表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/47

昔話 ~巻き戻し~

取り敢えずは流れていた涙は止まった。涙は止まったが時間はそれまでと同じように流れている。

沙窪が皆の記憶から消えた事も。

赤坂が死んだ事も。

その時間は戻る事は決してない。


「気がすんだか少年?悪いが我々にも先程、帰還命令が下された。急で勝手だが君の記憶を少々弄くらせてもらうよ?」


男はそう言い何やらポケットからよく分からない機材を取り出した。その形状はスタンガンに似ている。


「ちょっ、少し待ってください。まだ聞きたい事が。」


まだ終わらせてはいけない。

このまま男の言葉に素直に従っては本当に全てが白紙に戻ってしまう。赤坂の死んだ意味がそれこそ無駄死にになってしまう。そんな事を許す俺ではない。


しかし、今現状ここから逃げるという選択肢はあまりに邪道。無意味に。呆気なく捕まり終わりだろう。

なら、俺はどうするのか?

それは考えがある。俺は聞いた。やり方はさておきここにいる黒服の男供は沙窪の記憶があった。

それをどうにか聞き出せれば…。


「何だ?それはどうしても聞きたい事なのか?」


男は焦れったそうな表情を刻み問いを返した。


「はい。時間は取りません。」


「…はぁ〜。分かった。早くしろ。」


男は脱力感たっぷりの溜め息を吐き出し了承の言葉を告げる。


「ありがとうございます。」


俺は礼を一言。言葉を考えた。ここで言葉を間違えてしまったら。沙窪と俺の関係がバレてしまったら最悪。しっかり考えて慎重に言葉を選ばなければならない。

とは言えここで黙っている時間もない。それこそ疑われる。 考える時間は礼を言って数秒の時間のみ。


「いえ。少し気になってしまって。その記憶を消すとはその…タイムトラベルを使ってやるんですかね?」


「成る程。確かに何も知らずに消されるのも気分が悪いか。いいだろう。教えよう。」


フー。取り敢えず一息。次の言葉を今のうちに探す。


「私が今から君に行う記憶を消す行為はタイムトラベルとは全く関係が無い。と言うよりタイムトラベルは契約や法律に直結しない限り使用は認められないのだよ。」


「なら、どうやって?」


「それがコレだ。」


男はそう言って俺に持っていたその機材を見せつけた。


「コレはMBと言ってな記憶喪失を意図的に起こさせる機械なんだ。」


「記憶喪失?」


「そう。では質問。君は1週間前の夕飯を覚えているかい?」


「え?」


いきなりの質問。俺は考える。しかし中々出てこない。1週間前俺は何を食べたんだっけか?


「どうだい。思い出せれないだろ?ではまた質問。昨日の夕飯はどうだい?」


昨日?昨日なら少し考えれば出てくる。


「昨日はオムライスにコンソメスープ。それとヨーグルトを一個だったかな?」


「うん。うん。中々にバランスがいい。」


男は満足そうに頷いていた。


「一体それがなんなんです?」


「何って?それこそが君が毎度繰り返している記憶喪失だ。それで今から行う簡単な説明にもなる。」


「へ?」


「意味が分からないか?なら詳しく説明しよう。人間の記憶は単純だ。覚え。忘れる。しかし覚えた記憶は日が経つにつれ薄れ次第に無くなる。記憶の痕跡が残る物もあるがそれはさておきだ。」


ここまで聞いてようやく分かった。


「つまりはその機械は俺の今日の記憶を薄め抹消する機械と?」


「察しがいいな。その通り。このMBは側頭葉と呼ばれる記憶。聴覚。言語を蓄積している脳の一部の脳内時間を速める機械になる。時間を速めれば記憶は薄れる。質問した通り。君は1週間前の夕飯を覚えていなかったのと同じだ。」


