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未到の懲悪  作者: 弥万記
八章 未踏
61/61

57;決着

「全く・・・次から次へと・・・我の愛する同胞達を・・・貴様は、確実に殺すぞ・・・」


「貴様らが、今まで人間達にしてきたことを思えば、退治されて当然だろう」

 桃太郎も、連戦に消耗し尽くし息を切らせながら返答をした。


「我も全身全霊で戦おうでは無いか・・・我の全てを・・・生を受けて千年以上・・・使ってこなかった我の全力だ・・・」


「昨日、結界の中で全てを思い出したよ・・・自分の存在も全て・・・今この瞬間だけ、私は桃太郎では無い・・・滋岳麻希として・・・母の無念をここに晴らす!」

 桃太郎の声と共に、狛、俄、颰の三体が陽動として酒羅丸に突撃した。その後ろに桃太郎が追撃する形で、隊を成していた。何度も、対酒羅丸戦を想定した練り上げられた隊だった。狛は、自信の先祖が何代にもわたって鬼の奴隷として・・・人間の内通として使われてきたことを・・・俄は、意味も無くただ惨殺された同胞達と、その同胞を取り纏めていた血の繋がった狒々の仇を・・・俄は、自身にかけられた呪いを解くためと、最愛の友の敵討ちのために・・・


既に、全員が満身創痍であり動くこともままならない状態であったが、その想いが桃太郎達を突き動かしたのだ。霊獣たちは間合いに入り酒羅丸に攻撃を加えた。しかし、酒羅丸は動こうともしなかった。いや、動く必要が無かった・・・酒羅丸に攻撃が当たる寸田のところで、何かがそれを受け止めていたのだ。


「・・・一対一の闘いの・・・邪魔をするな・・・紺碧葬送(こんぺきそうそう)・・・」

 酒羅丸は、下を向きながら・・・今だかつて見せたことの無い怒りの表情で術を発動した。その術は、酒羅丸が倒してきた死者達が、無条件で召喚され、命あるものを無条件で黄泉の国へ引きずり込む術であった。その不気味な影が、霊獣たちを取り囲み、そして引きずり込もうとしている。狛と俄がそれに捕まり引きずり込まれまいと何とか抗しているが・・・それが精一杯で、身動きが取れない状態となっていた。あとは、霊獣の霊力が尽きるか、術の効果が切れるかの勝負であった。しかし、颰はその術に捕まるまいと今だ、術を逃れていた・・・しかし、捕まるのも時間の問題であった。それを察した颰は、ある術を唱えた。その術を唱えたことによって隙が生じ、死者の影に捕まってしまった。


 颰が捕まる間際に放った術は、桃太郎へかけられた回復と治癒の術であった。桃太郎は、人間である故に回復能力は威波羅より低く、切られた傷も即座に止血はされるが、治癒には至らない。その為、颰の最後の力を振り絞り、桃太郎の傷は完全に癒え全快したのであった。


「これで、五月蠅いのは居なくなったな・・・完全に一対一だ・・・」


「・・・」

 これが、全力の酒羅丸であった。今までは、相手が術主体で攻めようが何をしようが、その腕っ節のみで・・・近接戦闘のみで相手を押さえ込んできた酒羅丸が、あろうことか術を使ってきたのだ。鬼として常に全盛であり続ける酒羅丸の本当の実力を・・・鬼の頭領としての責任を全うしている最強の鬼の姿がそこにあった。桃太郎は、その迫力に気圧される様に言葉を発することができなかった・・・いや、発語をする隙さえ無かった。全身全霊で酒羅丸に集中力しなければ、一瞬のうちに引き裂かれてしまうと。


 先に動いたのは、酒羅丸であった。全身に最大力の妖力を纏いながら桃太郎に突進してきた。ただ一直線に・・・当然、桃太郎はそれに対応する。居合いを得意とする桃太郎の格好の餌食であった。ただ真っ直ぐに突っ込んでくる酒羅丸の動きに合せて抜刀を試みた。そしてそれは当然、酒羅丸の体を上半身と下半身で二分化させた。しかし、それでも酒羅丸の攻撃は止まらなかった。


