第五節 2023/3/18 アウェイ 対サガン鳥栖 1対0
「何か、駅前に駅前不動産スタジアムって、笑っちゃいますね」
鳥栖駅に着くなり現れたスタジアムに、小林さんが笑みをこぼす。
「でも、サガン鳥栖のサポーターにとっては誇りのスタジアムなんだよ」
「そうなんですか?」
「サガン鳥栖は何度も潰れかかったんだ。それでも、駅前にあるこのサッカー専用スタジアムがあったから蘇って来れたんだ」
「へぇー、蘇って来れたんだ・・・。人間も、死んだら蘇れるんですかね?」
私は不意をつかれながらも、まっすぐに答える。
「人間は死んだら蘇らないよ」
「絶対ですか?」
「絶対だよ。小林さんは蘇りたいの?」
「うーん。どっちでもいいって感じ」
その曖昧な答えは、逆にほんの少しの後押しで、死へむかう危うさを感じさせた。
まだ旅は長い。チャンスはある。
だがほんの少しだけ考える。自分が小林さんを説得するより、自分も死へ向かった方が楽ではないかと。
小林さんがトイレに行っている間に、自らの手首の傷をじっと眺める。
1回目の錯乱の時に、なぜ、自分は全てを忘れて手首を切れたんだろう。
最後の一線を越えられたんだろう。
生きている意味とは何だろう。
考えても仕方がないのだろうか。
だが、なぜ、自分は生まれたのだろう。
「村田さん!」
私はハッとする。
「意識が飛んでましたよ」
「ごめん。少し考え事をしていて」
「村田さん、病院の時からそうですけど、露骨に意識が飛ぶので時々怖いですよ」
「少し哲学的になってしまう時があるんだよ」
「それって昔からですか?」
「いや、病気になってからだね」
「なんで病気になってから、そんな風になるんですか?」
「僕はいい大学を出ていい会社に入り出世コースに乗るっていう、普通のレールをただ歩いてきた人間なんだ」
「入院の時に聞きました」
「でも、病気になってその信じてきた普通が出来なくなって、ありとあらゆるものがひっくり返ったように感じたんだ。今までの普通が通用しない世界に足を踏み入れて、初めて自分の生きている意味を考えるようになってしまったんだ」
「村田さん、一つアドバイスです」
「何だい」
「人に生きる意味なんてありませんよ」
ガツンと頭を殴られた気がした。
自分でも気づいていたことだが、改めて小林さんに言葉にされると、ダメージは深かった。
今後は、人に生きる意味などないことに気づきながらも、生きていかねばならないのか。
絶望感が自らを襲う。
そして、思う。小林さんはどれだけ、自分にさまざまな問いかけをしてきたんだろう。
「そんな当たり前の話を置いておいて、スタジアムに行きましょう」
「そうだね」
「今を楽しみましょう」
小林さんから生まれたその言葉に、ほんの少しの希望を見出す。
私は、小林さんと出会い死に近づいている。
だが、小林さんも生に近づいているのではないか。そんなことを思わせた。
自殺は絶対悪だ。私は楠からそのことを学んだのではないか。
自分がぶれなければいい。
そんなことを思いながら、席に着く。
試合は、泉のプロ初ゴールで1対0で勝利した。
ヴィッセル神戸は首位を快走していた。




