第三十二節 2023/11/12 アウェイ 対浦和レッズ 2対1
「今日は雰囲気がすごいですね」
「そうだね。多分日本で一番ピリピリしてるところかもしれない」
シーズンの日程が発表された当初は、こんなことになるとは思わなかった。
ヴィッセルが首位。そして、浦和も勝てば優勝に首の皮一枚繋がる状況で埼玉のアウェイに乗り込むなんて・・・。
「何だか視線がきつくて、ユニフォームを脱ぎたくなってきますね」
「同感だね。とりあえずさっさと入場しよう」
入場して、周囲をヴィッセルサポーターに囲まれると安心する。
だが、緩衝地帯を挟んだ向こうから浦和サポーターが睨みつけてくる。
「本当にえげつないな」
「でも、何だか楽しくなってきました。ヴィッセルには、これを黙らしてほしいです」
小林さんは逞しい。この前さめざめと泣いていたとは思えない。いや、人間皆そんなものなんだろう。繊細なだけの人間などいないし、鈍感なだけの人間もいない。
「そうだね。黙らしてほしいね」
試合は入場時の神戸讃歌への、凄まじいブーイングで幕を開けた。
「ウィーアーレッズ!」
「ウィーアーレッズ!」
浦和のチャントの合間に挟まる『ウィーアーレッズ』の大合唱。その、チームと応援をまとめて叩き潰すような声量に、まともに会話はできなくなっていた。
「なんとか前半はゼロゼロだったね」
「はい。それにしても、圧が強くて耳が潰れそうです」
「僕もそうだよ。本気の浦和っていうのは、こんなにもすごいもんなんだね」
「でも、ヴィッセルも勝てるチャンスはある」
「そうだね。きっと勝てる」
後半が始まってからも『ウィーアーレッズ』の大合唱は止まらない。
そんな中、72分に大迫からの折り返しをトゥーレルが押し込んで先制する。
「やった!やったよ!」
「やりましたね!」
「これで勝てるよ!」
周囲とハイタッチや肩を抱いて喜び合う。
しかし、後半アディショナルタイムに追いつかれる。
「あぁーー!」
大きなため息が、ヴィッセルサポーターから漏れる。
しかし、コールリーダーは変わらずチャントを流し続ける。
ヴィッセルサポーターたちも、そのチャントのリズムに乗り、再び大声でチャントを叫ぶ。
「それでも、何だか行ける気がするんだ」
「奇遇ですね。私もです!」
勝てば優勝の可能性が残る浦和は、最後のコーナーキックでゴールキーパーの西川も攻め上がってくる。
ここさえ乗り切れば・・・。
そんな思いを具現化したかのように、前川がボールをキャッチし、すぐに前線に送る。
ボールを受けた大迫が落ち着いてゴールを流し込む。
その決定的なゴールが決まった瞬間、
私はユニフォームを脱いで、頭上で回しながら騒ぎ散らかしていた。
もう理性などどうでも良かった。
言語化などどうでも良かった。
私はひたすらに意味のない大声を出し、少しでも選手たちに近づく為に、前方の席へ走り出していた。
「村田さん、落ち着きましたか」
「ちょっと落ち着いてきたね」
「錯乱したかと思いましたよ」
「少し危なかったよ」
私が自嘲して笑う。
そして、本能から来る命を発散するような喜びの興奮は錯乱に繋がらないことがわかった。
「村田さん、もう一度聞きます」
「村田さんにとってヴィッセル神戸は生きる意味になりますか」
「なるね」
「なるんだと思う」
「いやすると決めた」
私は落ち着いて、言葉を言い換えながら、今の感動と興奮の言語化を試みていた。
「それにしても、男の人って得ですね」
「なんで」
「あれだけ喜びを発散できるんですから」
私が笑いながら答える。
「小林さんもユニフォーム脱げば良かったじゃない」
「出来る訳ないじゃ無いですか。でも、村田さんをみててよく理解しました」
「私は、村田さんほどヴィッセルにはハマれない」




