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昔話 ~犠牲~

一瞬だが周りの流れが遅くなった気がした。銃弾を発砲した男の声も。赤い鮮血を流し倒れていく彼女の動作も。それに応じて駆け寄る無数の靴音も。全てがスロー再生しているようなそんな感じで動いていた。


ドサッ。


「貴様っ。何をやっているか!上からの命は首謀者の身柄拘束であったろうに!」


始めに話し掛けてきた男が大声を上げた。

その頃の俺は目の前で起きた現実に理解が追い付けないでいた。結果。その場で立ち竦むしか出来なかった。

倒れた彼女はデコから腹部から出ているモノと同じモノを地面に垂らしていた。一目見て分かる。もう助かることは叶わないだろう。 そして理解が遅れて追い付いた。


「…あ、あか…さか…?」


俺はゾンビのようなふらつく足取りで彼女の元へと向かった。

近くで視る彼女は虫の息ではあるが呼吸をしていた。だがそれも恐らくは永くはないだろう。


「…あかさか?」


俺は小さな声で彼女に声を掛けた。

それは意識の確認である。


「…ハァ。ハァ。」


しかし返ってきたのはそんなさっきから聞こえる虫の息だけだった。

やはり意識はもう無いのか。呼吸をするだけ で精一杯なのだ。


「クッ…。」


そう何も出来ない自分を悔い歯を噛み締めたその瞬間…


「あま…の…りゅ…う。」


途切れ途切れで息遣いも荒い小さな弱音が耳に微かに届いた。


「なんだ!?俺ならここにいるぞ。」


俺は今出せる全力の声で赤坂のそんな声に応えてみせる。


「あまのりゅう。わたしはもう死ぬ。自分でも分かるわ。瞼が重いの。」


そんな事を弱々しく話す彼女を俺はただ黙って見てやるしか出来なかった。頭を一撃ち。魔法でも使わない限りは助かる筈がない。


この世では無理な事。諦めなければならない事がたくさんある。それが正に今だ。

彼女は死からは逃れられないのだ。それでも彼女は口を開いている。ホントはもっと違った人に伝えたいであろう彼女の遺言。それが俺に届く。


「…あまのりゅう。日記を…。沙窪の日記を…守って。」


「分かった。それがお前の意思でもあるんだな。俺が言うのもアレだが沙窪の親友がお前で良かった。」


俺がそう言うと目の下にいる彼女は最後に口を緩めた。そして弱々しく。それは耳を凝らさなければ聞こえない声で彼女は言った。


「…ありがとう」




そして彼女は目を閉じた。口元に笑みを。目には涙を浮かべ。彼女は永遠の眠りについた。

だが、彼女の体からは赤い鮮血が止まらず床に流れていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


訳が分からなかった。人が死んだ。それも目の前で。なのに今、この場にいる人等は誰一人それを気に留めてはいなかった。

黒服の男供は一人の黒服の不祥事をどうするかで揉めているだけであった。


彼女は…赤坂水月はそれほどの事をやったのだろうか?

人を人として見られないような行為。そんな事を?


俺は気になった。最後に他人の事を気に掛けるような人間が悪事を働くとは思えないし思いたくなかった。


「あの?あかさ…。彼女は一体何をしたんですか?禁忌って何なんですか?」


俺は聞いた。始めに大声を上げた黒服の男に。


「んー。」


男は数秒頭をボリボリ掻いて考えていた。

もちろん言うか言わないかを。


そして数秒。答えが出たらしい。


「まぁ、いいか。どうせ記憶は後で消しておく訳だからな。」


記憶を消す?それは今日という日の記憶が全て消えるという事なのか?俺は思ったが敢えて言わないでおいた。まだ。


「アイツ。赤坂水月は私達世界の空間移動に課っせられる必須項目を無視した。」


「…無視?」


「あぁ。そうだ。私の世界で空間移動を可能にするには四つの条件を呑んでもらうのだが赤坂水月はその項目の一つを無視した。」


「因みにその項目とは?」


俺はその四つの項目を覚えていた。


確か一に その世界に行った者は二度と帰っては来れない。


二に その国で決められた人間を監視役として同行させる。


三に その世界で罪を犯した者はその監視役に抹殺される。


四に その本人。又はその同行者が命を落とした場合はその二人はこの世で存在しない者となる。


だった筈。一と四は無いとすると赤坂が犯した項目は二か三に限られるわけだが。


「赤坂水月はその項目を全て無視した。」


「は?」


予想外の言葉にそんな間抜けな声が溢れ出た。


「ど…」


俺は出ていた言葉を咄嗟に口を押さえて呑み込んだ。

どうして!という言葉は全ての項目を知っている奴しか出ない言葉だ。ここで俺がその言葉を出してしまったら赤坂が俺を守ってくれたのが台無しになってしまう。それだけはしたくなかった。


