第一節 2023/2/18 ホーム 対アビスパ福岡 1対0
私はヴィッセル神戸を応援していたが、熱狂的というほどではなかった。
たまに観戦し、新聞やニュースで結果をチェックしては、一喜一憂する程度だ。
だが、小林さんにああいったからには熱狂的にならねばならぬと、動画サイトでチャントという応援歌を覚え、熱狂的なサポーターが集まるゴール裏のチケットを2枚買った。
ユニフォームも何年かぶりに新調した。小林さんは、ユニフォームは自分で買うといった。
ヴィッセルのホームスタジアム、ノエビアスタジアムの最寄りの、御崎公園駅の改札口で待ち合わせた。
本当に、小林さんが現れるか不安だった。
待ち合わせ時間の5分後に、背ネームがYURUKIのユニフォームを着て、彼女は現れた。
「遅れてすいません」
「全然大丈夫だよ。待つのは好きだから。ユニフォーム汰木にしたんだね」
「はい。顔で選びました」
小林さんがにっこりと笑う。
こうしていると、小林さんが自殺志願者だとはわからない。
「村田さんは、誰にしたんですか?」
「イニエスタだよ。今年で最後かもしれないから」
「イニエスタは、私も聞いたことがあります。フランス出身の選手でしたっけ?」
「スペインだね。じゃあ行こうか」
スタジアムに向かって、歩き始める。
「チャントは覚えてきた?」
「はい。覚えました。ばっちりです」
スタジアムの自分の席に着くと、前方で黒いTシャツをきた男性が、拡声器で叫んでいた。
「今からサポーターズミーティングを行うので広場に集合して下さい!」
私は小林さんと顔を見合わせる。
「行ってみようか」
「行ってみましょう!」
小林さんは少々興奮しているようだった。
サポーターズミーティングに行ってみると、黒いTシャツを着た男性とユニフォームを着た人たちが入り混じっていた。
黒いTシャツを着た、リーダーらしき男性ががなる。
「この2年間コロナでやりたかった応援ができなかった。でも今日から解禁です!」
周囲が音頭を合わせる。
「おぉー!」
引き続きがなる。
「俺たちの力でチームを勝たせよう!みんなができることをしよう!後一つ大きな声を出そう!手を大きくあげよう!その一つ一つが必ずチームを勝たせる力になる!」
「おぉー!」
再び周囲が音頭を合わせる。
「熱いですね」
小林さんが私にだけ、聞こえるように呟く。
「そうだね」
私は答える。私は少し考えていた。こんな熱狂的なサポーターとしての生き方も、悪くないと。
思いを見透かしたように、小林さんが私に言う。
「村田さんは、あのグループに入らないんですか?」
「うーん。あそこまでになると人生を賭けることになるからなぁ」
小林さんが私を真っ直ぐに見て、言う。
「村田さんは、他に人生を賭けるものがあるんですか?」
その問いに私が答える前に、チャントが始まった。
「さぁ行け!勝利目指しー!」
私たちもチャントを歌い、飛び跳ねた。
「なんか、クラブみたいですね」
チャントの合間に小林さんが言う。
「そうだね」
クラブにいったことはないが、答える。
「他に人生を賭けるものがあるか?」
その問いに、私はまだ答えることが出来ない。
サポーターズミーティングが終わると、私たちは席に戻った。
少しの休憩の後にチャントが始まり、2〜3曲歌い飛び跳ねると息が切れた。
「きついね」
小林さんに言う。
「そうですか。私は大丈夫です」
楽しそうに飛び跳ねながら、小林さんが答える。
選手のウォーミングアップ時に、選手のチャントを一通り歌う。その後、束の間の休憩がある。それからは試合終了まで歌いっぱなしだった。
試合は押し込みながらも点が取れない時間が続くが、後半70分にパトリッキが1点をとる。
観客席に歓喜が広がる。
周囲はハイタッチを始めるが、元来人見知りのたちの私は、小林さんとだけハイタッチをする。小林さんは私とハイタッチをした後、周囲ともハイタッチを行なっていた。
試合はそのまま逃げ切り、開幕戦を勝利で飾った。
「バモス!ジェアン!パートリッキ!」
小林さんが、上機嫌でパトリッキのチャントを歌いながら駅へ向かう。
「このチャント、響きがいいですよね」
「そうだね」
「ところで村田さん、ヴィッセル神戸が生きがいっていうの嘘ですよね」
私はどきりとしながら答える。
「バレたか」
「バレますよ。ゴール裏の応援に慣れてなかった」
私は少しの逡巡の後、病院でのひとコマを思い出し答える。
「人生に生きる価値があるか僕もわからない。だから誤魔化しでヴィッセル神戸が生きがいと答えたんだ」
「なんで、ヴィッセル神戸なんですか?」
「サポーターではあるんだ。ずっと結果はチェックしてた。僕自身生きる意味を何かに見出そうとしてるんだ。それがとりあえずはヴィッセル神戸だった」
小林さんが、にんまりとしながら答える。
「まあいいです。今日は楽しかったんで」
「この旅はどうする?」
「続けましょう。ヴィッセル神戸に、生きる価値が見出せるかはわからないけど」
「そうだね。続けよう」
自分を納得させるように答え、旅を続ける覚悟を固めた。




