最終節 2023/12/3 アウェイ 対ガンバ大阪 1対0
「なぜ死にたいのか?」
「なぜ生きるのか?」
そんなことを、この一年間考え続けた。
今までの自分だったら、考えるだけ無駄だと言って切り捨てていたようなテーマだ。
でも、そこには伴走者がいた。
壮大なテーマを、共に考え抜いた。
明確な答えは出なかった。
それでも、ほんの少し前を向けた。
それは、何にも勝る価値があった一年だった。
小林さんが、何かを含むような笑いを浮かべながら言う。
「村田さん、今日はダービーですね」
「そうだねダービーだ」
「もう、文句は言わないんですね」
「言わないよ。神戸人として大阪に含むところがあるのは事実で僕はダービーでそれを解消したい」
「村田さんも随分変わりましたね」
「どう言うところが?」
「素直なところを隠さなくなった」
「それは良いことかな」
「良いことです。多分」
ヴィッセルのユニフォームを着て歩いてると、「金で優勝買って嬉しいんやろか」と言う声が聞こえる。
「少し、感じ悪いですね」
「気にすることないよ。所詮僻みだ。大体、本当に金で優勝が買えるんなら、ヴィッセルはもっと早くに優勝してる」
今日は優勝後のウイニングランだ。私には、それをガンバ大阪サポーターに見せつけることへの愉悦があった。
試合は1対0で勝利し見事にシーズンを締め括った。
「今日で、この旅も終わりですね」
「そうだね」
「村田くんは、この旅で何を学びましたか?」
以前と変わらず、なぜか敬礼しながら小林さんが言う。
「自分が物語の主人公だと、思える様になったね」
「主人公?」
「そう主人公。僕は統合失調症になってから、すべては自分に都合の悪く動くものだと思っていた」
「でも違った」
「たまたま応援することを決めたこの一年で、ヴィッセルはこんな奇跡を見せてくれた」
「それは、自分が主人公だと思うにたる奇跡だった」
「そして、前を向ける様になった」
「もう、5回目の発症の時点で、僕自身全てを諦めていたんだ」
「貯金を少しずつ切り崩しながら暮らし、最後は障害者年金や生活保護でも、もらいながら生活しようと思っていた」
「でも、ヴィッセルを応援するという希望が見えた」
「頑張ってる自分でないと、選手に失礼だ」
「そして、ヴィッセルのサポーターという一つの主人公になろうと僕は思っている」
「もしかしたら、また錯乱するかもしれない。それでも立ち直ろうと思う」
一息つけ、小林さんに尋ねる。
「小林さんは来年はどうするの」
少し言葉をためてから小林さんが答える。
「まず、この1年本当に楽しかったです」
「でも、村田さんと違ってヴィッセルは私の欠けた部分に、すっぽりハマるものではなかった」
「この1年ヴィッセルを応援して、村田さんは奇跡を感じた。でも、私は村田さんほどは感じ取れなかった」
「私はこれまで人に毒されるのが怖くて、ずっと一人で閉じこもってました」
「でも、村田さんはドアを開けてくれた」
「たまたまですけどね」
「その空いたドアから、私は外に出てみようと思うんです」
「多分辛いことも、色々あると思うんです」
「世の中、村田さんみたいな『良い人』ばかりじゃない」
「でも、広がった世界は、悪いもんじゃないなと私は思うんです」
「だから」
小林さんは息を吸い込む、大きく吐き出すように言った
「また、旅に出ます」
「ヴィッセルの応援も続けます。できる範囲で」
「その時は、よければ村田さんも同伴願いたいです」
「でも、自分のお金で、自分で考え、自分の旅をしてみます」
「『死にたい』と戦いながら」
この旅を通じて感じた。
小林さんは随分強くなったんだと、そして、自分の弱さだけと向き合うことがなくなったんだと。
私もそうだ。
おそらく、もう大丈夫なんだろう。
私も、小林さんも。
私がこれ以上何かを言うことは、小林さんにも私にも良くない。
私はニコリと笑いながら、小林さんに答えた。
「じゃあ、また来年できる限り応援しよう」
「はい!応援しましょう」
三宮で来年の約束をして、小林さんと別れた。
私は駅のポスターが、ヴィッセルの優勝仕様になっていることを確認した。
そうして、ふと、楠のことを思い出し、独りで微笑んだ。




