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第64話 担任の懲戒処分

(担任視点)


「校長先生がお呼びです」


 放課後。


 教頭から言伝を受ける。


 作業をする手を止め、席を立つ。


 イスが、わずかに軋んだ。


 何だか嫌な予感がした。


 勘違いだと思いつつも、胸の奥に引っかかるものを抱えたまま、私は校長室へ向かった。


 コンコン。


「失礼します」


 ノックの後、扉を開ける。


 校長室。


 夕方の光が、ブラインドの隙間から細く差し込んでいた。


 机上の書類の端が、わずかに赤く染まっている。


 その向こうで――


 校長が、静かに座っていた。


 教頭の姿は、ない。


(……同席しない?)


 その違和感が、はっきりとした予感に変わる。


「ああ。いらっしゃいましたか」


 校長が顔を上げる。


「お呼びとのことですが……」


 1拍置く。


「ご用件をお窺いしてもよろしいでしょうか」


 意識的に声を整える。


 校長は、ゆっくりと視線を上げた。


 その目は――


 すでに結論を伝える側のものだった。


「……結論から申し上げます」


 前置きはなかった。


「本日付で、あなたに対する懲戒処分が決定しています」


 一瞬。


 言葉の意味が、頭に入ってこない。


 ああ前に言ってたやつか。


「……処分、ですか」


 確認するように返す。


 校長は、机上の書面に視線を落とした。


「教育委員会による決定です」


 淡々とした口調。


 逃げ場のない言い方だった。


「あなたは、校内で発生した暴力事案について、私や教頭先生に報告を行わずに、独断で停学措置を実施しました。その結果、教育委員会への報告が遅れてしまった」


 読み上げるように続く。


「本来であれば、今回のケースは、速やかに報告し、指示を仰ぐ必要があります」


 1語1句、揺れない。


「しかし、所定の手続きを経ていないことが確認されています」


 そして――


「以上をもって、停職3か月とする処分が決定されています」


 停職。


 その言葉が、遅れて理解に追いつく。


(……3か月?)


 頭の中が、一瞬白くなる。


 だが、すぐに。


 感情が込み上げてきた。


「……おかしいでしょう」


 抑える前に、声が出た。


「私は、生徒の安全確保を最優先に判断しました」


 校長机に手をつく。


 指先に力が入る。


「現場は混乱していた。即時対応が必要だったんです」


 殴られた生徒。


 戸惑うクラス。


 あの空気は、今でも鮮明に思い出せる。


「結果として、被害の拡大は防いでいます」


 視線を上げる。


「異論は、認められません」


 遮るように、校長が言った。


 低く、迷いのない声。


「本件は、すでに教育委員会の決裁を経ています」


 完全に終わっている話。


「学校として覆す権限はありません」


 逃げ場はない。


 言葉が、詰まる。


 それでも。


「……納得はできません」


 絞り出す。


「現場判断を否定するのであれば、今後、誰も動けなくなります」


 教師としての、最後の理屈。


 だが――


 校長は、わずかに目を伏せただけだった。


「お気持ちは理解します」


 定型句のような声。


「しかし、本件は手続き違反の重大性が問われています」


 それだけだった。


「そのため、本日より出勤停止とします」


 事務的な口調に戻る。


「また、復職にあたり、教育委員会の指導のもと再発防止研修を受講していただきます」


 研修。


 つまり――まだ終わってはいない。


「詳細については、後日通知されます」


 私は、何も言えなかった。


 言葉を重ねても、何も変わらないと分かってしまったからだ。


 拳を握る。


 爪が手の平に食い込む。


 その痛みだけが、現実をつなぎ止めていた。


「以上です」


 区切るように、校長が言う。


「……ご退室ください」


 命令だった。


 もはや会話ではない。


 足が、すぐには動かなかった。


 だが。


 ここに残る理由も、もうない。


 1歩、引く。


 身体がやけに重い。


 扉へ向かう。


 ノブに手をかける。


 金属の冷たさが、指先に刺さる。


(……終わりじゃ、ない)


 そう思った。


 終わりではない。


 ただ――止められただけだ。


 扉を開ける。


 廊下の空気が流れ込む。


 日常は、続いている。


 自分を置き去りにしたまま。


 外の夕焼けは、さらに濃くなっていた。


 赤は、どこか鈍い色に変わっている。


 まるで――


 まだ終わっていない何かが、くすぶっているみたいに。

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― 新着の感想 ―
担任と一緒に勝手に処分を決定した学年主任への処分はないのでしょうか? それに、むしろ学年主任こそ校長や教頭に報告しなければならなかったのでは? 担任は学年主任へ報告し、学年主任から校長や教頭へ報告する…
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