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受け子  作者: 砂たこ
3/3

因縁

 それからのヒロシは、顔つきが変わった。


 俺のやり方をみるみる吸収し、三ヶ月も経たない内に、一端の『受け子』になっていた。



 ケイタが、危険ドラッグの過剰摂取で死んだのは――その頃だ。

 冬も出口が見えてこようかという、2月の終わりだった。


「――あいつ、よくラリってたけど……死ぬなんてなぁ……」


 ヒロシがコインロッカーに金を取りに向かっている。

 その後ろ姿を見送りながら、俺は運転席に話しかけた。


 ユウスケは、俺がこのチームに入る前からケイタと付き合いがあった。

 そのせいだろう、いつになく神妙な様子だ。


「現場のビルって、この近くだよね」


 シンジが、カーナビの地図を見ながら呟いた。


 ケイタは、駅近くの雑居ビルの間に倒れているのを発見された。


 非常階段に、脱ぎ捨てた衣服が散乱していたそうだ。

 2月の寒空の下、全裸で5階の踊り場から飛び降りたのだ。


 明らかに異常な行動。

 解剖の結果、ケイタの血液中から新種のドラッグの成分が検出された。


「この仕事の稼ぎを全部つぎ込んで……それでも莫大な借金背負っていたらしいぜ」


 あいつは、借金を苦にするようなタイプではない。

 そもそも、莫大な借金の原因は葉っぱやドラッグ代だろう。


「このチームを外れた後って、何か知ってるか? ユウスケ?」


 駅を凝視していたユウスケだが、一瞬、ルームミラー越しに俺を見た。


「――ラボって聞いたことあるか?」


「ラボ?」


「葉っぱや化学物質を混ぜて、新しいドラッグを開発しているチームだ」


「新しいドラッグ……」


 俺とシンジは顔を見合わせた。


「世間は『危険ドラッグ』ってまとめて呼んでるけど、色んな種類があってさ……摘発受けない新しいドラッグを製造・開発しているチームがあるんだって」


 俺たちの上層部は反社会的勢力だから、ケイタのように、ドラッグのルートから詐欺チームにたどり着くヤツがいても不思議ではない。

 だけど――。


「そのドラッグって、どうやって効き目を試しているんだ……?」


 シンジがサッと青ざめる。


「まさか……だよね……?」


 ユウスケは答えなかった。


-*-*-*-


「あ――ヒロシだ。遅えな」


 重い沈黙が流れている内に、いつの間にか、小雨が降っていた。

 滲むフロントガラスの向こうで、ヒロシが、珍しく焦ったように走ってくる。


「……なんか様子がおかしくないか?」


 カバンを受け取りに行ったはずなのに、ヒロシは手ぶらだ。


 俺たちのワゴン車に向かって、一目散に駆けてくる。


「――危ないっ!!」


 誰ともなく、叫んだ。


 突然、真横から現れたシルバーのRV車が、加速したまま……ヒロシのひょろりと細い身体を撥ね飛ばした。


 スローモーションのようにも、一瞬のようにも見えたが、宙を舞ったヒロシの身体は、アスファルトの上に崩れた切り動かなかった。


 冬の雨が車窓を叩きつける。


 すぐに人だかりがヒロシを囲んだ。


「――行くぞ!!」


 一言、呻いて、ユウスケはアクセルを踏んだ。


 待て!! ――と言いたかったが、ユウスケの判断は正しい。


 何かトラブルが起こった時は、例えチーム内の仲間であろうと、見捨てて離れろ。


 俺たちは、そう教え込まれているのだ。


-*-*-*-


 ユウスケがどこをどう走ったのか、全く記憶に無いが、気がつけばいつものマンションの地下駐車場だった。


「――何で、ヒロシのヤツ、手ぶらだったんだ……!?」


 薄暗い静寂の中で、まだ収まらない興奮状態をねじ伏せようと、俺は憤りを吐き出した。

 何か口に出さずにはいられなかった。


「……知らねぇよ!」


 苛立ちを隠さずに、ユウスケは吐き捨てた。

 ハンドルを握りしめたまま震えている。


「――ヒロシ……死んだんだよね……」


 シンジの声も上ずっている。


「……とにかく、リーダーに報告しないと――」


「――僕、この仕事辞める」


 俺の言葉を遮って、シンジが宣言した。


「シンジ……?」


「だって……命は惜しいよ!!」


 皆、気がついていた。

 ヒロシを跳ねた車は、ブレーキを一度も踏まなかった。


 何が起きたのか分からないが、コインロッカーで異常な事態が起こり、慌てて逃げ出したヒロシを、誰かが意図的に跳ねたのだ。


 ヒロシが今夜、あの場所に現れることを知っている人間は限られている。


「――辞めるにしたって、今夜のことは報告しないとマズイだろ……」


 少し落ち着きを取り戻したユウスケが呟いた。


 その言葉に促されるように、俺たちはマンションの部屋に上がっていった。


-*-*-*-


「――やっと戻ったな」


 カルバンクラインの黒いスーツに身を包んだリーダーが、いつものようにソファに座っていた。


「――ヒロシが、」