 妖刀で斬られた体は、再生力が極点に低下させられる・・・その筈であったが、桃太郎が初撃を入れ、振り向いた直後に、もう酒羅丸の体は完全に再生していたのであった。酒羅丸が体に纏っていたのは、回復術・・・それにしても対応が早すぎる・・・酒羅丸は、無詠唱術の常時発動を可能にしていた・・・その為に常時強力な妖力を纏っていたのだ。酒羅丸自身、この戦法は初の試みであり、突進する直前に思いついた作戦であった。


 瞬時に思いついたこの戦法を自身の奥義と悟った。如何に神速の居合いが見えなくても、死なない特性を生かし、その術は常に回復に専念させておけば良いのだ。常に自動で回復し、間合いの有利不利すら超越した戦法がそこにあった。


 一の太刀以後の二撃目は、大幅に剣速が低下する・・・と予想していたが・・・桃太郎の剣速はそれでも低下しない。これもまた鬼の血を引いているが故の身体能力と・・・桃太郎の身に半分纏う妖力が妖刀の力を引き出していたからであった。また、残り半分の霊力が、自身の身体能力強化に特化して作用していたのだ。これは、謂わば・・・滋岳妃姫の霊力操作と、鬼一法山の剣術を併せ持った最強の近接術士をつくりだしていた。今は、霊獣が封じられている・・・その為、霊力は自身のためだけに使用できる・・・即ちそれは桃太郎にとっても、一対一は自身の能力を底上げする。


 この桃太郎の強さは正に、滋岳妃姫が理想とした術士の姿を体現していた。近接戦闘に桃太郎、中距離戦闘に狛と俄、遠距離攻撃に颰・・・正に、妃姫の奥義を体現しているかのような・・・正に親子の絆が無意識に反映された布陣をひいていた。


 こうなれば、双方打ち合いは必須であった。酒羅丸は防御などせず、桃太郎に必死の一撃を与え続けた。対する桃太郎もその猛攻を神速の剣捌きで全て受けきっていた。


 そして、徐々に優勢となっていくのは酒羅丸であった。先程の常時発動の術を回復意外にも転用してきたのだ。物理攻撃と術の同時多発攻撃・・・流石の桃太郎もそれには一時引くしかなかった。しかし、そこを酒羅丸は追撃する。


 桃太郎は引きながら酒羅丸が追撃してくると確信していた。酒羅丸は一旦引けばそのまま攻撃の手を緩めてくれるような生半可な敵ではない。引きながら瞬時に納刀をしていた。そう・・・その居合いこそ、抜刀時の破壊力は通常攻撃の比では無いのだ。桃太郎は再び、最大出力でその向かってくる酒羅丸に合わせて抜刀した。酒羅丸がその剣を未だに視認できていないのであれば・・・


 その抜刀の破壊力は凄まじく、酒羅丸の左肩から右腰にかけて二分化していた。その状態で、酒羅丸の上半身は空中に浮いて話しかけてきた。


「貴様・・・間合いが伸びているな・・・」


「貴様のお陰でな・・・」

 桃太郎は、即座に追撃を加えにいっても良かったのだが、その酒羅丸に違和感を覚えた。何故、今の抜刀では奴の再生速度が遅いのだと・・・先程体を二分化させたときは、振り向いた瞬間に体は再生していたが、今は再生しきれていないのだ。こちらに不用意に攻撃を仕向けようとしている罠・・・とも考えられたが、実際優勢であったのは酒羅丸の方であり、今更この様な姑息な手を使うとは考えられなかった。それに、酒羅丸から話しかけたのだ。明らかに時間が欲しい証拠・・・確かめる必要がある。このまま奴の再生がどの様に回復するのかを。そこに勝機は見出せる。