「全てとは具体的にはどんな事なんですか?」


俺はあたかも何も知らない存じていない。そんな素振りをして男に問た。


「そうだな。具体的と言うよりも赤坂水月はこの世界でもあるように窃盗の容疑に近いものをした。」


「せ、窃盗ですか?」


「そうだ。赤坂水月は我々に許可なく無断で空間移動を実施した。」


「なっ…」


恐らく空間移動とゆうものは人類初であってそれは非常に不安定で不安要素一杯なのだ。その世界の役人等がビクつくのも無理はないこと。

そして幾つかの案から挙げられたのがその四つの項目なのだろう。

空間移動とは云わば全ての世界基盤を崩しかねない危険な事なのだ。


「察してくれたか少年。そう我々は赤坂水月という人物を知らない。故に我々は焦った。それがまだ未成年の女性でも世界を困惑させるには十分だからだ。それは世間に公にさえしてはいないが過去に無いほどの重大事件になっていた。結果がこの人数だよ。」


改めて見ると確かにかなりの人数がこの場。その場に散らばっている。男の言葉に嘘や偽りは無いことは明確だ。


「ですが、あか…彼女は何故そうまでして空間移動をしたのです?」


「ん?それは赤坂水月がそんな方法を使って空間移動をした事について訊いているのかな?」


「あっ、はい。そうです。」


確かに赤坂は普通にその世界の契約に基づいて空間移動をすればこうはならなかった筈だ。こんな結末にはならなかった筈だ。


「聞き返して悪いのだが少年。さすがにそこまでは分からない。」


少々、期待していたのだが返ってきた言葉はそんな謝罪の言葉だけだった。


「そうですか。」


そりゃぁ、そうだ。本人の意向なんて本人にしか分からない。


「だが、彼女の身元を調査した我々にはある程度の推測は出来てはいる。」


「本当ですか?」


「あぁ。そうだが。何故に被害者である君がその加害者の者の事をそう聞きたがるのだ?」


しまった。今はそういうことになっていた。

俺は赤坂に脅されていた無知な被害者であったのだ。その事を忘れていたわけではないがうっかりズカズカ質問しすぎてしまった。


「えっと…アレです。脅されていたっても彼女なんだかんだでスッゲー美人だったじゃないっすか?ずっと一緒にいたら何だか彼女の事が気になってしまって。それでそのあの…そういう事なんです。」


アー。俺何言ってんだよ。テンパりすぎて自分でも何言ってるか分からん。

とにかく誤魔化せれれば…。


「あー。分かった。分かった。どうせ今、話している記憶も消えるんだ。そうコッチも気にしちゃいないよ。少し疑問に思った程度だ。まぁ。だがそれが君の本心なんだな?如何にも年頃の男が考えそうな事だ。」


よかったー。

俺は内心で息を大きく吐き出した。これで赤坂と俺の関係は崩れる事なく質問を続行できる。


「それでその推測と言うのは?」


「あぁ。そうだった。我々は赤坂水月という人物を調べた。それこそ彼女が世界をメチャクチャにするような人物だったら不味かったからね。それで調べた結果。彼女は善良な人物でも邪悪な人物でもなかった。」


「と言うと?」


「彼女の経歴は正にバラバラ。精神障害の疑いもある。」


「精神障害?バラバラ?」


言ってる意味が分からない。赤坂は普通だった。

確かに表情を顔にあまり表さないような人物ではあったが別に普通だった筈だ。


そんな俺の心を読んでか男の口は動き続ける。


「赤坂水月がやっていた代表的なものを上げていこう。」


「はい。」


「まずは善からだが。赤坂水月は地域のボランティアに盛んに参加していた。それと自害しようとしていたクラスメートの一人を助け感謝状を貰っている。」


ほぉー。赤坂そんな事をしていたのか。いい奴じゃないか。とか思っていると。


「次に邪の事だが。彼女は多数の店舗で窃盗行為を行っている。それに同年の児童を病院送りにしている。」


男はそこで一旦言葉を切り、続けた。


「分かったかな?我々の心境は?彼女は危険要素だった。一刻も早くこの事件を解決に導きたかったのは。分かってくれたかな?」


違う。赤坂は言っていた。赤坂は沙窪に会う前は腐っていた。しかし沙窪に出会った後は変わったと。彼女に取り巻く世界が。彼女自身が変わった。と。


目前にいる男が言う事は間違いではない。

だが、それは過去と現在の赤坂を区別しないで言っている事。過去の赤坂は確かに危険要素で異常だった筈だ。しかし、今さっきここで俺と会話をしていた赤坂は正常で優しい心を持った女の子だった。

