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受け子  作者: 砂たこ
2/3

ヒロシ

 リーダーが"用意"した新人は、ヒロシと名乗った。


 必要以上に互いの身の上を明かさない俺たちは、名前ですら名字を知らない。

 いや……下の名前だって、本名かどうか知れたものじゃない。


 そんなことは、グループに取っては、どうでもいいことだった。


「――それじゃ、とりあえず何件か、俺たちのやり方を見学してくれ」


「分かりました」


 ヒロシは、こんなグループに身を置くには珍しい、真面目な青年だった。


 2年前の俺のように、荒んだ暮らしぶりの気配もなく、身なりもこざっぱりしている。


 もちろん、グループに入るからには、金が絡む動機があるに違いない。

 それは、追々滲み出るだろう……。


 ユウスケが運転する黒いワゴン車の中で、シンジが『掛け子』から送られてきた指示を皆に伝える。


 今回のターゲットは『斉藤タミ』――単身赴任中のバカ息子が妊娠させてしまった不倫相手の女が、弁護士を雇って裁判を起こそうとしている。


 俺は、不倫相手のレイカに雇われた弁護士で、示談に持ち込むための300万円をタミ婆さんから受け取る、という役回りだ。


 約束は、西町のファミレスに午後3時。

 タミ婆さんは、現金を風呂敷に包んで持ってくるらしい。


 俺は指示を頭に叩き込む。


「ヒロシ、お前はレイカの弟役だ」


「――えっ、オレも行くんですか?」


「ああ、見学だと言っただろう。お前はタミ婆さんを黙って見ているだけでいい。余計なことは言うなよ」


「はい、分かりました……」


 瞳に迷いを残しながら、ヒロシは頷く。


 俺も、最初は不安だったっけ。

 罪悪感もあったはずなのに、いつからだろう……この2年間ですっかりマヒしてしまった……。


 高級な濃紺のスーツに身を包み、バッグから『弁護士』という肩書の名刺を準備する。


「……着いたぜ、お二人さん」


 ユウスケがファミレスの駐車場にワゴン車を停めた。

 万一の事態を想定し、エンジンは切らない。


 タグホイヤーの銀色のダイバーウォッチを確認する――2時55分。


「行くぞ、仕事だ」


 ヒロシを伴って、俺はワゴン車のドアを開けた。


-*-*-*-


 1時間後、車内に戻ってきたヒロシは、札束の山を前に青ざめていた。


 大金を手に入れた達成感よりも、罪に手を染めた後悔の方が強いのだろう。


「――腹くくれよ。もうお前も踏み出したんだ」


 いつものようにスーツを脱ぎながら、俺は後部座席のヒロシを見やる。


「……オレ、札束って初めて見ました……」


 放心したように漏らした呟きに、ユウスケが爆笑する。


「マジかー! これから飽きるほど見るぜ!?」


 シンジも助手席でクックッと肩を揺らしている。


「慣れるしかない。慣れれば、どうってことなくなるさ」


 俺は……自分への言い訳のように、繰り返しヒロシに言い聞かせた。


「はい……」


 消え入りそうな弱い声。

 いずれ感情に心乱すこともなくなるだろう。

 そうならなければ……こんな日常は、続けられない。


「シンジ、この後、指示はきてるのか?」


「いや。今日は、これで終わりみたい」


「――あぃ、了解〜」


 ユウスケが、いつものマンションに向かってアクセルを踏んだ。


-*-*-*-


「――今日の分だ」


 持ち帰った300万円から5万円ずつ、リーダーは俺たちに渡した。


 ユウスケとシンジは受け取ると、さっさと部屋を出た。


「……ナオト、」


 日給を差し出しながら、リーダーが俺の目を覗き込む。


「分かってます」


 頷き、金を内ポケットにねじ込む。


 俺の背後で小さくなっているヒロシを置いて、リビングを出た。


 玄関で壁に凭れて、一服する。


 5分ほどして、青白い顔色のまま、ヒロシが現れた。


「この後、少し付き合えよ」


「……え」


 戸惑いを満面に張り付けた新人を、俺は半ば強引に従わせ、駅前の商店街裏にある焼鳥屋の暖簾をくぐった。


「中生2つ! ――飲めるだろ?」


 カウンター奥の席に着くと、連れの返事を待たずに注文する。


「ナオトさん、あの……」


「敬語はいらねぇよ。会社じゃないからな」


 ジョッキを2つ受け取り、1つをナオトに押し付ける。


「――ご苦労さん」


 乾杯をすると、ヒロシはやけくそのように一気に飲み干した。


 それから、焼鳥をかじり、何杯かジョッキを空けた頃、上気したヒロシは自ら口を開いた。


「……オレ、本当はずっと後悔してるんです」


「……」


「ばあちゃんが倒れて、急に手術代が必要で……知り合いに『いいバイトがある』って紹介されて」


 ヒロシは自分の手元に視線を落としたまま、続ける。


「でも、苦しくて……昼間のお婆さんの目が……消えないんです」


 カウンターの木目の上に、ポタポタ滴が落ちる。

 予想通りというか……ヒロシは泣き上戸だった。


「お前の事情は知らねぇよ。俺は聖人賢者じゃないからな、お前の懐も良心も救うなんてできねぇし」


 ハツ串を噛みながら、俺は淡々と諭す。


「俺たちは、理由はどうあれ、自分で決めて仕事に就いたんだ。妙な同情や偽善で、仲間を危険にさらすことは許されない。――そういうことだ」


 新人に気を配るのは、組織のため、ひいてはチーム――俺自身の保身のためだ。


「どうすれば……そんな風に割り切れるんですか……?」


 ヒロシの涙目が、ジッと見つめている。

 言葉を探しながら、ジョッキの中身をゆっくり喉に流し込む。


「――仕事、かな。俺は、目的を果たすためのミッションだと思ってる。……シンジやユウスケは、ゲーム感覚みたいだけどな」


「ゲーム……」


「そういう割り切り方もあるだろうさ。善悪とか相手の気持ちとか……そういう考えは、家を出る時に置いてこい」


 ヒロシは、またカウンターの上に視線を落としたが、もう天板を濡らすことはなかった。

 しばらく考え込んでいる間、俺は黙って砂肝を片付けた。


「――分かりました。オレも……腹くくります」


 自分の中の"何か"と折り合いをつけたのだろう、苦し気なシワを眉間に刻みながらも、眼差しに暗い光が灯っている。


「ああ。頼むぜ、ヒロシ」


 言いながら、彼の背中をポンポンと叩いた。


 もう一杯、最後に頼んだ中ジョッキで乾杯し、俺たちは夜の街で別れた。



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