第10話 クラブ音々のナンバーワンホステス・ティアラ
翌朝。
俺は事務所のダイニングルームでフードプリントしたエッグサンドをほおばっていた。
昨夜、ティアラには情報購入の依頼を投げている。
もちろん、彼女の返答がそう早くに来るとは思っていない。
チャビィがAIアバターのホログラムを操作し、俺に尋ねた。
「カムイ様。
新メニューのエッグサンドのお味はどうでしょうか?
お気に召しましたか?」
「デカイな。
そこは気に入った」
「過去のカムイ様の嗜好データを参照し、最適値としてフードプリント時のオプション、20%拡大を選択しました」
「味はいつもと同じ、合成プロテインと合成スパイスの味だ。
……何かニュースはあるか?
俺の役に立つニュースだぞ、高級香水なんざ興味はねぇからな」
チャビィは一瞬虚空を見つめて黙り、再び口を開く。
「本日深夜1時17分25秒にクラブ『音々』のティアラ様から返信が届いております」
……思ったより早い。
俺は咀嚼を止め、アバターに耳を傾けた。
「内容を読み上げます。
『神威様。
ご連絡いただきありがとうございます。
クラブ『音々』のティアラです。
ご依頼の件、承ります。
詳しい内容に関しては実際にご来店頂いた際にお伺いします。
条件に関してもその時に詰めましょう。
ご心配される必要はございません。
なお、神威様はご存知の事と思いますが、当店には厳格なドレスコードが御座います。
まずは私からのプレゼントをお送り致しましたので、お気に召していただければ幸いです。
お席の予約もこちらで入れておきます。
それでは今夜、神威様のご来店を心よりお待ちしております。
ティアラ』」
ピピピピピッ
ティアラからのメール読み上げが終わると同時に、部屋の隅にあるPTSが電子音を立てた。
受け取り口の前に立つとサイドパネルが点滅し、機械音声が流れる。
(ネオ東京・新宿区東、サード歌舞伎エリアのクラブ『音々』のティアラ様よりお届け物です。
種別は衣料品。
ご確認と受け取りの承認をお願いします)
壁面の小さなシャッターが開き、スーツケースほどもある黒いプラケースがスライドプレートに載って押し出されてきた。
承認ボタンを押してプラケースを受け取り、その場で開く。
中には虹色の光沢を放ち、緩やかに模様が流動し続けるスーツと、黒光りするブーツがシルクの保護布に包まれていた。
「こいつは……」
チャビィが横から覗き込む。
「ブランド『ダニエル・エレクトロ』の高級スーツの様です。
そして『Da・Da』の高級ブーツ。
どちらも最新モデルのトップグレードバージョン、概算で30万NY相当と思われます」
俺は深く項垂れてケースを閉じた。
そのままソファーへ歩みよると、ぐったりともたれ掛かった。
チャビィは不思議そうに首をかしげた。
「どうされました?」
「ティアラはS級の情報屋だ。
俺の懐事情なんて全てお見通しで、ドレスコードをパスしつつ自分の客に見合う服を送ってきた。
俺には買えないと見越してな。
『ご心配される必要はございません』ねぇ……」
俺は天井を見上げた。
「こういう時の『心配しなくていい』ほど、信頼出来ない言葉もない。
多分、莫大な報酬の代わりにとんでもなく厄介な条件を突きつけてくる。
高級スーツとは比べ物にならない価値のある、リスク付きの条件をな。
もう俺は乗っちまったって事だ」
「キャンセルの連絡を入れますか?」
「……」
しばらく黙って考える。
が、もう結論は出ている。
「やるしかないさ。
彼女の情報にしかもう活路は無いんだからな」
***
夜20時、クラブ『音々』が営業開始する時間だ。
俺はティアラから贈られた高級スーツとブーツに身を包み、滅多に行かないヘアサロンで髪を整え、無人タクシーで店の門前に降り立った。
『音々』の外見は小さな城を模しており、建物全体を高い城壁が囲まれている。
高層ビルが立ち並び、土地を過密に埋め尽くすネオ東京では異質な構造だ。
広大な中庭ではあちこちでセキュリティロボが闊歩して警戒を怠らない。
ここには政府高官や海外要人クラスの人間が日常的に訪れる場所だけに、厳重な警備は必須なのだろう。
この規模だと軍隊でも連れてこない限り強行突入は出来ないだろう。
ティアラがここを拠点として活動する理由の一つでもある。
メインエントランスに向かうと、門を固めていた屈強なガードの一人が前に立ちはだかる。
「カムイだ。
ティアラに会いに来た。
予約は入ってるはずだが?」
巨漢のガードはバイザーに手を当ててこちらを見下ろし、観察しながら表示情報を確認している。
もう一人のガードが隣から俺をチェックし、足止めしている方に小さく囁いた。
「ティアラさんのVIP客だ。
お通ししろ」
巨漢のガードは横に歩いて道を開けた。
「ようこそいらっしゃいました。
カムイ様。
メインホール内への銃器の持ち込みは禁止されております。
エントランスホールで係の者がご案内いたしますので、その際にお預け下さい」
「ありがとう」
いまや国民登録さえされていれば、顔のスキャン一つで素性は割れる。
俺の持ち歩いているハンドガンもあのバイザーですぐに検出したのだろう。
エントランスホールの左右には有名絵画や高そうな美術品が並び、床には王族を迎えるような赤絨毯が敷かれていた。
数歩も進まないうちに黒服の男が歩み寄り、うやうやしくお辞儀した。
「お待ちしておりました。
カムイ様。
まずは左胸のハンドガン、ならびに右背中下部のカートリッジを預からせていただきます」
俺はスーツの前を開いてハンドガンを取り出し、予備カートリッジと合わせて黒服に渡す。
黒服は慣れた手つきでハンドガンの薬室を確認し、持参した専用ケースに入れる。
「なかなかレトロな趣味をお持ちですねカムイ様。
当クラブには世界各国のボディガードの方が訪れますが、今時火薬銃を持っておられる方は珍しい」
「そういう割にはあんたもこの銃の扱いに慣れてるな」
黒服はケースをロックして片手に持つ。
「昔、東南アジアの戦場で傭兵をしておりましてね。
高密度バッテリーが用意出来ない貧困層は良くこういう銃を使っておりました。
OREXが登場する前まではこれでも十分通用したものです」
「OREX?」
黒服はこちらを振り返り、足早に歩き出す。
「あぁ、オリハルコンアーマーをまとった強化外骨格ですよ。
中庭にも2体ほど配置されていたのをご覧になりませんでしたか?