「知ってる。アイツのことは忘れろ」


 俺の報告を抑え込んで、リーダーが短く言い放った。


「金は別チームが回収済みだ。お前ら、今夜は帰っていい」


 気がつけば、回収された札束が、テーブルの片隅に積まれている。

 ヒロシが持ち帰れなかった、札束だ。


「リーダー、僕、辞めます。もうここには来ません」


「――シンジ……」


 会話の間隙をついて、シンジはきっぱりと言い切った。


「お前らは? お前らも辞めるのか? ――ユウスケ?」


 リーダーは動じない。

 数多の『受け子』を管理してきた彼は、こういう展開も予想していたのかもしれない。


「おれは続ける」


 隣に立つユウスケの横顔を盗み見た。

 駐車場での動揺などなかったかのように、平然としている。


「ナオト、お前は?」


「いえ……俺も、まだ……」


 まだ――?

 正直、口ごもった自分の心が分からない。


「分かった。今までご苦労だったな、シンジ」


「は……い――じゃあ、僕は、これで……」


 あっさりと関係が解消されたことに、他ならぬシンジが呆気に取られつつ、部屋を出て行った。


「……メンバーを補充する。連絡するまで、しばらく待機しろ」


 リーダーは、玄関のドアが閉じる乾いた音を待ってから、口を開いた。


「リーダー、1つ教えてくれよ」


 ユウスケが、ズカズカと正面のソファに座った。


「ヒロシを殺ったのは、あんたの指示か?」


「――忘れろ、と言ったはずだ」


「こんなことがあっても、俺たちは続けるんだ。それなりの覚悟はあるぜ」


 リーダーは、一度俯いた。

 それから、喉元でネクタイを弛め……


「――はっ……笑わせるな。覚悟、だ? 所詮、金に目の眩んだ小悪党だろうが!!」


 低い声で凄むと、立ち上がり、テーブルを越えて、圧倒されているユウスケの胸ぐらをつかんだ。


「余計なことに首突っ込んでんじゃねぇよ!」


 バン! バン! という激しい音が響く。

 ユウスケが往復ビンタを食らっていた。


「てめぇら駒なんだよ!! 黙って指示に従ってりゃいいんだ!!」


 もう一度、張り手が飛び、グウッと呻いて、ユウスケが床に転がった。


「……リーダー、ヒロシは何やったんですか!?」


 足蹴を噛まそうと、振り上げたリーダーの前に、俺は咄嗟に飛び出した。


「――ナオト、てめぇもか!?」


 鬼のような形相で、リーダーが俺の胸ぐらをつかむ。


「指示に従ってても……俺たちも……消されるんですか!?」


 殴られること覚悟で、必死に叫ぶ。

 一瞬、リーダーは目を見開くと――振り上げていた右手を止めた。


「――アイツは、回収金を持ち逃げした」


「まさか……」


「これまでに400万だ! コインロッカーから車に戻る前に、隣の空きロッカーに隠してな、後から1人で取りに戻ってやがった…!」


 愕然とした。


「――あのヒロシが……?」


 グイ、と押されて、その場にへたり込む。


「ナメたマネすると……あぁなる。いいか、お前らは駒だ。大人しく指示に従っていろ」


 床の上の俺たちを見下ろして、リーダーはいつもの冷徹な口調に戻っていた。


 瞬時に狂気のような凶暴性を爆発させながら、次の瞬間、その波が納まる。


 リーダーの感情が見えない冷たい瞳を見上げて、底知れぬ恐怖が込み上げていた。


 顔を腫らしたユウスケに肩を貸し、俺たちは部屋を後にした。


 俺たちはほとんど言葉を交わさず、ユウスケはワゴン車で帰って行った。


-*-*-*-


 リーダーの恐ろしさが染み渡っていたが、それよりも、ヒロシが俺たちの目も欺いていたことが衝撃だった。


 あの、ヒロシが。

 数ヶ月前、初めて詐欺に加わった夜、被害者の目が忘れられないと泣いた、あの青年が――。


 俺はまっすぐ帰る気になれず、雨上がりの道を惰性で歩いた。

 ふと気づくと、駅前の居酒屋の前にいた。


「――いらっしゃいませー!!」


 威勢のいい女の子の声に通されて、カウンターにつく。


 食欲はなかったが、無性に酔いたい気分だ。


 頼んだビールを立て続けに煽る。


 サラリーマンの賑わいが少しずつ捌けると、ざわめきの向こうから、テレビの音が流れてきた。


 カウンターにへばりつきながら、画面に視線を投げる。


 ドラマが終わり、深夜のニュース番組が始まった。


 男性キャスターが、夕刻起きた駅前の轢き逃げ事故をトップニュースで報じた。

 忌まわしい事故現場の中継映像が映る。


 あぁ……ヒロシのことだ。


 俺はジョッキを傾け、込み上げてきた涙ごと、喉の奥に流した。


『……所持品から、被害者の身元は、木村ヨシノリさん25歳と判明、死因は強い衝撃による内臓破裂で即死――』


 その瞬間、まとわりついていた酔いは消えた。


 勘定を払うと、その足で警察署に向かい、俺は『受け子』を卒業した。



【終】


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