彼女は危険要素なんかではない。他人の事を思える優しい人。


と、言いたいのだが俺はそれを言えない。

それを言って彼女を肯定してしまったら俺は今度こそ逃場がなくなる。赤坂がせっかく作ってくれた安全圏をそう簡単に壊すことは出来ない。

だから俺は彼女を悪役に仕立て上げなければならないのだ。自分が助かる為に。


「で、彼女がそのような行動をとったという推測は?」


「まぁ、そう急かすな。調査を続けると赤坂水月はある女性と親しい仲になっている事が分かった。」


「どうしっ…」


反射的に出てきた言葉を押さえる。男が言葉を休めて此方を見ている。誤魔化さないと。

しかし、それが直ぐに出来なかった。


どうしてこの世に存在していない沙窪の存在を知っている?いや、覚えているのだ?

俺すら忘れていたその存在をどうしてこの役人供は?


「どうした?変な事でも言ったか?」


男のそんな言葉で俺は我に返る。


「いえ…。別に…。続けて下さい。」


「そうか?なら。」


男はどこか腑に落ちない。そんな表情をしてはいたが話を続けた。


「我々が調査して分かったその女性の名は下川沙窪という女性だった。」


ドキッ。


心臓が脈打つ。ここからは自分との戦いだ。


「その女性、実は契約に基づいてその存在をこの世から消してるんだ。それで赤坂水月は下川沙窪の存在を自分から消したくなかったから空間移動を決行した。」


「…それはどうして?」


「これも我々の推測なんだが赤坂水月は消える前の下川沙窪の身の回りに盗聴機をくっつけていた。恐らく贈り物とか言って贈った品にでも仕込んだんだろうな。それで下川沙窪が消える時の曜日。時刻は分かる。後はそれに応じて自分が空間移動をすれば下川沙窪の存在は記憶から末梢されない。」


「そんな事が…」


「そう。出来るんだなそれが。原理は簡単。我々が彼女を完全に消す事で彼女はその存在をこの世から消せる。それには彼女が産まれる過去にいけばいい。」


「過去!?って事はソッチの世界では空間移動だけではなくタイムトラベルも可能なのか?」


ついつい敬語からタメ語に変わってしまい話の腰を折る。


「勿論だとも。と言うかタイムトラベルよりも空間移動の方が非現実的だろうに。まぁ、タイムトラベルは私情では使用できないけどな。」


「?それって意味あるのか?」


「意味はある。代わりに空間移動が出来る。空間移動とタイムトラベル。二つは均衡にその存在意義をなしあっている。つまりは片方は脅しだ。」


成る程。空間移動したその世界で悪さをしない様にとタイムトラベルで脅してるわけだ。

法を犯したら即消すぞ。みたいな。


「話が反れた。まぁ、だが存在を消す原理については分かってくれただろ?それでだ。赤坂水月はその原理の抜け道を使った。」


「抜け道?」


「そう。下川沙窪がこの世から消える直前。即ち我々が彼女の出産を無かった事にする直前に赤坂水月は空間移動をした。さすれば赤坂水月一人は一瞬だけだがこの世に存在しない者となる。つまりは赤坂水月の記憶はそのまま。記憶は消えない。」


「だ、だから彼女は面倒な契約は出来なかった。そういう事ですか?」


「そうだな。この抜け道を成功させるにはタイミングこそが重視される。独自の判断で実行するしかなかったんだろうな。その後の事は判っていたろうに。そうまでしてこの世界で何がしたかったんだろうな。下川沙窪の記憶を持って。」


「・・・・・・・・。」


馬鹿だ。赤坂は始めっから死ぬつもりでいたんだ。俺に沙窪の記憶を呼び戻してそれで死ぬつもりでいたんだ。クソッ。クソッ。


「ん?どうした少年?」


気付けばいつの間にか俺の眼からは止まっていた涙がまた流れ出していた。だが、もういい。言い訳も。誤魔化しもしなくていい。


もう自分を犠牲にしてまで俺に会いに来る奴なんて来るなよ。馬鹿供が。


この涙は止まる事なく俺の両目から流出した。



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