第17話:絆
朝日に目を覚ますと、それまでと何もかも全てが違っていた。
世界がボク等を見守ってくれていた。朝もやの中の柔らかな日差しも、遠くにさえずる小鳥たちの鳴き声も、ボクとコスモスを祝福していた。
ローブの中、裸で横たわるボクの腕の中のコスモスの肩は、小さくて柔らかくて、そして暖かかった。
愛おしさに耐え切れずコスモスをギュッと抱きしめると、どうやらコスモスも目を覚ましていたようだ、ボクを抱きしめ返してきた。
そのまま「おはようのキス」をしようとしたら、コスモスが
「少しお待ちください」
と顔を背け、上半身を起こし、ローブの外にその愛おしい裸身をさらした。
「カノン様、お水をお願いします」
そう言われてコスモスに『強欲の胃袋』を手渡すと、コスモスは水を口に含んでうがいをして口を清め、それから一口、水をコクリと飲んだ。
「お待たせしました」
そう言ってコスモスはローブの中に滑り込んできて、長い長い朝の口付けをした。
「昨夜はありがとう御座いました。丁寧に可愛がって頂いた上、カノン様のモノにして頂けました。幸せで御座います」
「ボクのほうこそありがとう。コスモスの体で、とても幸せになれました。それに、ボクの体が成熟していた事を初めて知ることが出来ました。コスモスは大丈夫ですか?」
「はい、想像していた”味”とは違いましたが、問題はありません」
「いや、そちらの話ではありません。初めては”痛い”と聞き及んでいますが、平気ですか?」
「カノン様の刻印を体に刻んだ痛みです。この痛みが嬉しく、誇らしくすらあります」
「ありがとう、コスモス。でも、ボクの体がコスモスを身篭らせる事が出来ると分かった以上、今後はこういう行為を自粛しなければいけませんね」
「はい。種付けを受け止められないその分は、昨夜のように別の形で御奉仕させて頂きます」
昨夜、ボクとコスモスは結ばれた。
お互いがお互いを求めて結ばれた。
狂おしく触れ合う肌と肌を通して、体だけでなく、心も、気持ちも、2人の全てが解け合って繋がっているのを感じていた。
ロイド男爵は交配奴隷を家畜同様に考えているため、奴隷への種付けに忌避感を抱いてふるい立たない事も有るらしい。そんな時の為に様々な慰め方を、コスモスは子供の頃から教育されてきたのだと言う。
カノン様に喜んでもらえたから今はそんな教えも嬉しいと、コスモスは笑った。病気を恐れるロイド男爵は、出産を終えた女交配奴隷に性技教育の教師役をさせたのだそうだ。
コスモスに最初に触れた男はボク、と言うちっぽけな独占欲も満たされた。こんな事に拘ってしまう程ボクの器は小さいんだ。
そう、朝日に目を覚ますと、それまでと何もかも全てが違っていた。
世界がボク等を見守ってくれていた。
溶け合ったコスモスの心はボクの中にまだある。コスモスの「言葉」が理解できる。
多分、コスモスの中にもボクの心が残っているはずだ。今、ボク達は「言葉」で会話をしている。コスモスもボクの言葉を理解している。
「コスモス」
「はい、カノン様」
「今度肌を重ねるときは、カノン様ではなく、親愛なるカノン(ディア・カノン)と呼んで下さい」
「あぁ・・・カノン様・・・」
コスモスが声を詰まらせる。
「ボクはその呼びかけに、愛しい人と答えます」
「はい、必ずや。コスモスは幸せで御座います、カノン様」
僕はこの世界に来て何もかも失った。
文明的な生活も、魔宝使いとして約束された未来も、双子の片割れも婚約者も七属性の魔宝も、全てを元の世界に置いてきた。
でも、失ってばかりであった世界から僕は、新しい絆を手に入れた。
この絆を絶対に手放すまいと、心に強く願った。
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ボクの朝の下半身状態に気が付いたコスモスが「御奉仕を御望みですか?」と尋ねたが、それは丁重に断った。
これは単純な男性の朝の生理現象なのだ、コスモスを思って反応したのではない、苦しいが我慢できる。
コスモスを大切にしたい、お手軽な処理要員みたいに扱いたくないと強く思う。
ボク達は心の何分の1かを共有しているので、それが遠慮から来る物でない事をコスモスも理解しているはずだ。
「失礼しますね」、とコスモスは全裸のボクに背を向けて、T字帯を外して昼用に交換し始めた。全てを晒し合った仲とは言え、こう言う事は背を向け隠れてしてくれるのも慎み深いくていい。使用後の布は、水で洗って魔宝で乾かし、ポシェットにしまった。
