昔話~異邦人~
街灯が消えかけて俺ともう一人の少女の影は消えたり現れたりを繰り返している。
場所は学校から町内に移り、俺達はそんな街灯の下で立ち止まっていた。
「…そっ、そうか?そんな偶然もあるもんなんだな?」
先刻の沙窪の言葉。死んだ友人の名前が俺と同じ 流 と言うらしい。
「……………。」
無言。
沙窪は下に俯き表情を俺に見せないようにしていた。
「おいっ。何で黙ってるんだよ?何か言えよ。」
「……………」
「おいっ‥」
堪らず声を荒げてしまおうとしたその時。
ポタッ。
乾いたアスファルトに一滴の液体が溢れた。
「‥しっ、仕方なかったんだよ。仕方なかったんだよ。」
続けて落ちる滴と共に沙窪の気持ちがこぼれだした。
俺は相変わらず何も分からなかったがソッとその震える華奢な身体を抱き締めてやった。
*******
「もういいのか?」
結局。町は回れず元いた学校の中庭のベンチで俺達は二人腰を下ろしていた。
「うん。ありがとう。」
「そうか?」
もうすぐ夜が明ける頃だろう。だが、俺は結局は何も分からなかった。今日起きた数々のことが。
でもそれで良いのかもしれない。人には言えない悩みの一つや二つあるものだ。
「なぁ、沙窪?話したくないなら無理して話さなくてもいいんだぜ?」
ベンチが少し傾いた。沙窪がこちらに振り向いたのだろうか?
「だが、これだけは覚えていてくれ。俺はお前に会いに行く。例えどんな所でも。絶対に。」
言い終わって遅れて多大な羞恥が込み上げてきた。顔が真っ赤である。
「フッ。アハッハッハッハッハッハッハッ。」
隣から愉快な笑い声が聞こえてきた。
「あぁ。ごめん。でも、流ったらあまりに似合わない台詞言うんだもん。ハッハッハッ」
ボッ。
湯気が出るほどに顔の体温は上がってしまう。
でも、沙窪の顔から涙は消えていた。
「‥ハッハッ。」
沙窪の笑いが止まった。
「でも、話さないと駄目なの。聞いてくれる?」
また沙窪の顔に陰気な表情が戻る。
「あぁ。」
一言口にして俺は沙窪の言葉に耳を傾けた。
「私は流が死んでからは脱け殻のような生活を送った。会話も必要最低限の言葉しか話さなかった。家ではボーッと暗い部屋で無心になっているだけで時間は過ぎていったわ。
そんな生活に耐えれなくなったのね。私は次第に死という選択肢を選ぼうとしていた。痛いのは嫌だったから多量の睡眠薬を購入した。後は家に帰るだけ。そんな時。運命ってあるのね。貴方のおじいちゃんに会ったの。この時の私に袋を隠すという行為は頭に無かった。軽く頭を下げた時、手に持っていた袋が音を発てた。おじいちゃんは袋に気付き中の睡眠薬にも気付いた。
私がやろうとしている事は一目瞭然。
おじいちゃんは懸命に私に言葉を掛けていた。
しかし。私にはその言葉は聞こえていなかった。ただ。ただ。死ななきゃ。死ななきゃ。って考えていたわ。
そんな私の態度を見ておじいちゃんは諦めた。諦めて私にある提案を切り出してきたの。
流にもう一度会いたいか?
って。
私はその言葉を聞き逃さなかった。その言葉は私のあらゆる思考を閉ざした。
流に会える?流に会える?
