22 気付き
それが起こったのは、ソフィアがラングレー商会で勤め始めてから一年が経った頃合いだった。
ふと、ソフィアの頭の中で、全ての糸がつながるような、そんな感覚を覚えたのだ。
そして、その情報を必死にかき集めた。
集めた情報は、ソフィアを後押しするものばかりだ。
確信を胸に、ソフィアはまず、ウィリアムに話をすることにした。
「ウィル」
「どうした? ソフィア」
「話があるの」
この頃には、ソフィアはウィリアムのことを愛称で呼ぶようになっていた。
仕事のことも生活のことも相談するし、たまに一緒に食事をしたりもする。ソフィアにとって、ウィリアムは血の繋がった家族よりも家族のような存在であった。
ウィリアムもそれを感じ取っているようで、ソフィアに相対する彼の態度は気安い。
しかし、そのソフィアが緊張した面持ちでウィリアムと話がしたいと申し出てきたので、ウィリアムも背筋に緊張を走らせた。
「仕事中だけど、優先するべきことなんだね?」
「その仕事のことなの。ただの杞憂だといいんだけれど、違うと思う」
「わかった、会議室を借りようか。」
「ええ」
ウィリアムはラングレー商会の会議室を一つ借りて、ソフィアと向き合う。
「それで、どうしたの?」
「ウィルは、綿花の仕入れを担当しているわよね」
「そうだね。主にこの国の北方と、北東のマーベリック王国とやり取りをしているけど」
「この近年、マーベリック王国で綿花が豊作だって話だったじゃない? 類を見ないくらいに」
「うん、そうだ」
「それがあと数年で終わるとしたら?」
ウィリアムが目を見開いたので、ソフィアは意を得たとばかりに頷く。
「オリーブとジャムカの件は、ウィルも知っているわよね」
「ああ。同じ美容油を生む実だけれども、ジャムカは土地の力を吸いすぎるから、うちの国はオリーブへの切り替えを推奨している……。ジャムカの輸入は先日とうとう、正式に禁止されたくらいだ」
「そのジャムカの副作用が来る」
驚くウィリアムに、ソフィアは順を追って説明した。
ジャムカの輸入が禁止されると聞いたソフィアは、そのジャムカの主な産出地域を調べ上げた。
土に悪影響がある。
だからそれを禁止する。
それは人として正しい行為だと、ソフィアは思う。
けれども、『既にそこに存在しているもの』を急に取り上げるとしたら、そこにひずみが起こるはずだ。
奪われたことのあるソフィアだからこそ、その視点を拭い去ることができなかった。
「雇用の問題。それを基にした戦の種。それだけじゃない、そもそもジャムカがどのようにしてこれまで使われてきたのか、遠く別の国から貿易をしている私達にはわからないことが多いわ」
「ソフィア」
「だから、オリーブとジャムカの仕入れを担当する先輩に、聞いてもらっていたの。その情報がようやく届いたのよ」
ソフィア曰く、ジャムカの主な産出地域は、ウィリアムの取引先の、少し南にある地域らしい。国内の北端までいかない中央地域や、北東のマーベリック王国南に隣接するリクハルド王国である。
そこの住人たち曰く、ジャムカが禁止されたことで、働き口はなくなるし、土地が干上がり作物が少なくなり、生活に困って土地を出て行く者が多いのだとか。
「それは、そうだろうけれど。一体どうしたっていうんだい」
「うちの国とリクハルド王国で、ちょっと違った話が出てきたの」
「え?」
「リクハルド王国のジャムカ産出地域は、それこそ荒廃した土地のようになってしまっていて、本格的に人々が他の国に出て行っているようなの。うちの国内でジャムカを作っていた地域は、そこまでの惨状じゃない」
「うちの国の土地のほうが豊かだったということではなく?」
「マーベリック王国南部の農家達の話によると、マーベリック王国の農家がこぞってジャムカの搾りかすを買っていたそうなの」
目を見開くウィリアムに、ソフィアは頷く。
「ジャムカの実。私達の国は、油を搾った後、それをそのまま土地に捨てていたわ」
「そうだね……それは、そうだ」
「だから、被害はそこまで大きくならなかった。ジャムカが吸い上げた土地の力を、私達は知らない間に、その土地に返していたの。でも、リクハルド王国のジャムカ生産地帯は違う。油をその場で絞って、油を搾った後の実は別の国に売っていた。土地の力を丸ごと、他国に渡してしまっていた」
「で、でも、買い取ったマーベリック王国は、その残った実を何に」
「ここまでの情報で考えるなら、おそらく、綿花の栽培」
青ざめるウィリアムに、ソフィアは口元を引き結ぶ。
これは大変なことだ。
ジャムカの実の大量買い、そして、絞った後のジャムカの実の力が隣国であるソフィア達の国に一切伝わっていないことを考えると、これはマーベリック王国が情報統制の上でやったであろうことが見てとれる。
マーベリック王国はジャムカを使って、隣国の力を弱めること、さらには自国の農作物の量を増やし、力を蓄えることに成功したのだ。
「誰か、目端の利く農業研究家でも居たんでしょうね。だけど、土地の力を人の争いに使って、枯らしてしまうなんて、そんなひどいことがあるのかしら……」
「ソフィア」
「これはほとんどが、集めた情報をもとに私が考察しただけで、はっきりと根拠があるわけじゃないわ。だけど、ここで手を打つのが、私達商人だと思ってる。そのように、私はみんなから育ててもらった」
ソフィアが、この一年間で培ってきたもの。
周りから吸収した、ありとあらゆる知識が、知恵が、今が動くべき時だと告げてくる。
「ウィルはどう思う?」
強さを湛えたソフィアの若草色の瞳に、ウィリアムは息を呑み、そしてしばらく黙っていた。
その後、長く息を吐くと、ウィリアムはいつもの笑顔に戻って、ソフィアに向かって頷く。
「師匠に提案しよう」
「ウィル」
「僕は君の言うとおりだと思う。ここがチャンスだ」
「ありがとう!」
「でも、僕にそれを言って、僕がそのアイディアを盗むとは思わなかったの?」
ウィリアムの言葉に、ソフィアは目を丸くした後、けらけらと笑った。
「ウィルはそんなことしないし、綿花の主担当はウィルだから、勝手に私が動くのは人道に反するし、それに」
「それに?」
「私、ウィルになら、手柄を取られても問題ないもの」
心の底からの笑みを浮かべるソフィアに、ウィリアムは「君にはかなわないな」と力なく笑った。