……さてカムイ様、お席へご案内いたします」
***
メインホールは2階分が吹き抜けとなった大きなホールになっていた。
正面にはステージ、左右には2階のドアからステージへと降りる壮麗な階段が設置されている。
各所の豪華なテーブルには富裕層の頂点らしき客が陣取り、美人ホステスが隣に座って談笑している。
どいつもこいつも全身を金銀のジュエリーでギラつかせ、まるで資産のアピール大会の様相である。
そんな俺の表情を横目で見ながら黒服は足早に進む。
「カムイ様はこういう場所にあまり慣れておられないようですね。
ふふっ、分かりますよ。
貴方はどちらかというと私に近い感性をお持ちのようだ。
まぁ、世の中には様々な日常が存在しているという事です。
つきましたよ。
どうぞここにおかけになってお待ち下さい」
既に机にはボトルとグラスがセットされていた。
俺がそのフワフワのソファーに腰を下ろすと、黒服と入れ替わりにタイトスカートの美人ホステスが現れてお辞儀をする。
「ようこそいらっしゃいました。
カムイ様。
ティアラのヘルプを務めます、シーレと申します」
「ん?
俺はティアラに会いに来たんだが?」
シーレと名乗るホステスはカムイの隣に座り、高級感あふれるクリスタルボトルを開けてグラスにシャンパンを注ぐ。
「ティアラは今、ステージショーの準備中です。
もうすぐステージ上に現れると思いますよ?
夜はまだ長いですから、ごゆっくりお楽しみ下さい」
俺はグラスを手に取り、クリスタルボトルのデザインやラベルを見て冷や汗が落ちる。
とんでもなく高い酒の様な気がする。
大丈夫か?これ。
シーレは俺の動揺を悟ったように、クスッと笑った。
「このシャンパン、ベルナール・ロシュ・グラン・レガシーがお気に召しましたか?
偉大なる遺産。
2098年収穫分の自然栽培ブドウから作られたヴィンテージ・シャンパンです。
一本12万NYになります」
「ちょっ、ちょっ、おまっ。
俺はまだ頼んでない、まだ頼んでないぞ?」
シーレは顔を赤らめて笑いながら自分の唇に人差し指を当てる。
「取り乱すと周りのお客さん達に笑われてしまいますよ?
落ち着いて。
ご安心下さい。
これはティアラからのおごりです」
「そ、そうか……すまんな。
見苦しい所を見せてしまった」
シーレは笑顔でフォローする。
「お気になさらず。
私達も遊びなれたお客様よりは、カムイさんのような純粋な方のほうが新鮮で楽しいですから。
あっ、そろそろステージが始まりますよ」
照明が落ち、ステージが照らし出された。
5人の美しいホステス達が中世ヨーロッパ風の宮廷ドレスやメイド服、気品ある騎士の男装で現れ、ミュージカル風の寸劇を始めた。
騎士が見初めた美女を探して商家を訪ね歩くという筋書きらしい。
中世風の宮廷や商家の室内、いななく馬までホログラムと立体音響で再現され、かなり本格的である。
そして登場する人々が観客席の方を向きながら歌い始める。
やがて舞台上の光がすっと消え、代わりにホール側面の2Fの扉にスポットライトが当たった。
扉が開き、ドレス姿のティアラが現れる。
スポットライトを受けて歌いながら優雅にステージまで階段を降りると、今度は中央の張り出しステージを歩いてメインホールの真ん中に移動する。
そしてオペラ歌手のように圧倒的な声量で高らかに歌を歌い始めた。
フロア全体の客が静まり返り、その美声に聞きほれる。
その歌声はプロ顔負け、いやそもそもプロのトップ層に匹敵する実力である。
照明が徐々にフロア全体を照らし戻す中、ティアラはふとこちらに視線を向けた。
そして俺にウィンクを送る。
「「「おぉぉぉ……」」」
「ティアラは俺にウィンクしたぞ」
「いや、俺だよ俺」
「ティアラちゃーん、今日も可愛いよ――」
俺とティアラの間に座ってる客達は自分がウィンクされたと思って盛り上がっている。
おれはゴクリとシャンパンを飲んだ。
嬉しかったから?
いや、この先を思うと恐ろしかったからだ。




