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昔話~二人の星座~

「ウォラーーーーーーーーーーー」


沙窪には「十分。」とか言ったが本当は全然十分ではなかった。一人ならそれは「十分。」なのだが二人となると……………。

とにもかくにも。時間が無い。

急げ。俺のもっている力を全て両足に込めるんだ。


「流?どこ行くの?そんな無理して行く所なの?私出来れば静かに穏やかに別れたかったな。」


「ごめんな。」


俺は沙窪の心境を分かってやってはいる。だからこそなのだ。だからこそ。最高な別れにしてやりたい。決してそれが無かったことになっても。

だが、今は謝り自転車を漕ぐことしか出来なかった。 別れの言葉は最後までとっておきたかったから。



「ハァハァ。つ‥着いた。」


身体中汗まみれにして到着した場所はそこそこの大きさの科学館だ。


「沙窪っ。」


言い、俺は荷台に乗せていた沙窪の場所に振り返る。


「えっ、はい。」


ビクッ。と身体を震わせる沙窪。

そんな沙窪を見て俺は安堵の意味を込めた息を大きく吐き出した。


よかった。まだいる。


「急ぐぞ、沙窪。」


俺はそう言って沙窪の手を掴んだ。


「えっ、あ、うん。」


沙窪は流の勢いに呑まれていた。

だが、しかし。こんな状況でも。沙窪は嬉しかった。そんな沙窪の頬は赤く染まっていた。


「ウォラァーーーーーーーーー。」


掛け声を高らかに叫び、俺は閉ざされた重い扉を蹴りあげた。


「こ、ここは?プラヌタリウム?」


息を切らして爽窪が呟いた。流はそんな爽窪の手を引っ張る。


「そこに座ってくれ。」


流は言うと蹴りあげた扉の直ぐ近くの椅子を勧めた。


「えっ。あっ、うん。」


相変わらず訳が分からない爽窪であったが素直に勧められた椅子に腰を下ろした。


流は爽窪が椅子に座ったのを確認すると一目散に中央の大きな機械。多くのプラヌタリウムに必ずといって置いてある星座投撮機に駆け寄った。

無論。機械を動かす為だ。 室内はもう既に暗いために電灯を消す必要は無い。


パチッ。ブーン。


という機械音が室内に響くと天井の方に薄っすらとした青暗い微量な灯りが灯った。

それと同時に天井には数少ないが点程度の小さな灯りが小熊座や乙女座。水瓶座。と言った星座を表している。

それ等を確認すると流は急ぎ足で爽窪の元へと向かっていった。


「ねぇ、流?どうしたの?急に?こんな所に連れてきて?」


流が自身の隣に座ると同時に爽窪は口を開いた。

だが。


「……………。」


そんな 爽窪の言葉に流は黙って上空を見上げるだけだった。

そんな流に爽窪も話を無視された事に怒る訳でもなく同じ様に黙って上空の人工星座を見上げた。


アナウンスが無いプラヌタリウム。

ただただ天井に映る星座が物音を発てずに替わるだけ。中央ではそれ等の星座を創り上げている機械がゆっくりとした動作でグルグルと廻っている。

そんな二人の空間はもしかしたら外よりも静かなのかもしれなかった。

流も爽窪も二人、決して口を開くことは無かった。リミットの時間は刻一刻と迫っていたが。二人はもうそれを気にしてはいなかった。


いや。この時が止まったような空間で忘れていたのかもしれない。


「…ワッ。キレイ。」


これまでの静寂を始めに破ったのは爽窪であった。上空の星座が一斉に消えて夏に誰しもが一度は観たいと思う天の川が映し出されたのだ。

それは上空の空。もとい。天井の全てに映し出されていた。


「どう?」


爽窪が隣で目を輝かせて天井の天の川を観入ってる横から流が短く声を掛ける。


「…キレイ。」


流の言葉を聞いた爽窪は再度繰り返すようにそう言った。


「そうか。なら良かった。」


流も爽窪も二人。貴重な時間を顔も合わせず目線は上空に向けて話始めていた。


「流は私にこれを観せたかったの?」


「うん。」


短い会話がまぁまぁの広さのプラヌタリウムに響く。


「俺。どうしても爽窪をここに連れてきたかったんだ。」


「どうして?」


「天の川を二人で観たかったんだ。二人だけで。」


流は相変わらずの上空に目を向けたスタイルで静かにそう言った。


「そう。」


爽窪も相変わらずの流と同じスタイルで一言小さく囁いた。



「……………」


「……………」


流れる人工の天の川は思いのほか長く上空に点在されていた。


ゆっくりとした緩やかな時間が両者の間に流れていた。爽窪が宣告したリミットの時間はもうとっくの昔に過ぎていたが…。



「ッ…。」


そろそろ時間だ。爽窪の体の細胞の一つ一つが消え始めている。それは常人では決して堪えきれるようなものではない。

それでも 爽窪は極力、声を出さないように努力していた。

声を出してしまっては隣の流に気付かれてしまう。

流に気付かれるということは爽窪はその消え行く体を最後まで見届けられることを意味する。爽窪にとってそれほど酷なものはない。だから。爽窪はどんな苦痛が訪れようと声を出したくはなかったのだ。


「…ウッ」


容赦なく襲う多大な痛みが爽窪の口から短い苦痛の声を生み出した。爽窪は咄嗟に自身の口を両手で塞ぐ。その後、脂汗を体一杯に垂らしながら隣に座る流の方へと視線を向けた。

