第三十三節 2023/11/25 ホーム 対名古屋グランパスエイト 2対1
勝てば優勝という大一番に燃え上がる私の心と裏腹に、小林さんを心配する心も存在する。
小林さんが現れないかも。
そんな思いが頭を掠めるが、小林さんは時間通りに御崎公園駅に現れた。
「今日で優勝が決まるかもですね!」
小林さんは、私と会うなり大きな声ではしゃいでいた。
「そうだね!優勝だ」
その思いに、とりあえず私も答える。
いつものようにゴール裏に座ると、見えない周囲の熱量に圧迫される。「そうだよな。ここにいる人たちの多くは、十年以上待ち続けてきたんだよな」などと独りごちる。
そんな中にぽっと出の自分がいてもいいんだろうかなどと思い、すぐにその考えを打ち消す。自分はヴィッセルを生きる理由に据えた。理由はあの浦和戦だ。
チラリと小林さんをみると、小林さんも周囲の熱量に当てられたようだった。
「今日で優勝が決まればいいですね!」
「そうだね」
本日、何度目かのお決まりの会話をしていると、チャントが始まる。
勝てば優勝という、ヴィッセルサポーターが経験したことのない緊張感の中で試合が始まると、前半12分、14分と連続してゴールが決まる。
すると、急に弛緩した空気が広がる。「ついに優勝やで」「蛍は出てくるんかな」「長かったわ」などと、周囲がざわめき出す。
その弛緩した空気を引き締めるように、名古屋が1点を返す。
そのゴールで、簡単な試合などないことを確認したサポーターたちは、大声でチャントを叫ぶ。
1分が過ぎるのが長い。
もはや、チャントも神に捧げる祝詞の様だ。
皆が祈っている。
その内に試合終了のホイッスルが、鳴らされる。
ヴィッセルの初優勝が決まった。
優勝したチームのサポーターというのは、こんな気持ちなんだと何度も再確認した。
目の前の現実が現実だと信じられなかった。
少し呆然としていた。
そうして小林さんを見ると、少し薄暗い顔をしていた。
「優勝だね」
「そうですね」
小林さんから、少し義務の様に言葉が返された。
「私、正直に言って嬉しいのかよくわからないです」
「喜んで良いのかが分からない」
「私、応援しかしてないのに」
私は言葉を返す
「応援でいいんだよ」
「本気で人を思った言葉って伝わるんだよ」
「でも、私は何にも努力してない」
「小林さんは生きるための努力を必死でしてきたんだ」
「誰よりも本気で」
「言葉にはその人の人生が宿る」
「小林さんの思いが、応援に乗っかってるんだ」
「でも」
「小林さん、理屈を考えるのはやめよう。この一年間、応援を続けたチームが優勝したんだ」
「これは奇跡なんだ」
「勝利の女神なんていう、安っぽい言葉はもう言わない」
「僕たちは応援しかしてない」
「でも、その応援でチームは優勝したんだ」
「小林さんの21年間の人生を込めた応援が何かを起こしたんだ」
小林さんが泣き崩れる。
「私、何にもしてこなくて、全てのことから逃げて」
「違う。何度だって言う『死にたい』と戦い続けたんだ」
「私、生きてていいんですか?これって、私の成果なんですか?」
「紛れもない小林さんの成果だ」
すると小林さんは立ち上がり、近づいてくる選手たちを見据え堂々とした態度で、しかし震える声でしゃべった。
「私は、今日ほんの少しだけ強くなりました」
「『死にたい』との戦いは続くでしょう」
「でも、ヴィッセルのおかげで少しだけ強くなりました」
試合後はセレモニーが延々と続いたが、長いとはかけらも思わなかった。