「成る程。それなら貴方方は今日の記憶を喪わないと?」


前置きはそのくらいでいい。そろそろ本題に入らねければ。


「まぁ。そういう事になるな。」


男はもう話は終わったと言わんばかりに俺にそのMBを近付けようとしている。

それをやられては最後。俺は早口に口を動かした。


「なら、貴方方が下川沙窪の記憶を所有していたのはどういった理由になるんですか?勿論その機械は使ってないのですよね?」


心臓の脈打ちが速度を上げる。息が荒くなるのを必死で隠す。


「…勿論そうだが。何故そんな事を?」


その通りだ。俺は下川沙窪という女性を知らない事になっている。その俺が彼女の事をそう聞きたがる理由はどこにもない。むしろそれは不審だ。

この目前の男の事はさすがに知らないが見た感じは抜け目がない感じの男だ。その証拠に俺の不審な質問にはがっしりと食いついた。しかしそれは想定内。


「いえ、記憶の話を聞いていたら少しその手の話に興味が沸いてしまって。どうせ記憶は喪ってしまうんですけど。最後に気になった謎を解いておきたいと思って。駄目ですかね?」


どうにか最後まで言えた。恐らく声も震えていない筈だ。平常心で訊けていた筈。


「ん〜。」


男は考えていた。そして数秒後あまり良い表情では無いがその固く結ばれた口を開いた。


「まぁ、いいだろう。だが、時間が無い。短絡で簡単に済ませるがそれでいいか?」


「はい。ありがとうございます。」


そんな明るい声とは裏腹に俺の心中はバクバクだった。

だが、これで何とか聞き出す事には成功した。後はその今から聞く話で自分も彼等と同じことが出来るか否かの問題に限られる。


「始めに言っとくと我々役員も記憶を喪ってはいる。まぁ、一時的だが。」


「一時的?」


「そう。一時的だ。原理を簡単に説明しよう。簡単に言うと我々は喪った記憶を思い出した。それだけなんだ。」


「思い出した。ってそんな事が出来るのか?」


俺は自身と沙窪の関係の事は忘れ、身を乗り出すように声を発した。


「あぁ。と言っても原理は先程と似たようなものだ。赤坂水月が使ったように我々が下川沙窪という存在を消すと同時に別の班が空間移動をする。そうすれば赤坂水月同様、下川沙窪の記憶は消えない。」


「ん?その言い分ではあんたらの記憶からは下川沙窪の記憶は消えたままじゃないか?」


「そうだ。」


男はそんな俺の問いかけに黙って首を縦に振った。


「そうだ。って…」


「まだ話は最後までいってないぞ。」


俺がムキになって声を上げようとしたと同時に男の冷静な声が返ってくる。

少し頭が冷えた。沙窪の事となると気をうっかり抜いただけでついつい熱くなってしまう。

気を付けなければならない。


「すいません。」


一言そう口にすると男は少し怪訝そうに顔を刻み話を続けた。


「始めに結論から言えばよかったかな?記憶を甦らせるにはその喪った記憶のきっかけをその者に話せばいい。つまりは、我々の頭から消えてしまった下川沙窪の記憶を別の班の者に聞けば甦る。そういう事だ。」


「つまりはその知りたい人物の情報たる物を受け取る事で記憶は元に戻る。と?」


俺は自身で聞いた事を簡潔に解釈した。


「まぁ。簡単に言えばそう言う事になるな。」


男がそう自分の解答に上乗せさせた事で記憶云々の理屈は完璧に理解が出来た。


「もう話は終わりだ。こっちも暇ではない。」


男に聞くことはもう無い。記憶を甦らせる方法も完璧に分かった。だから男の今から始める行動を拒む必要も理由も無い。

だが、考えがまだまとまらない。ここでまた記憶を白紙に戻して甦らせる事が出来なかったら…。

それを考えるとまだ記憶を弄らせる訳にはいかない。絶対に甦る。そんな確信たる証拠がない限りはまだ…。


「ちょっ、ちょっとまだ少しだけ…うっ!?」


「悪いな。もう時間が無い。」


男は俺の懇願を遮りその自身の手に収められた物体を俺の頭にソッと触れさせた。


記憶が…。

頭の中がボーッとしてきた。猛烈な睡魔が俺を襲う。男の持っているMBという機材。確か脳内時間を速める機械とか言っていた。恐らく俺の脳内は今、グチャグチャだ。それで脳が咄嗟の防衛反射として眠気を俺に送っているのだろう。それに従えば安全なのだろう。