隣に座る流はそんな爽窪の状態に気付いてないらしく尚もまだ上空を眺めていた。


よかった。


爽窪は苦痛で崩れた表情を顔に刻みながらも安堵の息を吐き出した。


このまま流に何の思いも与えずに何もかもが終われますように。


爽窪は星に願った。それが人工の産み出したものでも。流れ星じゃなく天の川でも。爽窪は強く強く願った。自分の為ではなく何よりも自分の愛する者の為に。

しかし…


「爽窪。」


唐突に流が爽窪の名前を小さく静かに呟いた。


「…えっ?」


爽窪は小さく声を上げる。


「もういいんだ。」


続けて発せられる流の声。そんな流の目線は上空へと向けられていた。隣の女性の汗ばんだ手にソッと自身の片手を添えながら。


「我慢しないでいいんだぞ。」


小さく。しかし全てを見透かされたその言葉は爽窪の抱えていたあらゆる思いを凌駕した。


ニッ。


流が天井に向けていた目線を爽窪に移す。

次いでに顔には穏やかな笑みを刻ませる。

しかし。その両目からは薄っらとした輝く液体を浮かばせていた。

流のその行動に爽窪の抑えていた数多の心の制御が吹っ切れた。


「…ぅ。」


爽窪の顔の表情が徐々に崩れていく。涙が溜まった目で目前の人物を凝視する。

そして…。


「うわ〜〜〜〜〜〜ん。わ〜。わ〜ん。嫌だ。嫌だよ。私。消えたくないよ〜。」


もう既に爪先を半透明にしていた爽窪は駄々をこねる子供の様に声高らかに大きな泣き声を響かせた。

そんな泣きじゃくる彼女の頭を流は優しく撫でてやった。そして自身も涙を流した。それはこのどうしようもない現実を受け入れた事の意味でもあった。




爽窪の泣き声が止まった。だが、それは爽窪がこの世から消えたことを意味するわけではない。ただ単純に爽窪の泣き声が止んだだけである。

しかし。事態は消えたわけでもなく順調に進んでいた。爪先だけではなくもう指先も胸も膝も…。顔以外の箇所は全てが半透明化していた。そして間もなく…。


「私ねこの世界にこれて良かった。流は私の知ってる流とは異なっていたけどやぱ、流は流だったし。」


来るべく別れがもう目前の二人に生まれていた静寂を始めに爽窪の静かな声音が打ち破った。


「そうか…」


流は静かに呟いた。呟くことしか出来なかったからだ。


「ウッ…!」


遂に爽窪の顔が半透明化し始める。


「爽窪!」


咄嗟に流は声を上げた。


「じ、時間みたい。」


爽窪は苦しみながらも必死に顔に笑みを刻む。

そんな爽窪を流は抱き締めてやった。それは強く。強く。消えゆく彼女の身体を抱きしめた。


「俺は忘れない。絶対に。永遠にお前の事を忘れない。だから…。」


流は爽窪の耳元で大きく叫んだ。しかその続きは言えなかった。

だから…。だから安心して逝け。その言葉は流自身の心の片隅にソッと置かれただけだった。


「本当っ?嬉しい。」


爽窪はそうは言ったものの知っていた。それは不可能なことを。

