今日は町が騒がしい。
なんでも、明日奴隷市が開かれ、戦争奴隷が大量に売りに出されるそうだ。
パンジーは考える。自分の様に生まれた時から奴隷なのと、途中から奴隷になるのとどちらが幸せなのかと。
そして、その考えがバカバカしい事に気付く。
答えなんて決まっている。どちらも平等に不幸だ。
奴隷の幸不幸を決めるのは、奴隷になった時期ではない。どのような主人に仕えるか、それだけだ。奴隷は主人の持ち物なのだから。
薄く切ったパンにチーズとハムを挟んだ食事を取りながら、明日から暫く、奴隷市の開いている間は中央広場から離れていようと心に決めた。
広場にある水場に近付けなくなるが、奴隷であるコスモスも奴隷市に近付く事は無いだろうと考える。
とりあえず明日は、雨が降った時の事を考えて教会の軒下を下見しておく事にしよう。そして水場が他にもないか、調べておくのも大切だ。