だが、俺はまだ…まだ。


「ん?どうしたんだ?もうそろそろ過度な眠気が襲ってくる筈なのだが?」


何時までも俺が堪えているからであろう。男は若干の不審を抱いて呟いた。


襲ってるよ。眠い。瞼が石のように重い。

意識全てを目に集中さしてようやく半目で持ちこたえれている。だが、それも時間の問題。

クソッ。早く確信たる証拠。物を見つけなければ…。

しかし、そんな考えも。沙窪の存在も。赤坂の最後までもが薄れていっているのに俺は気付いていた。

だから尚更。焦る。俺はもう嫌なんだよ。

大切な記憶を。大切な人を。大切な思い出を喪うのは…。


「いやなんだよっ…!?」


叫ぼうとしたその台詞も最早蚊の息。そんな絶体絶命な時。遂に見付けた。


「アレダ……」


遂に見付けた確信。それをうっすらと目の中に映し出すと俺は暗黙の中へとその意識を移した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


夢を見ていた。辺りは真っ暗。そこで俺は独り泣いていた。膝を抱え。子供がいじけるように。泣いていた。

そんな時。目の前に人の気配を感じた。俺はゆっくりとその顔を上げ、その人物に自身の泣き顔を見せた。


「お…お前?」


顔を上げた目の前。そこには一人の人物が立っていた。


「何時までそうしてるつもり?」


肩にかかっている長髪を払い彼女は言う。


「何で…何でお前がいるんだ?」


「あら?いては駄目だったかしら?」


彼女。赤坂水月は淡々とした口調で逆に質問を返した。


「いや…ん?」


てか、ここは俺の夢の中だろ?赤坂が生きていてもここには来れない筈。ってか、何で俺は夢の中で普通に会話が出来てるんだ?