自身が消えれば自分に関わった者は私という存在の記憶が消去される。この世から消えるということはそういうことなのだ。

二人は共に内心を隠していた。


「クッ。」


そして時間。流が抱きしめていた手が爽窪の身体を透き抜け始めた。


「りゅ、流?」


そんな消えゆく爽窪は懸命に口を動かした。


「何だ?何だ?」


流は必死になって口を動かす爽窪に早口に問いた。


「わ…私の最後の願いを聞いてくれる?」


掠れ掠れの声。それでも爽窪は言う。


「ああ。聞く。聞く。聞くに決まってんだろ!」


流に迷いはなかった。一秒の間も空けずにこれまた早口に返答を返した。


「じゃぁ…」


爽窪の口がゆっくりと動く。


「私とキスして?」


流は一瞬だけ硬直した。それは迷っていたわけではなく爽窪が言った言葉に一瞬だけ理解が追い付かなかったのだ。

しかし。その時間は本当に一瞬で、流は直ぐに口を動かした。


「分かった。」


そう言うと流はゆっくりとした動作で爽窪の唇に自身の唇を近付けた。

長く長く唇を合わせ続ける。

両者にとっての初めてのキス。爽窪の柔らかな唇の感触が流の唇から感じえた。両目を閉じた二人にはその感触だけで両者の存在意識を認識していた。


いつまでも。いつまでも。この感触が無くならないように。無くなりませんように。


二人は思った。しかしそんな思いを現実は容赦なく裏切った。


スッ。


それはあまりにも呆気なかった。流は感じていた感触が無くなったのに気付くのに数分の時間を要した。

爽窪の仄かに温かかった体温。抱き締めて感じていた柔らかな感触。柔らかな弾力の唇。爽窪の全ての感覚が恋しく、情けなくも爽窪が消えた今もこうして余韻に浸っていたのだ。

しかしと言うのか矢張と言うべきか。現実は待ってはくれない。


爽窪の感触が消えて数分。流の意識が途切れ始めた。

頭の思考は衰え、立っている事さえ困難。視界はボヤけいつ倒れてもおかしくない。


何だ?俺、どうしたんだ?


バタリッ。


遂に流の体が地に倒れた。薄れる意識。薄れる視界。薄れる聴覚。そんな状態で流は確かに聞いた。


“おぉ。大丈夫か流よ。どうやら間に合ったようじゃな?ワシは主の本当の祖父ではないが主の事は本当の孫のように思っておった。この先もめげずに生きよ。ワシからは以上だ。達者でな。”


“流。ごめんね。私が消えると貴方の記憶からは私と過ごした部分だけが消えてしまうの。さっきの出来事も。全てが。黙っていてごめんなさい。でも最後に。流の中からこの言葉が消えてしまうって分かっているけど言いたいから言うね。


こんな私と今まで仲良くしてくれて本当に


ありがとう。”


その言葉を機に流の意識は途絶えた。


上空には代わることもない天の川が綺麗に天井を飾っていた。

それはまるで今、当に地上で会うことが一生叶わない二人。彦星と織姫を意識しているかのようだった。



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