第二節 2023/2/25 アウェイ 対コンサドーレ札幌 3対1
「飛行機のチケット、本当にいいんですか?」
伊丹空港のロビーで、小林さんが私に尋ねる。
「別にいいんだよ」
私は答える。
「今一番いいお金の使い方はこれだと思ってる」
私はいい大学に行き、いい会社に入り、出世するのが幸せだと思って生きてきた。
親から仕向けられた訳ではなく、そう信じていた。
それが崩れたのが、5年前の31歳の時だ。
私は突然、統合失調症を発症した。
特に過度な残業を行なっていた訳ではなかったが、社内で錯乱したのだ。
そんな私に社内の人は優しく配慮し、寛解を待ってくれた。だが、私は5回の錯乱と入院を繰り返し、休職期間を使い果たし、解雇に至った。
さしたる趣味を持たなかった私には、3000万程の貯金があった。
いや、これまでの人生で得たのが、3000万程の貯金でしかなかった。
その中で、生きる意味をみいださなければならなかった。
今日は今から北海道へ向かう。
出張で行き慣れた私と違い、小林さんは少し興奮気味だった。
「私、飛行機に乗るの初めてなんです!」
「修学旅行では乗らなかったの?」
「私、小学校の時から不登校だったんで」
「なるほどね」
「あっ、いじめとかじゃないですよ。何となく学校に行く意味がわからなくて」
「両親は何も言わなかったの?」
「最初は色々言われたけど、途中で諦められました」
「今は働いてるの?」
「はい。コンビニでバイトしてます。村田さんは何されてたんでしたっけ?」
「システムエンジニアって知ってる?」
「なんか難しそう」
「そんなに難しくはないよ」
「で、そこでガッツリ稼いだんだ」
「そうだね。稼いだね」
「なんか嫌味ー」
小林さんが笑う。
小林さんが笑うたびに、なぜ、こんな子が死にたくなるんだろうと考える。
そんなことを喋ってるうちに、新千歳空港に着いた。
「基本的に試合以外で観光する気はあまりないから、なんか欲しいものとかあったら空港内で買ってね」
「はい!先生」
小林さんがふざける。
札幌ドームへはバスで向かうことにした。
「コンサドーレ札幌って、どんなチームなんですか?」
「プレースタイルはあまりわからないな。ただ最近は監督が変わって勢いづいてるチームだね。あと、道産子を反対から呼んでコンサドーレ札幌だね」
「へぇー」
「今日は勝てると勢いに乗れそうな試合ではあるね」
札幌ドームにつきゴール裏に着くとコールリーダーと呼ばれる黒いTシャツの男性ががなる。
「じゃあみんな真ん中に寄って下さい!」
指示の通りに真ん中に寄る。
合唱曲のピクニックのリズムが流れる。チャントを歌う。
歌いおえると小林さんが言う。
「前の時はこんなチャント、なかったですよね」
「アウェイ用のチャントみたいだね」
「結構、楽しかったです」
楽しんでくれてなによりだ。
そこからは試合までは、前回と同じように流れる。私は途中で息がきれ、小林さんは元気だ。試合が始まる。
試合は3対1で完勝だった。
「今日も楽しかったです!」
新千歳空港に向かうバスの中で、小林さんがいう。
「やっぱり3点も入ると、大騒ぎできて良いですね」
「そうだね」
「今日は村田さんも、周囲とハイタッチしましたね」
小林さんがいじるようにいう。
「みんなで喜んだ方が楽しいからね。前の時は人見知りが発動しちゃったけど」
「村田さんが人見知りだとは、思わなかったです」
「人見知りだね。そのスイッチを切ることもできるけど」
「それって、人見知りなんですか?」
「顔を使い分けてるだけだよ」
「それって、しんどくないですか?」
答えに困り話題を変える。
「出発まで少し時間はあるけどなんかお土産でも買う?」
「私、特に買う相手いないので、大丈夫です」
少し悪いことを聞いてしまった気がする。
「村田さんはどうするんですか?」
「僕は来慣れてるからね。もう今更って感じかな」
「そっかー」
そうして、新千歳空港から伊丹空港に帰る。
伊丹についた時は、少し緊張から解ける。
顔を使い分ける。人なら当たり前のことだろう。
だが、それがしんどさや病気につながっているのだろうか。
今まで、私は普通のレールに乗って、普通の暮らしをしてきた。
そして、どうすれば普通になれるかを考えてきた。
だが、小林さんはその普通に疑問を呈す。
普通とは何か。そんなことを考えると眠れなくなった。