私は飛び付くように貴方のおじいちゃんに問いただした。それは貴方が生きていて私がいない世界へ行く。それがおじいちゃんの考えだった。」
「タイム。タイム。少し待った。」
俺は沙窪の話を途中で言葉と手で遮る。
「えっと。悪い。お前、ふざけてる?」
「ごめんね。別にふざけてる訳じゃ無いんだけどそう聞こえるよね。でも、ごめんね。もう少し聞いて。」
沙窪の声はいつも以上に真剣で悲しそうなものだった。だから俺はただ。無言に頷くしかなかった。
「 パラレルワールドに行く。それは私の世界では可能だった。しかし。それには幾つもの条件があった。だから利用する者は少なく都市伝説めいたものになりつつあったの。私もその一人だったわ。
でも、貴方のおじいちゃんが教えてくれたわ。それは実現する。ただし薦めはしないって。それでもいいから。流に会いたい。そう懇願すると、貴方のおじいちゃんは浮かない表情で条件を教えてくれた。
条件
一。その世界に行けるのは一度限り。
二度と還ってはこれない。
二。国で決められた人間が一人、監視として同行すること。
三。その世界で罪を犯した者は直ちに監視員に抹殺される。
四。本人。又は同行者のいずれかが命を落とした場合その者等二人はこの世で存在しない者となる。
以上。四項に同意することで私はこの世界へ転送された。」
沙窪は静かに口を閉じた。
「じょ、冗談だろ?」
口ではそう言ってはいるが頭では冗談であってほしい。そう思っていた。
「だって俺には記憶がある。沙窪がさっき話したのとは異なる記憶がある。幼い頃、俺は沙窪と公園で出逢った筈なんだ。」
現実を受け入れたくない。そんな一心で俺は言った。
「ごめんね。その記憶は偽物なの。」
「偽物……………。」
「うん。私とその監視員がこの世界に来たことによって私らに関わる全ての人達の記憶に偽の記憶が加算されるの。」
冗談だ。あり得ない。そんな非現実的なこと。俺は認めない。
「本当にごめんなさい。」
「あやまるなっ!!」
俺はついつい大声を出してしまう。
「…ごめん。」
小さくまた謝る沙窪。
「でも。もう終わるから。全て。安心して。」
「ど…どういう意味だ?」
「私の監視員。同行者がもうじき死ぬの。だから、最後に流に会いたくて。でも電話しても出てくれなかったし。ほんとっ寂しかったんだよ。」
涙はもう乾きいつもの明るく元気な声で沙窪は言った。しかし、それが無理をしているのは流にも分かっていた。
監視員が死ぬ?最後?
まっ、まさか!
「俺は沙窪の言葉を信じた訳じゃないが確認のために一応聞くが。その監視員って……………。」
「うん。貴方のおじいちゃん。天野彗甚さんだよ。」
やっぱりか。出来れば間違っていてほしかった。
「彗甚さんは最後を知っていて。私に同伴してくれた。彗甚さんには何一つ利点なんか無いのに。でも、私は止めてとは言えなかった。私達二人は最後を知っていたけどそれを口にはしなかった。 本当にいい人だよ。貴方のおじいちゃんは。」
「おいっ。さっきから最後。最後ってなんだよ。」
「聞いてなかったの。条件 四。本人又は同行者が命を落とした場合その者等二人はこの世から存在しない者となる。」
そうか。そういう事か。全部合致がいった。
「じゃぁ。帰りの告白されたとかいうあれは嘘か?」
「うん、うん。あれは本当にだよ。でも、あの時にちゃんと断ったけどね。相手。フッた瞬間にギャーギャーうるさかったけどね。」
「何でそんな嘘を?」
「私は貴方と恋人関係にはなれない。だけど言って欲しかったんだ。ちゃんと。」
沙窪は顔を少し赤らめた。
「第一あの時は最後だなんて思わなかったし。」
「本当なんだな?」
「うん。」
「時間は?」
「正確には分かんないけど長くて多分、後15分程度。」
「十分。今からチャリ取ってくるから来たら後ろに乗れ。急ぐぞ。」
俺は認めない。けれど後で後悔はしたくない。あの場所に。いつか沙窪と一緒に行くと決めていたあの場所に。今日行かないと行けないのだ。
流はもう頭では爽窪との別れを認めていた。永遠の。