「恐らく今、次元や世界の因果律が不安定な状態になってる。現象を起こしたのは私。だからその時間内なら私はどんな事も出来る筈。」


俺の疑問を読み取った赤坂はひとりでに口を開いた。


「オイ。オイ。何言ってんだ?俺にも分かるように話してくれよ?」


「つまりは私が死んだ事で全次元に支障をもたらしてしまった。私の世界の役人達はその尻拭いをしている。その尻拭いが全てを無かった事にする事。」


「無かった事?」


「まぁ。単純に言えば沙窪にやった事と同じよ。私の存在を無かった事にする。そうすれば私はこの世界にも来ていない事になる。」


赤坂の言葉を聞いていた俺は思っていた。

アレ?こんなような事、前にもやっていたような?アレは…。


「その影響で私は少しの間だけ存在が世界に認知されなくなる。それで分かったかしら。夢だろうと。妄想のなかだろうと私はその中に行ける理屈が。」


「あ、あぁ。」


はっきり言って五割も分かっちゃいない。だが、分かった事。それは赤坂は時間が無いにも関わらず俺に会いに来た。それだけ分かれば充分だ。


「それで何?」


「察しがいいのね。」


赤坂は俺に会いに来た。勿論それは俺に伝えたい事があって。


「そう。時間が無いの。無駄な雑談をしてる暇はないわ。」


「分かってる。で、話は?」


俺とて赤坂の境遇は分かっている。だが、それでも無駄話に盛り上がっていられる時間は無いのだ。

それが例え彼女の最後になろうと。


「ノートの事よ。」


赤坂は唐突に口にした。それは俺がMBに必死に抵抗する中で見付けた絶対的な物的証拠であった。

沙窪の記憶を。赤坂の記憶を甦らせる絶対的な証拠。


「ノート?それがどうした?」


「ええ。まぁ、貴方程度の頭脳なら不自然に思わないのでしょうね。」


「何がだよ?」


内心は凄く不愉快ではあったが俺はそれを隠すように質問した。


「何故に沙窪が関わっていた物が消えていたにも関わらず、そのノートは消えていなかったのか?って事よ。」


「あっ。」


思わず声が出た。言われてみればそうなのだ。

何で消えていないのだ?


「分かったみたいね。」


「あぁ。知ってるのか?」


「勿論。」


彼女は言い切った。それこそ覇気のない声音ではあったが彼女は言い切った。


「だってアレは私が命を懸けてまで奪ったものだもの。」


「は?」


奪った?どこで?なんで?

次々とくる疑問。そんなのお構いなしに赤坂は言葉を続けた。


「今日来た役人達が何故に沙窪の記憶を所有していたのかは知ってるわね?」


「あぁ。」


まだ混乱する頭で頷きを返す。


「確かに彼等のやり方は高確率ではあった。しかしそれは絶対ではない。だから彼等は保険をかけた。それがそのノート。」


赤坂は何故ここにあるのか。置いてあるノートに一瞥し言う。


「そのノートは彼等により時空に関係なく存在できるようになった。まぁ、難しい話は省くわね。」


貴方頭悪そうだし。とでも言うように赤坂は俺を見る。 まぁ、確かに頭はそれほどよくないのだが…。


「物的証拠は絶対。貴方のその考えは正解なのよ。だから…」


彼女は言った。次の言葉を躊躇いもなく。相変わらずのその口調で。


「彼等はそのノートを回収したわ。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


絶望。

それは希望と言う淡い光を一瞬で黒に染める事を意味する。今の俺は正にそんな状態であった。


「か…回収?…もう無いのか?」


「ええ。」


何て事だ。終わった。俺の中から沙窪という人物は完全に抹消される。そんなの…


「ぃゃ…。」


小さな呟きが漏れる。それは次第に大きく。


「いやだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ」


俺は赤坂の胸に拳を叩きつけ泣きついた。 そんな事をしても時が経てば何の意味も無くなるのは知ってはいたが。ただ、今はそうしていたかった。

誰かに気持ちをぶつけていたかったのだ。

そんな俺に。


パシッ。


右頬に打撃が走った。


「情けないわね!男なのにワンワンと女に泣きついて。しっかりしなさいよ!」


頬を擦る俺に赤坂は大声で言った。珍しく声を荒げて。


「貴方にとって沙窪はその程度の人間だったの?忘れるからどうしようも出来ない?私はそうじゃなかった。命を懸けてまで救いたかった。沙窪の存在を残したかった。だから死んだ事は後悔はしていない!」


彼女の気持ちが爆発する。彼女の想いが俺に伝わる。


「だが…だが、どうしろってんだよ!どうしようも出来ないだろ!」


俺も声を荒げる。それは逆ギレでしかない事を知っていたが。


「出来る。そう言ったら?」


「…なっ。何だって?」


彼女の声はもう荒れ狂ってはいなかったがその声は挑戦的で攻戦的な声であった。


「あるのか?」


「ええ。」


「なら早くそれを教えろ!」


時間はもうそろそろヤバイ筈。早く聞き出さなければならない。


「分かってるわ。」


焦る俺に対して赤坂は冷静だ。


「そのノートの一部。一ページをちぎっておいたわ。それはあのプラネタリウムの椅子の下に貼り付けておいた。私が座っていたアノ場所のね。」


そして夢は終わる。彼女は消える。


「それを見ることができれば貴方を沙窪の恋人と認めてあげるわ。」


その言葉を遺して彼女は。夢は。記憶は。消えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