ボク達は言葉で会話が出来るようになった、これは大きなメリットだ。
勿論今まで通り、接触テレパス(コスモス言う所の心話)、通常テレパス(こっちは遠話と言うらしい)も使える。
2人だけで過ごしているウルスドの森の中なら問題ないが、カールスの町ではテレパスだけでは人の不信を買うかもしれない。コスモスは逃亡奴隷なので、なるべく目立つ行為は避けなければならない。
コスモスとボクが会話できるなら話は別だ。ボクは外国の旅人で自由市民、コスモスはボクの通訳で自由民、そんな2人連れを装える。
無言で手を繋いで歩く2人連れよりは、まだ、真っ当な人間に見えるだろう。
「町に出ても、カノン様は女性と言う事にしておいた方がいいと思いますよ」
これが一心同体と言うものか、今現在は、表層に浮かぶボクの考え=表層に浮かぶコスモスの考えになっている。カールスの町での2人の身の振り方についてコスモスも考えていたのだ。
「男性旅行者に対しては女従者を連れていても様々な誘惑があると行商から聞いています。誘惑を全て避けていると逆に不信を買う可能性があります。カノン様が誘惑を望まれるのでしたら御止めしませんが、今度は病気の不安が御座います」
コスモスが続ける。
「女2人旅であれば、そのような懸案とは無縁です。男手無しの為、逆に危険が有るかもしれませんが、カノン様と私の2人であればネークにも勝てるのです、大抵の脅威は排除できると思います」
二人が一緒にいれば、精霊の刻印も克服できるし、人を襲う動物も撃退できる、何とか食料も確保できている、ボクもコスモスも森を抜けたその先の暮らしに付いて、考え始めていた。
「コスモス、一つお願いがあります」
「はい」
「今後はロイド男爵の事を旦那様と呼ばないで下さい。彼は単なるコスモスの契約書の保有者です」
「わかりました。私の主はカノン様です。これからはロイド男爵様と言います」
そして2人で朝食を取る。食材は全て火を通してあるので、ショルダーバッグから出してコスモスの魔宝で暖めて食べるだけだ。
ボクはユリネを2つとアスパラを2本、コスモスは肉を1串とアスパラを何本か。
心が共有できていると変な遠慮が無くなっていい。
ボクが少量の食事で本当に満腹に成ったのがコスモスに伝わるし、コスモスが遠慮して食べるのを控えていることもボクに伝わる。
今ある食料の中で、お互い必要な分を必要なだけ食べる、足りなくなったら2人で分け合う、そう言うルールが無言で作られる。
そもそも今までの2人の食事サイクルが違うのだ。
ボクは一度に多量に食べられず・朝小量・昼中量・夜中量だったのに対し、コスモスは・朝大量・昼無し・夜中量と食事を取っていた。
一緒に食べる食事の量が違って当たり前なんだ。
朝食が済むと、コスモスが森の奥にある1本の太い倒木を見て言った。
「カノン様、あの倒木を細かく切れますか?」
「はい、できます。虫を取るのですか?」
「虫も欲しいですが、あの太さの木なら木の芯は硬く締まっているはずです。ナイフで小さな手桶2つと、桶を1つ切り出して下さい」
「重くて運ぶのが大変ではありませんか?申し訳ないけど、多分、ボクの体力では運べませんよ」
「私が持ちます。昨日湯の沸かし方を覚えました。小さな手桶に干し肉を切って入れ湯を沸かせば、肉を柔らかく食べられます。塩が手に入れば、野草を入れてスープにも出来ます」
「なるほど」
「桶があれば、今夜ならまだ私の体は新月の4日、満月の裏です。血の穢れを清めればカノン様を受け入れられます、それに」
「それに?」
「桶があれば終わった後、カノン様のお体を御掃除できます。手桶があれば口を濯げるので、事済んだ後でもカノン様の口付けを頂けます」
ボクが『絶縁の刃』を取り出したのは言うまでもない。
桶が1つあるだけで幸せ溢れる生活が送れるとは思いもしなかったよ。
ナイフを横一閃する。倒木が縦に2つに切れた。又、つまらぬ物を切ってしまった。
切断面を見ると、木の皮の裏側あたりは虫食いチーズのように穴が沢山開いている。これがカーキリの幼虫の虫食い跡か。
コスモスの言うとおり、木の芯はしっかりしていた。
木の芯から、まずは大きめのコップを削り出した。コスモスが食事に使えるようしっかりした大きさだ。
そのコップにすっぽり入るように、中くらいのコップを削り出す。これがボクの食事用。
中くらいのコップに入る小さなコップ、更に小さなコップを作る。この二つが飲み水用だ。
4つのコップは1つに重ねられ場所を取らない組コップなので、1まとめにしてコスモスのショルダーバッグに入れられる。
