14.新人ぶいちゅうばぁ『白霧ミサ』
「今宵は祭りだぁぁああああ!!!!」
「ハハハ……デスヨネー」
そんなことはなかった。
家に帰ると、そこには一日中楽しみにして過ごしていたであろうミサが、これでもかってくらいはしゃいでいた。
「む? なぜ気を落としているのだ?」
「いや……気にしないでくれ」
今日はゆっくり寝かしてくれなんて……期待に胸を膨らませているミサに言えるわけがない。
(まあ、楽しみにしてくれているのは、素直に嬉しいんだけど)
「いよいよ我輩がでびゅぅーするのだぞ〜? もっと喜ぶがいい」
「そうだな、そうだよな。じゃあ……始めるか、Vtuber」
「うむ!!!」
寝不足で若干ふらふらしてる俺とは違って、ミサの返事はめちゃくちゃ元気だった。今すぐにでも配信がしたいっていう思いがひしひしと伝わってくる」
「って言っても、今日するのは『テスト配信』だけどな」
「テスト配信?」
「簡単に言うと、Vtuberがやる最後の準備運動だな」
「なるほど、分からん」
配信そのものに問題がないか、機材やソフトがきちんと動くかを確認する作業。それがテスト配信だ。華々しいデビューの前に、どうしても済ませておかなければならない工程である。
「なぁー、はーやーくー、はーやーくー」
「なんか子供みたいになってるぞ」
千歳を超えてるミサが駄々をこねる姿はギャップなんて言葉じゃ表せない、もはや違和感に近いそれがあった。
「じゃあ、最初にしないといけないのは……着替えだな」
「……は?」
ーーーーーー
「なんと言うかその……っ、シュールな絵面だな」
「おい、今笑ったであろう」
「笑って……っ……ないっ……ぞっ、ふふ」
「笑っているではないか。堪えきれてないぞ」
ミサに着てもらったのは、体にピチッと張り付く真っ黒なトラッキングスーツだ。出会った時からずっと着てた浴衣に慣れていたせいもあって、首から下が中々面白いことになっている。
「何がおかしいというのだ。お前が着ろと言ったから着たのだぞ」
だけど、本人は至って真剣なのだ。その堂々とした姿がかえって俺のツボにハマる。
「いやっ……ほん……っとに」
「……これがぶいちゅうばぁに関係のないことであれば、貴様には天罰が下っていただろうな……」
「脅し方の規模がでかいって」
「神だからな。いいから、続きだ」
「っ、分かったよ。じゃあ、次はこれを体に付けてくれ」
これ以上笑うとほんとに天罰が下りかねない。俺は咳払いでどうにか笑いを誤魔化すと、用意しておいた小さなセンサーをミサに差し出した。
「……まんじゅうか?」
「流石に食べ物には見えないだろ……。センサーっていう道具だよ」
「せんさ?」
「これを体に付けるとミサの動きを感知してくれて、その動きそのままに立ち絵を動かしてくれるんだ」
「ふむふむふむふむ、なるほどな。では早く付けてくれ」
説明を聞いて何度か頷いたミサは、両腕をバンザイと上げて、センサーを持った俺の手元に身を乗り出して来た。どうやら仕組みは理解してくれたみたいだ。
「え、俺が付けるのか……?」
「これをどこに付けるか我輩がわかると思うか?」
「確かに……」
もっともな意見だった。
「えーっと……じゃあ、まずは両手首と両足首に」
俺は説明書を片手に、ミサの両手首と両足首にセンサーを取り付けていく。リストバンドのような小さなベルトにセンサーをつけて固定するみたいだ。
小さな機材を一つずつ固定するたび、ミサがVtuberに近づいてる気がして俺も嬉しくなってきた。
「もしかして、せんさあとやらを付けやすくするために、このよく分からん服装に着替えさせたのか?」
「半分正解だな。それに加えて、浴衣だとどうしても動きにくいし、ひらひらした部分がセンサーに誤作動を起こしちゃうことがあるからって理由もある」
取り付けながらミサの疑問に答える。
段々と現代に対する理解力や推理力が増してるあたり、さすが千年以上時代を見てきた神様なんだなと少し感心する。
「なるほどな……では、残りも頼んだぞ」
この様子だと、ミサはきっとすぐにでも完全に現代へ馴染むだろう。
「残りは……おでこと、うなじ辺り、あと……腰の辺りか」
ミサに促されて残りのセンサーを取り付けると、俺はパソコンを起動した。十二時間前まで散々にらめっこしたソフト達が今は相棒のように感じてくる。
「よし、あとはこれをソフトにペアリングして……」
ソフトを起動し、各センサーをペアリングする。設定に間違いがないかを確認しながら、最後の接続を完了させた。
そして、その瞬間は訪れた。
「おお!!」
「こ、これはっ! 我輩の動きに合わせて絵が……!!」
画面の中で、立ち絵が動いた。俺がマウスで動かすわけじゃなく、ミサの動きに合わせて……!
ミサが首を傾げれば、画面の中の立ち絵も同じように首を傾げる。手を動かせば、その動きに合わせて立ち絵の腕が動いた。苦労した甲斐もあって、ミサと立ち絵のシンクロ率はとんでもなく高い。
「すげえ……すげえよ……! 実際にこうやって見ると感動ものだ……」
画面の中に描かれていただけの存在に命が宿った瞬間だった。
この感慨深さ……初めて動画編集をした時を思い出す。……やっぱり、何かを作ることが俺は好きなんだ。
「これが……ぶいちゅうばぁか」
そんな俺と同じぐらい……いや、それ以上に感動している声が隣からぽつりと聞こえてきた。
「素晴らしいな……」
さっきまで『祭りだぁあ!!』なんて騒いでいたミサが、今は画面をじっと見つめている。まるで、クリスマスにサンタさんからプレゼントを貰った子供のように。
「……そういや、名前はどうするんだ?」
そんなミサの姿を見て、俺はふとミサに聞いてみたくなった。
「名前?」
「Vtuberとしてのミサの名前だよ。まあ、ミサって名前が珍しいしそのままでもいいと思うけど……Vtuberって大体名字もあるからな」
「名字……名字か」
そんな俺の問いかけに、ミサは画面から目線を外して考え込み始めた。神様に名字なんて概念は無いだろうし、無粋な質問だったかもしれない。
「……あっ、そういえば、お前俺に名乗った時に何か言ってなかったっけ?」
ただ、思い返してみるとミサは自分のことを名乗った時に何か……二つ名のようなものがあった気がする。
「ん? 白霧のことか?」
「そうそう! あんま聞かない言葉だけど、それってどんな由来なんだ?」
「白く透き通る我輩の姿を見た人間が、我輩に付けた二つ名だ」
「……めちゃくちゃ名字にぴったりじゃねえか」
ミサの姿を表す二つ名であり、響きも悪くない。これからミサがVtuberとして使う名前としても、ぴったりだ。
「白霧、ミサ……か。ふむ、悪くないな」
「だな」
ミサは、もう一度画面の中の自分を見つめた。
そこに映っているのは、さっきまでと同じ立ち絵だ。けれど、今はその姿に、ひとつの名前が添えられている。
『白霧ミサ』
この先目の前にいる神が、たくさんの人に知ってもらう名前だ。
「ふふふっ……名前も決まったことだ、では始めようではないか。我輩のぶいちゅうばぁ配信を!」