 酒羅丸は話しで気を逸らせながら徐々に体を再生させていった。そう、明らかに先程の斬撃は効果があったということだ。であれば、何故先程の斬撃のみ・・・最大出力を込めたことが良かったのか・・・それとも奴の当たってはいけない箇所・・・所謂急所に当たっていたからでは無いか・・・恐らく、後者・・・であれば、そこが何処であるのかを察知し一撃で仕留めなくてはならない。


 桃太郎は、千里眼を発動した。そして、今身動きが取れないでいる霊獣たちと視覚を共有・・・霊獣たちが拘束されている箇所は丁度酒羅丸を取り囲むような形であったため、どの角度からでも酒羅丸を観察できた。戦闘中、酒羅丸の所作を見落とさないよう見極めながら戦うことにした。


 暫くして、酒羅丸の体は完全回復し再び猛攻を加えてきた。視覚を共有したことで様々な情報を得ることができるが、その分多大な集中力と情報処理能力が必要とされた。しかも、酒羅丸との戦闘中なのだ・・・呑気に観察などできなかった。時間を掛け要所で千里眼の情報を得ながら少しずつ。その甲斐あってか術の発動も何度か事前に察知することができた。そして、遂に、ある一点・・・悟られないように、その箇所を移動させながら戦っているようではあるが・・・核となる箇所を明らかに庇いながら戦っている所作を観察できた。そこにあると・・・確信した・・・酒羅丸の弱点が・・・


 霊獣たちは、自身の損傷と霊力もほぼ底をついていたにも関わらず、最後の力を振り絞って紺碧葬送の術を何とか掻い潜った。そして、再び三位一体の捕縛術を酒羅丸に展開・・・しかし、それは意味を成さないくらい程の僅かな捕縛であった。霊獣たちも力の底を尽き術自体も切れと強さを持ち合わせていなかった。しかし、今の桃太郎にはその一瞬で十分であった。そして、酒羅丸が最後に庇い、一番庇う頻度の高かったその箇所・・・その一点目掛けて妖刀を突き刺した。


 その目論み通り、酒羅丸は一瞬のうちに動かなくなり全機能が停止してしまった。そして、即座に酒羅丸の体を粉々に切り刻み、酒羅丸の体は灰となって消えてしまったのだ。


 そして、半日が経ち日も沈み夜となった。


「全く・・・核を破壊しても再生するとか・・・どの様にしたら死ぬのだ?」

 桃太郎は、何かに語りかけた。そう・・・その何かとは酒羅丸であった。


「・・・さぁ・・・ふふふ、これは我も知らなかったぞ」

 酒羅丸はあろうことか、体を核ごと破壊させられたのも関わらず再生してしまったのだ。その原因は本人さえも知るよしも無かったが、ここが鬼ヶ島であるということ・・・天道の淵という結界内で一瞬の内に大量の鬼達が命を失ったことで、行き場を失った鬼の魂や良くないものが溜まりに溜まって、酒羅丸の存在を再び形成したものと考えられる。桃太郎も慌てて追撃するが逸れすらも許さない再生速度で回復・・・仕方が無いので妖刀で核だけつら抜き、能力の全てを完全に封じている状態にしていたのだ。


「しかし、今の貴様はその再生力以外何もできないな」


「あぁ・・・その様だ・・・全く力が入らん・・・どうするのだ?封印か?」


「あぁ・・・」


「ふふふ・・・その様な代物、一時的な気休めにすぎんぞ・・・何十年後か、必ず封印を解いてみせるぞ?」


「あぁ・・・そうだろうな」


「おいおいおいおい・・・貴様は薄情な奴だな・・・自分たちの代で良ければそれでいいというのか?全く・・・これだから人間は・・・我ら鬼が絶滅しない理由はやはり貴様らが原因だな」