そして木製の匙を2本、木製のフォークを2本、日本人だからね、箸も1膳削り出した。
木皿も2枚用意した。役に立たないだろうから、木製ナイフは作らなかった。
それと、コスモスの長い素敵な赤髪を梳かせるよう、木目方向にあわせて櫛を1枚削り出す。
このままだと切り出した櫛の歯は角が立っているので髪が痛む、暇を見てハギレで磨こう。油かワックスが手に入れば尚いいな。
最後に桶を削り出す。形状はバケツに近い。円柱ではなく円錐台だ。顔や髪を洗うとき、上面が広いほうが使いやすいだろう。
外形を削ってソリッドを切り出す。後は内側を削っていく。
強度に問題が出ないよう、それなりの厚さを。重量に問題が出ないよう、それなりの薄さを。
削りすぎたら盛れないので、少しづつ少しづつ丁寧に削る。
削っていたら、そこへコスモスが声をかけた。
「カノン様、これを付けられますか?」
見ると手にヒモを持っている。どうしたのかと聞くと、杉の樹皮を裂いて長い繊維だけを選んで紙縒り、紐にしたのだと言う。
鳥とかヘビとか虫とかヒモとか、コスモスはサバイバル能力も高い。
作った桶に穴を開けヒモを通す。ショルダーバッグに組コップ、皿、匙やフォークを入れる。
櫛は磨き終わったらコスモスにプレゼントするんだ、今はそっとローブの外ポケットにしまう。
体力を考えると、ショルダーバッグも木桶も、コスモスが持つ事になる。
その2個を左肩にかけたコスモスに重過ぎないか聞くと、平気だと答えた。
「私はカノン様と溶け合っていますから本当に重くてダメな場合、それをごまかすことは出来ません。カノン様が私の為に櫛を作ってくださったのを隠せないのと一緒です」
あ、櫛、ばれてたのね(笑)
「それと、カーキリの幼虫を沢山捕まえました。カノン様に食べられる今の保存食は貴重ですので、カーキリはこの場で私が食べていきます」
「分かりました」
幼虫を見せてもらう。想像していたよりずっと大きい。10cm以上あるか?太ってるし。日本のカブトムシの幼虫よりはるかに大きい。
コスモスは桶の削りカスを使ってテキパキと焚き火を起こし、炎が落ちて置き火になると生きたまま幼虫を放り込んだ。
幼虫は直ぐ動かなくなる。木の枝で転がしながら満遍なく焼いていく。黄金色になってくる。
不思議だ、「加熱」という「調理」を経ると何故か食べ物に思えて来た。
焼きあがった虫を、せっかくだからと作ったばかりの皿に山盛りに盛る。
コップを2つ出し、そこに水を入れる。栄養バランスを考え、残り少ないアスパラを皿に添える。
皿とコップがあるだけで、虫がちゃんとした料理に見えてきた。
コスモスは虫をムシャムシャと食う。「おいしいの?」と聞くと「おいしいです」と答える。
心が繋がっているので、コスモスが感じている美味しいと言う満足感は伝わってくる。
「ボクも食べてみます」
コスモスがびっくりして言う。
「まだ肉も残っています。ムリなさらなくても」
「2人で生き残るためならがんばります。本当にムリなら、ソレをコスモスには隠せないでしょう?」
「わかりました」
皿の上の虫を1匹摘む。生きている時はウネウネしてたが、焼きあがると真直ぐに伸びている。
しげしげと観察する、充分火は通っている。これなら寄生虫が居たとしても死滅しているだろう。
意を決して虫を頭からかじる。表面はカリッと、中はとろーり・・・と想像していたが違った。
表面はカリッ、中はしっとり。この食感は何だろう、あ、海老だ。塩気が無くうまみの濃い海老を食べているようだ。
なるほど、コスモスが美味しいというワケだ、納得した。
「コスモス、美味しいです」
「そうですか、良かったです。虫は4月の今が一番太っています。じき、木の中でさなぎになってしまいます。さなぎはあまり美味しくないので、虫を食べられるのもあとわずかな間です」
「では、さっきの木からもう少し採取し、焼いて保存食にしましょう」
「はい」
こうしてボク達が虫取りと保存食作りに精を出していた時、街道では小さなイレギュラーが起きていた。
中間地点の休憩所で一夜を過ごした行商人ギースは、何を考えたのかカールスの町へは向かわず、クーニエル村へ引き返したのだ。
「村から馬車で半日の所で怪しい二人連れを発見した、逃亡奴隷とそれを手助けした魔宝使いやもしれぬ。男爵様に報告すれば、報奨を頂けるやもしれぬぞ」
そんな事とは知らず、ボク等はその後、風属性魔宝へのチャレンジを始めていた。




