奪回戦 ~始~
太陽が西へ沈み始める黄昏時。今、ある県の ある市の ある小さな学校で前代未聞の決闘が始まりを迎えていた。生徒も教員もそんな決闘の「主役」である二人へ熱いエールを送っている。おかげで日の終わりを迎えているというのに場所は移り運動場は体育祭と同じくらい活気に満ちていた。
一人の『モブ』と。一人の『主人公』はそれぞれの思いを掲げながら向かい合っていた。
始めに動いたのは『主人公』である剣舞だ。
剣舞が右足で地を蹴って勢いよく加速をつけ健生に向かう。その瞬間、地面の砂が勢いよく舞い散った。その動きは常人の目には消えたように見える程の動き。それは、剣舞の相手。鈴木健生も例外ではない。彼の目にも常人と同じように剣舞の姿を見失っていた。
地を思いっきり蹴り、スピードを上げた剣舞は健生の背後に回り首元の頸動脈に手刀を繰り広げた。
それは剣舞がこの勝負を早く終わらせたかった為の行動だ。適当に気絶させて終らせる。それが剣舞の目的で狙いだった。
しかし、、、、、
健生はそんな剣舞の行動に対して反応し見事に回避してみせた。
それにはちゃんとした理由がある。
ただ健生は剣舞が地を蹴り、加速した瞬間にしゃがんだだけなのだだが。
健生には始めに剣舞が首元の頸動脈に手刀をしてくるということは予測出来ていた。 故に健生は剣舞が地を蹴り加速した瞬間にその場所にしゃがみ剣舞の第一手を避けた。 ただそれだけだった。
予め分かっていた攻撃を避けれない程健生は馬鹿じゃないし鈍くもない。
剣舞の第一の攻撃を避けた健生は次の行動に移っていた。
と言ってもただ全力でこの場から走り。逃げただけなのだが。
何故なら剣舞が着地した地面には、あるトラップを仕掛けていたからだ。全体重がその場所に加えられた時に発動するようにわざと中太くらいの枝で作った落とし穴がそこにはあった。
剣舞が逃げた健生を追いかけるべく右足に全体重をかける。
ミシミシ。
健生の計算通り。剣舞の足元が多少だが崩れ始めた。
「クッ。」
剣舞の表情が一瞬 曇る。
バンッ。
剣舞は地面が完全に崩れ落ちる前に上空へと高らかに跳躍した。それは常人にはとてもじゃないが真似できない程の高さへと剣舞は跳んでいた。
しかし、、、、
これも健生の計算通りだった。
「うっ!?」
剣舞は太陽の光によって目を眩ました。
これは勿論 自然的なものではない。健生が仕掛けたものだ。屋上に鏡を設置し、光を反射させたのだ。
剣舞が飛ぶ位置を想定して。
目眩ましには健生の次の作戦に意味があった。
健生は胸ポケットやズボンのポケットに忍ばせておいた物。打ち上げ花火を剣舞が飛んだ直ぐに取り出していた。
数にして三個の打ち上げ花火に点火。
目が眩んでいる剣舞に向かって打ち上げた。
ドーン。ドーン。ドーン。
豪快な音が三回。空に響き渡る。
目が眩んでいたのと空中という回避が困難な状態の剣舞はその三発の花火を避けることなく全て受けた。
火薬の臭いが運動場に流れる。
常人は死んでしまうであろうことをしなければ超人と呼ばれる剣舞を倒す(気絶させる)ことはできない。
それが分かっていたから健生は躊躇なく考え出した大技?と呼べるのかどうかは分からないがそう言ったものを繰り出したのだ。
全ては『主人公』に自分のペースを作らせないため。
自分の計画通りに『主人公』を倒すため。
ドンッ。
上空から剣舞が降り落ちてきた。花火の熱により着ていた制服は溶けてボロボロ。髪はぐしゃぐしゃに。皮膚には火傷が見てとれた。
意識は失っているのか目は閉じられている。
そんな剣舞の状態を眺めた健生は思わずガッツポーズをしてしまう。
勝った。やった。全て計画通り。
順調すぎて恐い。恐い。恐い。
こわい・・・?
その瞬間。健生は吹っ飛んだ。いや、吹っ飛ばされた。健生は吹っ飛んだ瞬間でさえ自分が吹っ飛ばされたことには気付けなかった。
秒速何百キロかのスピードで飛行していた健生は運動場の端にある網のフェンスにぶつかりその勢いは止まった。
ドサッ。
「ウゥ・・・」
意識はまだどうにか繋がっている。恐らく元々、少し猫背だったことで衝撃が和らいだのであろう。あとは剣舞も手を抜いていたことも大きな理由になると思われる。
なんとか立つことには立てる。
しかし、受けたダメージが大きい。
数秒経ってようやく自分が吹っ飛んだことが分かり痛みが遅れてやってくる。
「ガハッ。」
肺をどうやら強くぶつけたらしく血を口から吐く。
吐血など健生にとって生まれて始めてだった。
吹っ飛んでから数秒が経ってようやく理解と感覚が追い付いた。
剣舞の本当の恐ろしさがようやく理解出来た。
立ち上がった脚はガクガクと震え。何度も何度も足が崩れその場に転ぶ。
自分はまだ負けていない。頭では思っていても気持ちは負けていた。逃げていた。
「…弱者は強者にひれ伏す…?」
何故かそんな言葉が頭内に浮かび呟いてみた。
弱者?
僕は弱者だ。人、一人も守れない。
人、一人との約束も守れない。
だが、それは過去の自分だ。現在は違う。
僕はようやく『主人公』に成るために必要なものの一つ分かった気がした。
僕の脚はもう震えていなかった。