「貴様に打って付けの場所がある・・・来い」

 そう言うと、霊獣たちは酒羅丸を担ぎ、桃太郎は島の西の方へと歩み出した。暫く様子を見ていた酒羅丸であったが、海へまで近づいてきたため、声をかけてきた。


「おい、何処へ連れて行こうというのだ?」


「着いたぞ・・・ここは見覚えないか?」


「ん?威波羅の根城周囲では無いか・・・ここに何があるというのだ?」


「・・・ここに来たのはいつぶりだ?」


「何を問うかと思えば・・・我はこの島の統治者であるぞ・・・こんな所いつでも・・・来ている・・・はずだが・・・来ていない・・・どういうことだ?そう言えば、昨日もここは見ていなかった・・・何故だ?・・・いつから来ていない?二、三年?そんなことあり得るか?いや、しかし、確かに数年来た記憶が・・・無い・・・何か思い出せそうで・・・糞!何なのだ!ここ最近のこの奇妙な思考は!」


「私のこの剣術、そして・・・貴様が何故、弱点が無くなったか・・・そしてその時何があったのか・・・ここ数年その事実を全て、認識から逸らしていた存在がここにある」


「おい、待て・・・その結界・・・」


「おぉ・・・流石だな。この僅かな言葉で認識できる様になってきたな」


「何故、我はこの様な重大なことを忘れておったのだ」


「忘れてはおらぬよ・・・ただ、認識していなかっただけだ。それも今日で終わり、この結界の中で嫌でも思い出す」


「待て・・・この状態で・・・待て!俺が俺で無くなる!」


「あぁ・・・そうだ!完全にこの結界の怖さを認識できるようになったな・・・その通りだ」


「待て!待ってくれ!」


「五月蠅い・・・その胸に掛けている琥珀が有るでは無いか・・・きっと、お前の中の人間であれば、その呪いの解き方も知っているだろう・・・では、さらばだ・・・」


 桃太郎は追憶の域の中に酒羅丸を入れた。そして、酒羅丸に突き刺された妖刀の柄のみが結界の外に出ている状態となった。桃太郎はその柄を引き抜き、即座に追憶の域の出入り口を塞いだ。


「追憶の域・・・滅」

 追憶の域の所有権は、沙姫から受け継いでおりそれを消滅させる術も持っていた。そう、追憶の域こそ酒羅丸を完全に封印する為の牢獄であったのだ。しかし、全盛の状態であれば、数十年かければ、追憶の域にも適合し酒羅丸であればこの結界から自力で出てくることも可能であったのかも知れない。しかし、今は核が破壊され何の力を持たない状態で結界内に入れられたのだ・・・当然、その体の支配力は・・・結界の効力で失われ、無条件で所有者に委ねられる。そう、ただの人間に成り下がるのだ。出入り口を完全に塞がれ、そして、鬼では無くただの人間に成り下がったものでは決して出ることの許されない監獄となったのだ。


「・・・この結界内であれば、呪いも効かず、鬼の力は封じられ体の所有権は元あった者に変換されるだろう・・・貴様らが、ことの発端なのだ・・・その責任をもってこの結界内で永遠に・・・添い遂げるが良い・・・」

 そう言い残し、桃太郎はその場を後にした。次の日、人間の集落へ向かい捕まっていた人達を解放した。鬼達が奪っていった金品財宝も押収し鬼ヶ島周囲の壊滅的な村への復興資源として資金を提供したのであった。


「母さん・・・全てが終わりました・・・」

 桃太郎は最後に再び天道の淵を打ち破り、眩しい光に照らされる鬼ヶ島を後に、滋岳麻希として呟いた。そして、悲願を果した麻希はその名を名乗ること無く、鬼退治を果した桃太郎としてこの世に語り継がれる英雄となったのだ。


 そして、いつしかこの鬼ヶ島は琥珀島と呼ばれるようになった。その理由は、どこからか立ち籠めてくる薫陸の香りが漂う、幻想的な島として有名になったのであった。


『我は・・・決して、滅びない・・・そう、我の血はまだ絶えていないのだ・・・』

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